第二十章 温泉、温泉 自然の恵みはありがたーく頂戴しないと
勇者一行は、ソードソワード市国から東のデロスまでの旅を始めた。
「まずは、南東の草原地帯をいき、砂漠の国ハーシュラームを目指しましょう」
地図を示してソラナが行動指針を決めた。
砂漠地帯の異教徒が住む世界を経て、東へ向かうルートが最短だ。
デロス神殿までの道は、異教徒によって分断されている。
そして、トライアード教圏からの貿易隊や、使節団は、盗賊の格好の獲物となる。
「異教の地に入るのか」
ユウも、地図を見てこの道で行くしかないと考えていたが、ソラナを守るという重責が自分にはある。
「異教徒とはいえ、同じ人間です。異教徒の街では、私たちが異教徒です」
・・・・・・
「疲れたー。おーい。交代してくれ」
大きなホロ付きの二頭馬車の手綱を引くユウ・ナギノは、その手を留めた。
ホロの中を覗くと、ソラナとエリオ・ソフィー、そしてアルトがすやすやと寝息を立てている。
「おい!」
「きゃっ」
エリオ・ソフィーが驚いて飛び起きた。
「俺ばっかりに走らせるなっつーの」
草原の道をゆく数日間。ほとんどユウが馬を走らせている。
選りすぐりの馬二頭と、寝泊りできるホロつきの馬車は、ソードスワード家からの進呈だ。
馬術をたしなむエリオも、ユウと協力して道を進めていた。
「バカ。私がさっきまで走らせていたじゃない」
「さっきっていつだよ」
ユウはエリオとにらめっこをする。
エリオ・ソフィーの唇に薄紅が塗られ、ほほにパールの粉のラメが光る。
彼女は長旅のなかでも、化粧をして優美を保とうとしている。
ユウは思わず照れを感じて視線をそらし、アルトの方を向いた。
すやすやと眠るアルトの藍色のローブから、艶っぽい首すじの肌がこぼれている。
(けっこうかわいいな、こいつ)
「……。アルト。お前は男だろうが。お前も馬を操縦しなくちゃ」
「うん……」
アルトは寝ぼけ眼をこする。
ユウはアルトを引き起こした。
その瞬間、ユウは、アルトに馬を引かせるのは無理だとわかった。
柔らかく、すべすべしている。
完全に子どもの手だ。
「ユウ。急がなくてもいいのです。食料を考えて、十分に休息をとりながら路をいきましょう。ユウが疲れているのはわかっています。私が馬の手綱を握ります」
目覚めたソラナが申し出る。
天啓のサークレットをはめた藤色の髪には寝癖がついていた。
「勇者ソラナさまは結構よ。お休みになってください。ユウのバカが馬の御者をつけるのを拒んだのよ。このバカがね」
エリオ・ソフィーが口をはさむ。
ユウは四人での旅を望んだ。
ひとつのホロの中で、ユウとソラナ、エリオとアルトが寝起きしているのだ。
「いやいや。旅をともにする馬の御者がさ、キンスロットの騎士団の人間だった。あいつらを信用できるわけがないだろ。だから断ったのさ。はいはい、分かった。俺の責任さ。俺が引きますよ」
「ユウ、ごめんなさい。車の振動が心地よい眠りを誘うの。次は私が御者を務めますからね」
「いや、だから、バカユウがひとりで馬を引きたいってことなんだからいいのよ」
「いえ、やらせて」
ソラナは完全にやる気になっていた。
「それでは、わたくしエリオ・ソフィー・フォン・ソードスワードが、我が家に伝わる馬の操縦術を教えて差し上げますわ。勇者ソラナ様。一緒に荷台へいきましょう」
エリオ・ソフィーは寝起きのソラナの手を引いた。
エリオは勇者の少女をもっと知り合いたいと思った。
藤色の髪に、シエナステラの修道院服。
その神々しさにエリオ・ソフィーはため息をつく。
(この人ためにシエナステラのシスター服がデザインされたと言ってもおかしくないわ。あたしはユウと幼馴染みなのに……。ユウとソラナのやりとりが昔からの知り合いのように、いや、家族のように自然なんだもの……)
寝起きのソラナはすっぴんでも肌艶が良くて、藤色の瞳は、陽に当たる花のような輝きをすぐに取り戻す。
こっちは、こっそり隠れて化粧をしている。
(ああ、やっぱり、ソラナに嫉妬するわー)
「お二人。頼むぞ。路をすすめてくれ。夜警もあるから寝かせてもらう」
