第ニ十一章 私公認です。着てね。
「誰か攻めてきたか!」
ユウは剣をいつでも振れる態勢をとる。
「どーどーどー」
女の声だった。
ユウのぎりぎり目の前で馬が止まった。
「馬車が潰されたようだな」
操縦者は鉄仮面を脱いだ。
シマデ・ミカだ。
体から発する熱気で、赤毛が蒸れている。
ユウは、鞘に剣を納めた。
「なんだ、シマデさんか。鉄仮面なんか被っちゃって、敵かと思いましたよ。びっくりしたー」
「はっはっは。あやうく、天啓の剣で斬られる第一号になるところだった。私がこんな騎士の格好をしているのはな、女一人で移動していると、襲われる可能性が高くなるからさ」
顔見知りに驚かされたエリオ・ソフィーは彼女に仕返しをする。
「シーマーデーッ! 男を連れて旅しなさいよ! いつまでも一人身でいるなら、いつか危険な目に合っても知らないわよ!」
「用心棒を雇うのは金がかかるからな」
「いや、だから男って。恋人のこと」
「パートナーならいっぱいいるさ。仕事のな。私の心配をしているのか? お嬢様は、いつ私の母ちゃんになった?」
「はああ?」
シマデの返しにエリオの顔は赤くなった。
一行は、火を放たれて、まだ煙がくすぶる車を眺めた。
ホロ付きの荷台は木炭になってしまった。
「誰かが俺たちを狙ったんです。心あたりはありませんか」
「いっぱいありすぎてわからん。そういう困難を片づけていくのが勇者だろ。心配するな」
シマデはユウの肩を叩く。
「はい」
・・・・・
「君たち、温泉には入ったのかな?」
「話題がずいぶん飛んだわね。丘の上にあるわ。入ったわよ」
エリオ・ソフィーが答える。
「なーんだ。せっかく水着を用意してきたのに。商機を逃しちゃったなあ。お前たちはお金をもっているからなあ」
エリオが叫ぶ。
「ミカ! こんな時に水着なんてかまっていられないでしょ! さっきまで欲しかったけど……。馬車が襲われて、お金は盗まれたわけ。ミカ、お金貸して」
「ごめん、私もいま持ち合わせない」
シマデ・ミカは視線をそらして頭を掻く。
「どうしてよ!」
「向かう先の国で物を売るためにいっぱい買い入れしちゃって」
「品物?」
エリオ・ソフィーがシマデの馬車のホロの中を覗くと、水着や服や下着がずらっとラックにかかっている。
「こんなに沢山……」
彼女はあきれた。
「男用の水着もあるぞ。何色が好きかな?」
鼻息を荒くしながら、シマデはユウのほうを向いた。
「一着あれば、いくつもいらないでしょ」
「次の国は、ハーシュラームですね?」
ソラナがシマデの目を見つめる。
藤色の大きな瞳が、すこし上目づかいになっている。
「うん。こうなったら、私の車に載っていけ。勇者殿に食料、物資の補給のために追っかけてきたんだ。もちろんタダ。私が商売用に運ぶ物資もタダにするからふんだんに使ってよ。勇者から金をせびるほど、ヤボな私ではない」
「よし、これでとうぶんの食料は確保できたな!」
ユウは威勢づいた。
「ユウの分は別」
「いまなんと?」
「金がないなら、体で払いな」
シマデは流し目でユウをからかう。
「俺、勇者なんですけど。たった今、勇者からは金を取らないって……」
「冗談」
「だから、男を連れて旅しなさいって、言っているでしょ。バカミカ!」
エリオ・ソフィーがつっこんだ。
夕食は、温泉の近くの川で採れた魚と、シマデが運んできた肉と野菜でバーベキューをした。
それから、ソラナたちはまた温泉に入りに行った。
ユウは留守番で、ホロの中で早く寝た。
女たちの付き合いに、アルトも参加していることにユウは気づかなかった。
夜は、ぎっしりつめこまれた商品に囲まれながら、男女五人がホロに入ってすごす。
