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第二十五章 騎士団長の旦那さま

 カジノ・ハーシュラーム


 ブリジット・アンリ・パティは4万ラームの負けを返すまで、カジノから出られない。

「デロスへの案内役として、お前を呼んだのに。こっちは急いでんだよ」

 レーゲン・キンスロットは、騎士団を従えてデロス神殿への遠征隊をつくっていた。

「すみません。すみません」

 パティはポニーテールを揺らしながら謝ることしかできない。

「ここで足踏みをしていると、旅費がかさむ。それに、俺の一行には乳飲み子もいるのだ」

 パティはおもてを上げて、キンスロットを見る。

「赤ちゃんですか。旦那の子ですか」

「違う」


 キンスロットはパティを連れてルーレット台に座り、彼女に一千ラームを渡した。

「とりあえず、稼いでみるか。お前は赤に一千賭けろ。俺は黒に二千かける」

「ルーレットで黒と赤のどちらかを当てる、配当二倍の賭けですね。あっしが勝っても、旦那は負けてプラマイゼロですね」

「お前が外したら、こっちは四千ラームになる」

「あっしが負けるのが前提なんすね……」

「よし、始めよう。ベット」

 女性ディーラーがルーレットを回すと、玉は……赤いポケットに落ちた。

「やったあ」

「うわ、意味ねえ」

 キンスロットは両手を上げて喜ぶパティのポニテを引っぱった。


 ・・・・・


 オーナー室の応接間で、セルジュ・ジリカと覆面の大男が酒を酌み交わしていた。

 覆面の男はナンバー9だ。

 

 ナンバー9は、ユウたちから奪ったドラゴンランスを、セルジュに渡した。

「どうだ、ナンバー7。大物だろ」

「俺様をナンバーで呼ぶな。ナンバー9。まー、確かにこの槍は握るだけでも不気味だな」

「火竜を倒した伝説のドラゴンシリーズだ。俺はこれからドラゴンスレイヤーを使っていく」

「鉄球を振り回すより、ずいぶんスマートになったな」


 青みがかった髪の男は、ドラゴンランスを振った。

 棒の先には、火竜の喉を突いたとされる、赤みを帯びた鋭い刃がある。

「騎馬戦で使う円錐形のランスより、棒の槍に近いな。ドラゴンスピアと呼ぶほうがふさわしい」 

 

 セルジュとナンバー9の二人は、囚人として知り合った。

「セルジュ、お前は教団に大変な目にあわされたよな」

 しみじみとした声で、ナンバー9は言った。


 二年前、セルジュ・ジリカは、ソードスワード市国内でカジノハウスを開店し、収益を上げていた。

 ところが、賭博罪でトライアード教団に捕まった。

 その前に彼は、トライアード教の聖人認定の申請をして、ハーシュラームにやってきた福音調査団をひどい目に合わせたので、不遜ふそんきわまりないやからであると裁判で重罪になった。

  

 収監しゅうかんを避けたかったセルジュは、教団幹部Aに取引を持ちかけ、密約を交わした。

 教団幹部Aのライバルを、ハーシュラームに招待し、カジノにめて破産に追い込むというものだ。

 セルジュは、ナンバー7とめい打たれた。ちょうど7番目が欠番だった。


 教団幹部Aの依頼に従い、ナンバー7は、カジノ・ハーシュラームにやってきた教団関係者をつぎつぎに破産へと追い込んだ。

 それでも、セルジュ・ジリカは、罪人のままだった。


 ある日、教皇ヴァルダスティ三世が、ナンバー7に恩赦おんしゃを与えた。


 教団幹部Aは、ライバルによって教皇にリークされた。

 ヴァルダスティ三世は、囚人との癒着ゆちゃくは、あってはならない不正行為だと怒り、教団幹部Aは失脚した。


「若い教皇が俺の名誉を回復してくれたが、まったくトライアードはロクなもんじゃない。ナンバー9、お前もずっとあいつらに使われ続けるのか」

 セルジュの問いに、ナンバー9は覆面の内で、笑い声を漏らした。

「俺を操っていたやつは、ちょうど二、三日前にここハーシュラームで死んだ。俺がやったわけじゃないぜ」

「ついているな。良かったじゃないか。自由に乾杯だ」

 セルジュは酒のグラスを掲げた。

 ナンバー9も覆面の下から酒を飲んだ。覆面は目の部分しか空いていない。


「セルジュ。俺は次にやりたいことがある。勇者が現れたからな。あいつらの神器をモノにしたい」

「ほう。天啓の剣か。見てみたいものだな。だが俺にはこの剣がある」


 セルジュのオーナー室の壁に、ルビーが埋め込まれた装飾付きの刀剣が飾られている。


 【夢幻眩惑むげんけんわくの剣】


 もともと、セルジュは、海の貿易で生業なりわいをたてていた。

 