疲れきっていたユウはホロ馬車の隅に伏せった。
・・・・・
森林や草原地帯で野営するときは、野獣に襲われないように火を炊いて、一晩中交代で番をする。
これにはソラナも参加した。朝の祈りがある修道院で暮らした彼女は、早起きに慣れている。
薪を焼べる火のまわりに霊剣、ドラゴンスレーヤーとドラゴンランスを地面に突き刺す。
このアイディアには効果があった。
野獣は、火竜の気配を察知して近寄ってこなかった。
・・・・・
一行は草原地帯を抜けて、深い森の道に入った。 森を抜けると乾燥した砂漠地帯に入る。
「いい場所についたぜ」
山道でユウ・ナギノは馬を止めた。
「どうしたの」
エリオ・ソフィーがホロの中から顔を出した。
「この丘を上がっていくと温泉の滝がある」
ユウは手描きの地図を彼女に見せた。
彼はホテル・ナギノに泊まった旅人からの見聞を集めて、ここに温泉があると目星をつけていた。
「温泉の滝? ちょうどこのあたりみたい」
「ああ、秘境だ。森林の湯だよ。みんな一息つけると思うんだ。温泉、温泉。自然の恵みはありがたーく頂戴しないと」
「いいですね。いきましょう」
ソラナもホロから顔を出した。
一行は、馬車を置いて道の脇の丘を登った。
人が足を運んだ跡があるので、本当に温泉がありそうだ。
しばらくいくと、湯気が昇る滝と湯が流れ込む小さな沼があった。
「わあ、にぎやかだ」
アルト・プレヴィンが水面を覗くと、水は透明で小さな熱帯魚が泳いでいる。水面に手を入れると生暖かく、入浴できそうだ。
ユウは上半身のシャツだけ脱ぎ捨てて湯に浸かった。
エリオ・ソフィーはお湯に入れず悔しそうにした。
「この旅に水着が必要になると思わなかった。ねえ? ソラナ」
「ふふ、女性どうしなら何も身につけず気兼ねなく入れるけど」
「男はでていけか。もしソラナが希望するなら、俺は目の届かないところへ外してもいいけどね。でも、その前に遊ぼうぜ」
ユウはアルトの手を引いた。
「うわあ」
アルトは藍色のローブのまま首まで湯に浸かる。
エリオはブーツを脱いで足首を湯に浸す。
「あ、いい湯加減。しっかり入りたいなあ」
「仕返し!」
ざばーんと、アルトがユウに向かって湯波を立てた。
「やったな」
今度はユウがアルトに覆いかぶさり全身を湯に沈める。
アルトの金髪のミディアムヘアがお湯でしっとりと濡れ、ボーイッシュで健康的な色気をユウは感じた。
「かわいいやつだな」
ユウはわざとよろけて、ふざけ半分にアルトの身体を抱きかかえ、再び湯の中に潜った。
(ちょうどういい温度で気持ちいいー)
しばらくユウは水中でアルトを抑えこみ、アルトはもがいてエリオ・ソフィーの足を思いっきりつかむ。
「きゃああ」
エリオも全身を湯の中に引きずられた。
エリオ・ソフィーは着替えの服を何枚も持っているので濡れても気にならない。
しばらく遊んでいた三人は、岸辺に目をやると、ソラナの姿に釘付けになった。
しばらく木陰に身を隠したソラナはシスター服を脱ぎ、上半身と下半身をそれぞれ藍色のショールでうまく巻いて、即席の水着をつくった。
「入る気まんまんだったんだ……」
ユウは、ソラナの姿に困惑する。
「さーあ、お湯をかけてみなさい!」
ソラナが挑発する。
「よし、いくぞ!」
ユウは手で湯をすくおうとすると、エリオは、ユウの背後に回り込んでバックドロップをかけた。
「させない!」
「うふあ!」
ユウは一度深く湯に沈んで、浮力で水面に浮かぶ。
エリオのライトブラウンの髪はびしょ濡れで、白いブラウスの下着が透けている。
「何見ているの? わたしは何着も洋服を用意しているから」
「お前なんか見てないよ。ソラナだよ。ソラナと遊んだらダメなのかよ。そんじゃ、ここからは女性陣で楽しんでくれ。俺は馬車を見張りにいく。アルトはお姉さんたちといてもいいぞ。許しがあればだけどな」
ユウは名残惜しそうに、ついでにソラナの姿をちらちら見ながら、丘の下へ降りていった。
「ちっ」
エリオ・ソフィーは舌打ちする。
「みんなと遊べる格好をしたけど?」