「せまい。せっまいわー」
荷馬車の端でユウは文句を言う。
「我慢しなさいよ」
ユウの右隣で目をつむりながらエリオがつぶやく。
ライトブラウンのくせ毛の髪をしっかり洗い、湯に浸かって火照るエリオの体から香油のいい匂いがした。
・・・・・
その夜
ハーシュラーム国へ向かう最短の山道の途中で数台の馬車が止まった。
暗闇の道のわきに、二つの武器を抱え持つ、体の大きな男がかしこまっていた。
馬車から、藍色の法衣をまとうアルベルト・ドニーニ監察官が降りた。
ドニーニ監察官一行は、シエナ王国から山脈を越えて、ソードスワードを経由して急いで馬を走らせてきた。長旅の疲れのために、ドニーニの目の下のくまがよりどす黒くなっている。
「ほほう。戦利品があったようだな」
ドニーニは大男に声をかけた。
「旦那。やつらを襲ってやりました。あいつらが持っていたこの武器は素晴らしい。いまやつらの寝込みを襲ってケリをつけてもいいが」
ドラゴンスレイヤーとドラゴンランスを大切そうに抱えながら、筋肉隆々の覆面男がくぐもる声を出す。
その大男は囚人のナンバー9だった。
大悪人の中で、特に有能な人間に、教団はナンバーを付けて汚れ仕事をひそかに請け負わせている。うまくやれば恩赦というエサもつけている。
ナンバー9が剣術大会に出場して鉄球を振り回していたのもユウ・ナギノを潰す任務としてだ。
「ソラナという娘にいっぱい食わされたのだ。私がシエナステラ修道院にガサ入れしたとき、娘はすでにソードスワードにいた。神器を盗み出した不届き者だ」
ナンバー9は監察官の『盗み』という言葉に反応した。
「ぐふふ。俺も教会荒らしの罪があるし、こうやっていま剣を盗んだが」
「私が見逃そう。神器を盗むことほどの大罪はない。それで、天啓の剣は取り返せたか」
ドニーニは尖った耳をぴくぴくさせる。
「旦那。そこまでには至っていない」
「ゆっくり、着実に遂行するのだ」
ドニーニは独断で勇者一行の抹殺と、神器の奪還をもくろんでいた。
「これで勇者一行を追い抜いた。次は、ハーシュラームで落ち合おう。デロスへのルート上、必ず寄る国だ。そこにはお前の知り合いがいるのだろ」
「ああ、元囚人のナンバー7がいる。ナンバー7は槍使いだ。奴はドラゴンランスで最強になる」
「期待している」
ドニーニは教団の馬車に乗り込んだ。
ナンバー9も森の茂みに消えていった。
・・・・・
「いい匂い。さらさらな髪の毛。ぎゅぎゅっ。もふもふ。んん?」
ある朝、寝ぼけていたユウ・ナギノは、自らの行いに衝撃を受けた。
自分の懐にアルトの頭をしっかりと抱きかかえて寝ていたのだ。
ミディアムヘアの頭が寝返りをうった。
「ふうー、なんだか息苦しかった」
アルトは目を覚まして伸びをしたあと外に出ていった。
右隣のエリオ・ソフィーはすやすやと寝息をたてている。
(いつも俺は端で寝るようにしているのに……寝相が悪いのは俺かアルトか……、逆向きだったらもっとやばかったな……)
「よーし。水を汲みにいくぞー」
ユウは馬車から飛び出して、朝日に祈りを捧げるアルトに声をかけた。
「あっ、おはようございます。ユウさん」
アルトは眠い目をこする。
「炊事洗濯、なによりも水が大切だからな」
ユウは、空の水瓶を担いだ。
とっくに山道を抜け、いよいよ砂漠の乾燥地帯に入りかけている。
河川を見失わないように南下しているので、水源には事欠かない。
「水を運ぶのは、ひと苦労ですよね」
アルトがにこりと笑顔を向ける。
朝焼けで、幼い顔が眩しく映る。
ユウの胸が強い脈を打った。
(なんなんだよ。この感覚)
「どうかしましたか?」
「いや」
