第二十三章 ブルーズ・アイ・ディーラー
ブリジット・アンリ・パティは第十六章で主に登場。
ハーシュラームの国で最も巨大な建築物のホールに、たくさんの人が集まっている。
『カジノ・ハーシュラーム』
大図書館のような、堅牢なつくりだが、なかはとても賑やかだ。
あちこちから人々の歓声や悲鳴が響く。
ルーレット、トランプ台、スロット、賭けのほかにもダーツやビリヤードなどのゲームコーナーが充実している。
スロット台の前に、青ざめた顔をしながら、ダークブラウンの髪をポニーテールにした少女が座っている。
「や、やばいっすよ。このままじゃ、あのときの惨劇を繰り返してしまうっす」
少女ブリジット・アンリ・パティは、冷や汗をかきながらも、スロットのボタンを押す指を止められないでいた。
(誰か、止めてー)
パティの心の叫びに呼応するかのように、誰かが彼女のポニーテールを引っ張った。
「お前か。ブリジット・アンリ・パティ」
「あ、あわわわ、キンスロットの旦那……」
パティはギョロ目気味になって、たじろいだ。
彼女の前に、銀髪の男、教皇庁騎士団長のレーゲン・キンスロットが立っていた。
「パティ君。やっと会えた。藍色のジャケットを着たまえ。オレンジ色じゃないか。アップポニテが特徴と聞いていたのでそれでわかった。さあ、デロスまで案内を頼むぞ」
パティは、キンスロット一行のデロス神殿への案内役として呼ばれ、ハーシュラームで待ち合わせていた。
「旦那……。それが出られないんです」
パティは声を震わせて下を向く。
「なぜだ?」
「負けすぎて、負けを返すまでこのカジノ宮殿からは出られないんです……」
「なんで、賭け事をはじめたんだ! 待ち合わせが任務だろ」
「理由はあれなんです」
彼女はホールに飾られた硝子ケースに人差し指を向けた。
【エストック・アザレア】
刃身に薄紅色の光沢がある、刺突剣、エストック・アザレア。
もともとは、ソードスワード家が所有し、教皇に献上された剣だ。
「ソードスワードの剣が、なぜ異教の地のカジノに飾られているんだ」
「原因は、あっしなんです。だから取り返してやろうと、稼ぐために賭けをはじめやした」
「いま、いくら負けている?」
「四万です……」
キンスロットは両手で顔を覆った。
・・・・・
三年前
トライアード福音調査団は、ハーシュラームにある、この巨大カジノにやってきた。
カジノのオーナーは、並外れた経営能力を持つ人物で、聖人として認定するよう申請があったのだ。
オーナーの名前は、セルジュ・ジリカ。
青みがかった散切りの髪に、褐色の肌と無精ひげを生やす男。
歳はけっこういっているはずだが、身体を鍛え、ならず者らしい若々しさがある。
福音調査団は、異教徒を審査することに気が乗らなかったが、ホテルも、風呂も、屋外プールもすべて完備したカジノリゾートで、大いに歓待を受けた。
福音調査団は、いつのまにかギャンブルに興じ始め、それぞれが莫大な借金をつくり始めた。その調査団の中に、飛び道具の使い手、ブリジット・アンリ・パティもいた。
豪華な食事と酒とともに、何泊もしながら、負け続ける福音調査団員たち。
結局、調査団長は、セルジュ・ジリカを、聖人ではなく、罪深きペテン師であると判定した。
怒ったセルジュ・ジリカは、最も負けていたブリジット・アンリ・パティを人質にとり、調査団をカジノに閉じ込めようとした。
「すまない。お前は8万ラームも負けた。調査団としてもう面倒は見きれない」
調査団長が、パティに告げた。
「わわわ、あっしを置いていくんですか。こんな異教の、こんな物騒なカジノに……」
パティは絶望的な表情を見せる。
「お前は武人だ。強く生きてくれ。福音調査団の神父たちの犠牲になってくれ。すまない」
「ありえないっす。団長も遊びにはまっていたじゃないですかー。あっしを置いていくんですかー、あっしが何されても、奴隷になってもいいっていうんですかー」
涙声で叫ぶ少女を背に、福音調査団は去っていった。
セルジュのカジノ経営能力は、超人的かつ魔術的で、調査のやりがいがあったが、どうしても、賭けの魅惑に取りこまれてしまう。
団員がつくった借金を、パティでチャラにできるなら安いものだった。
「さあ、どうしてもらおうか」
パティをオーナー室に呼び出して、無精ひげのセルジュはニヤついた。
セルジュのまわりには、肌の露出が多い衣装の女たちが並んでいる。
「わわわわ」
パティは直立不動で、怯えきっている。
まるで蛇に睨まれたカエルだ。
だが、十四歳のパティは、セルジュに悪の魅力を感じた。
「スタイルはいいな。まずは、これを着てもらおうか」
「ひっひい」
バニーガール服か、それとも、メイド服か……。この男にどんな仕打ちをされても文句をいえない立場なのだ。
女が服の包みを持って来た。
包には、ディーラー服が入っていた。
黒のベストに、黒の蝶ネクタイとミニスカート。
パティはほっと息をついた。
「借金を返すまで、働いてもらうからな」
パティはカジノ宮殿に住み込みで働いた。
はじめは、飲み物などの給仕をやっていたが、やがでダーツセクションを任されるようになった。
客とダーツで対決する。
もともと、投げ系のナイフ使いとして調査団に雇われた娘だ。
ど真中を連発する、凄腕。
こうして順調に借金を返していたところ、突如、パティは自由の身になった。
ソードスワード市国から、名剣エストック・アザレアが送られてきたのだ。
数百年前に香水の調合師にして、鍛冶屋である男がつくった不朽の名作、エストック・アザレア。
その刺突剣を手にすると、刃身が花いろに輝き、その美しさは芳しい香りを想起させる。
「この剣と引き換えに、お前を自由の身にする」
ふたたび、パティはオーナー室に呼ばれた。
「そうすか……、自分は、ディーラーになっても良かったと思ってましたが……」
「勘違いするな。お前はお子様だから、こっちが気を使って扱ってきたのだぞ。ここは物騒な場所なんだ。お前は剣の道を歩め。このままここにいれば……」
セルジュはずらっとはべらせる女たちのほうに視線をやった。
「……」
パティはこの女たちの一員にされてしまう。
「……、わかりました。ここから出ていきます。ひとつ教えてください。なんで、このカジノは経営側がこんなに勝てるんですか? なんか、からくりでもあるんですか?」
「秘密だ」
セルジュは笑った。
パティは自由になった。しかし、親に合わせる顔がない。
ソードスワード家が剣を送り、自分を解放してくれたお礼をしたいが、大借金をつくった話は、身内に広まっているだろう。
そんな中、福音調査団がデロスに向かっていると噂で知った。
「本当の聖人を見てみたいっす。あっしは、まだ福音調査団っすからね」
彼女は故郷に戻らず、東方のデロスを目指すことにした。
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