藤色の髪を束ねるソラナは、不思議そうな顔をする。
「ユウの視線がソラナに釘付けだった……」
「えええ……」
(ええ、じゃないでしょ。やっぱり胸の大きさも……、かなわない)
エリオ・ソフィーは濡れたブラウスとスカートと下着をすべて脱いで湯に入った。
「ねえ、アルトもびしょびしょでしょ、替えのローブはあるの?」
「ええと、ないんです」
アルトはローブを脱いで湯に浸かった。
ひかえめな乳房があった。
「……、ユウさんは、ぼくをまだ男と思っているようです……」
「いつ気づくのかしらね、バカユウは。このままなのも面白いと思わない?」
「ふふふ」
三人は笑った。
「ぼくは、神父になりたかったんです。神父になって人を救いたかった。でも、男性にしかなれないから、まず少年合唱団に入っていました。だから男のふりをしているんです」
「もうその必要は、ないんじゃないの? 教団ってあんな低落じゃない?」
エリオははっきり言う。
「だから、ぼくにとって、ソラナさんが現れたのが衝撃的でした。ソラナさんについて行きたいと思ったんです。危険は承知していますが、勇者の一行にいられるなんて光栄です」
「私もアルトに会えて良かったわ」
ソラナ自身、ソードスワードの広場で出会いに運命を感じ、講堂で聴いたアルトの清喨な声にすっかり魅せられていた。
・・・・・・
「ねえ、次の国までどのくらいかわかる?」
ライトブラウンの髪を束ね、湯に浸かるエリオ・ソフィーは、ソラナに聞く。
「森を抜ければ、そこはもう異教の国【ハーシュラーム】よ! シエナとソードスワードは、文化が似ているけれど、全然違う雰囲気です」
ソラナは修道院の中で学んだ地理について詳しい。
「冒険って感じね。わたしはけっこう楽しんでいる。あの屋敷から出られて本当に良かったと思う。ソラナも楽しい?」
エリオ・ソフィーは、ソラナのショールに包まれた胸を眺めながらたずねる。
「はい」
ソラナは笑顔で答えた。
「旅は順調よね?」
「今のところは」
ソラナは空を見上げた。
彼女にもいろいろ気がかりな点がある。
教皇は監察官たちの動きを大人しくさせることができたのだろうか。
柔らかな日差し、トライアードカラーに似た藍色の高い空。
それは、恩寵のサインなのか、それとも不気味な兆候を示すのか、ソラナには見当がつかない。
・・・・・
「大変だー」
丘の下からユウの叫ぶ声が聞こえる。
エリオ・ソフィーは急いで濡れたシャツを身にまとった。
「俺たちの馬車が襲われて、燃やされているぞ!」
森の道に戻ると、自分たちの馬車のホロが荒らされて火を付けられていた。
馬は野に放たれたか連れてゆかれたのか、姿が無い。
「どうして、こんなことに」
「誰かの仕業だ。心配していたことが起きてしまった」
ユウは剣の鞘に手を置いて気配を探る。
「あぶねーな。天啓の剣を肌身はなさず身につけておいて良かった」
「もちろん勇者だもの」
シスター服に着替えたソラナも頭には、たえず天啓のサークレットがある。
「ふう、天啓の神器は無事みたいね」
「ドラゴンシリーズと、金を持っていかれた……。くそ、ちっくしょー。エリオの大切なドラゴンシリーズが!」
ユウが焼け跡を確認して悔しそうに地面を叩いた。
「天啓の剣があれば、ドラゴンシリーズは用無しでしょ」
「でも、あれはお前の家の家宝だろ」
エリオ・ソフィーはユウの気づかいを嬉しく思った。
「これは、誰かがやったに違いない。隙を狙われたんだ。強盗か、それとも……」
「それとも?」
エリオがユウに聞き返す。
「トライアード教団の連中かもしれない。やっぱり、神器を狙っているんだ」
「教団は信用できない」
ソラナはつぶやいた。
ソラナにそんなセリフを吐かせる教団が憎いとユウは思った。
「……、ふう。これから徒歩になるのね……」
燃え尽きた馬車の荷台を見て、エリオはため息をつく。
ちょうどそのとき、森の小道の後方から、馬の足音が聞こえてきた。
鉄仮面をかぶった人間が馬車を操縦して迫ってくる。
「俺たちを狙う輩が現れたか?」
ユウは天啓の剣を手に取り身構えた。