 難破船の引き上げの仕事をやったとき、海底で眠っていた宝箱の中から剣を手に入れた。

 この剣は、人を射幸心しゃこうしんに駆り立てる不思議な力があるようだ。

 この剣の特性を生かしてセルジュは、カジノをやった。


「この剣で俺様は、莫大な財産を築いた。この国で王をも凌ぐ力を持っている。俺様が統治する、この平和に勇者が風波を立てようとするならぶっ潰す」

 セルジュは眉間に皺を寄せて、ヒゲをなぞった。

 勇者を討つという、野望が生まれ、武者震むしゃぶるいが起こっている。

「もう、この国に来ているだろう」

 ドラゴンスレイヤーを大事そうに抱えながら、ナンバー9が言った。


 ・・・・・

 

「まだまだ、減らないな」

 キンスロットとパティは、ルーレットに興じるも、まだ二万ラームの負債がある。

「かっこいい銀髪の男性とカジノ遊び。まんざらでもないっすねえ」

 回転するルーレットを眺めながら、パティはニヤけてつぶやいた。

「ああ? 聞こえたぞ。真面目にやれ。カジノにお前を置いて行ってもいいんだぞ」

 キンスロットはパティのポニテを引っぱる。

「ああ、それだけは。か、勘弁を。騎士団長の旦那さまあー」


「苦労しているようだな」

 パティにとって覚えのある野太い声だった。

 砂漠の街に適したラフな着物に身をつつむ、散切り頭の無精ひげを生やした男が立っている。

「ひっーひー、セルジュオーナー」

 パティは腰を抜かして椅子からずり落ちた。

「久しぶりだな、ブリジット・アンリ・パティ。武人として腕を上げたか?」

 ひげをさすりながらセルジュが問う。

「も、もちろんあっしは、修行したっす。ほら、騎士団長のおつきになっていますよ」

 パティはキンスロットの腕にすがった。

 実際、ブリジット・アンリ・パティは、デロスの山と野を駆けまわり、狩りをやっていたので、飛び道具の腕は上がった。

 十四歳のときより、もっと身体が引き締まり、化粧っ気はないが、だいぶ垢抜けた。

 十四歳からディーラーを続けていたら、それはそれで成功していたかもしれない。


「ふん? 貴様は騎士団長か」

 銀色の軽量の鎧を身につけるキンスロットは、パティの腕を振りほどき、ルーレットの席から立ち上がった。

「そうだ。我はトライアード教皇騎士団長、レーゲン・キンスロットである」

 両者はにらみ合う。

 お互いが、生来せいらいきっての、ならず者であることを読みとった。

「俺様は、当カジノのオーナー、セルジュ・ジリカだ。負債をつくったようだな。負債を返さなければ、ここからは出さない」

「勝つつもりでやっているが、どうも、ツキが悪い」

「ほう。勝てないか。勝てないだろうな」

「イカサマしてないか」

 キンスロットはセルジュに疑惑の視線を向ける。


「ならば、特別な勝負を俺とやろう。ダーツだ。俺に勝てたら、無償でここから出ていい。しかし、負けたらだな。パティを俺のものにする。もしくは、お前が持っているその剣をよこせ」

 セルジュはキンスロットが帯刀する、霊剣カリバーンに目をつけた。


「くっ」

 キンスロットは考えた。

(勝負に負けて、カリバーンを取られたら、恥さらしだ。もう、騎士としてソードスワードにいられない。ヴァルダスティとも顔を合わせられない。見ず知らずの女なんかくれてやる。この女はカリバーンと釣り合うわけがない。むっ、しかし、この男はブリジット・アンリ・パティを知っているし、欲しがっている。このアンリ・パティという女、信用できるのか?)


 おお、精霊よ。

 俺に言葉を、加護を与えよ! 

 勇者の赤ん坊を保護しているのは俺だ!

 精霊よ!

 俺を助けろ!

 俺はデロスへ行くのだろう。

 俺はここから出ていかねばならない。

 

 しかし、なにも言葉は降りてこなかった。

 

 キンスロットは覚悟を決めた。

「我が剣、カリバーンを賭けよう」


 セルジュの表情が緩んだ。こういうやり方で、有力者から霊験のある武器を巻き上げてきた。

 カリバーンは絶好のコレクションになる。


「キンスロットの旦那さまあ、あっしはがんばるっすよ」

 頬を赤く染めて、パティは立ち上がり拳をあげた。


「ふっ、騎士団長。男を見せたな。それではルールを説明しよう」

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