するとアルトは、くすくす笑いだした。
「ユウさん。寝ているとき、ぼくをエリオさんと間違っていませんでしたか?」
ユウの顔が急に赤くなった。
「ないないない、そんなことは断じてない!」
「えっ、だって夜中にエリオ、エリオって……」
「あー、お前だってな。ソラナ、ソラナって連呼していたぞ」
「えっ、本当ですか? うっわー」
アルトは恥ずかしさで両手に顔を当てる。
苦しまぎれについたユウのウソに引っかかっている。
・・・・・
「おや、ユウたちはいないのか」
馬車のまわりをシマデ・ミカは見回した。
エリオ・ソフィーとソラナはすでに起きた。
「ちょうどいい。実は、シスター・ソラナにお届け物があるんだ。いま渡すよ。ちょっとタイミングを見計る必要があるものでね」
「わたしにですか。送り主は修道院からですか?」
ソラナの表情が明るくなる。
「鋭いね。当たりだよ」
シマデ・ミカは衣装ケースを取り出した。
「これは……」
中には、両肩が丸出しで、胸と背中の部分もずいぶんと露出面がある、すずしげな藍色の衣装が入っていた。
スカートは薄生地でゆるやかなプリーツがあり、丈は長めだが、意地悪なくらい深くスリット(切れ目)が入っている。肌の露出が気になるときのために、ミルク色のショールのレースが付いている。
「砂漠の国、ハーシュラーム用の衣装だね」
「こんな服着られません。このシエナステラの修道院服で旅を続けるつもりです」
「暑くて死んじゃうって。この添え紙を読んでみな」
シマデはソラナにそれを渡す。
『元気に旅してる? 勇者ソラナ。これはシエナステラのシスターたちでつくった衣装よ。私公認です。着てね。着るわよね。じゃねー。旅の無事を祈るわ。ソラナ・ラブ 修道院長ネヴュエラより』
「着ます。着ればいいんでしょ。院長!」
ソラナは天に向かって叫んだ。
「なんて、従順な子……」
シマデとエリオは顔を見合わせる。
シマデ・ミカは、エリオ・ソフィーの肩に手を置いた。
「服、買って。お嬢さま」
「ふうー、つきあうわ。暑い国らしいから」
ソラナは新しい衣装を身に付けた。
「似合うねえ」
シマデとエリオは思わずため息を漏らす。
ソラナの体型を熟知している人物しか作り得ない、マスター・ピース。
露わになった健康的な鎖骨と、ふくよかなバストの谷間、スリットからチラっと見える太もも。
「下着も選んで、ソラナ」
シマデの鼻息が荒くなる。
「ええ、ちょうどいいカップサイズのものを選ばせて……」
「……、あー、一緒に着替えたくないわ」
エリオ・ソフィーは服と下着をいくつか抱えて外に出た。
・・・・・
ユウとアルトは、水瓶についている二つの取っ手を、片方ずつ掴んで歩調を合わせて運ぶ。
「よし、馬車発見」
ユウは馬の手前の樽に水を注いだ。
「今日も頑張って走ってくれよな」
ユウはホロに向かおうとした瞬間、水瓶を落っことした。
下着を着替え中の半裸のエリオ・ソフィーがいた。
「お前、何やってんの?」
「いやあああああああ」
エリオは急いでホロの中に駆け込んだ。
「??」
「??」
呆然と突っ立つ二人。
「あーあ。お前たち、帰ってくるならちゃんと声をかけろ。はい、もう一回水を汲んできなー」
シマデ・ミカがホロから顔を出す。
「驚いたのはこっちだって。気まずいったらねーよっ」
「ユウさん。行きましょう。でも……(ラッキーだったんじゃないですか?)」
アルトがにやけてユウの反応を伺う。
「あーん? でも何だって?」
ユウは不機嫌そうにアルトの顔をのぞき込む。
「何でもありません」
そのあと、ユウは衣装が変わったソラナの姿を見て、もう一回驚かされた。




