第十九章 よくまあ俺たちここにいるよな
「酔い覚ましに来たぜ」
教皇専用の浴室に、裸のキンスロットが入ってきた。
湯船の外でうずくまるヴァルダスティの顔に、涙のすじが残っていた。
「レーゲン・キンスロット。貴様っ。無礼であるぞ」
レーゲン・キンスロットは桶を手に取り、かけ湯をする。
「ぬるいなあ。おい、お前、死人みたいな顔をしているぞ。体が冷え切っているんじゃないのか。温まろうぜ」
キンスロットがパチンと指を鳴らすと、浴槽の隅にあるライオンの口から湯が流れ出した。
「レーゲン……」
教皇ヴァルダスティ三世と騎士団長レーゲン・キンスロットは幼馴染だった。
新しい教皇を選定するとき、教団の幹部たちは、ヴァルダスティ(旧名・ジュゼッペ・ペトロビッチ・オイストラフ)を教皇にせよとの『精霊の声』を聴いた。
こうして、ソードスワードの市井の民であったジュゼッペは、トライアード教皇ヴァルダスティ三世となった。
彼は、仲がよくケンカが強いレーゲン・キンスロットを騎士団長に推薦した。
ふたりとも若く容姿がすこぶる良かったので、教団幹部たちは了承した。
ふたりは教団と騎士団の顔としてふさわしい、加えて、教団の操り人形としても適役だった。
教団と騎士団のトップになった彼らにも、やがて精霊の声が聴こえるようになった。
「湯船に入ろうぜ」
筋肉質のキンスロットは、ヴァルダスティの白い肩をぽんぽんと叩く。
ヴァルダスティの肌は冷たかった。
「ふー、あったまるな」
一緒に湯に浸かるキンスロットは、ヴァルダスティの体を見る。
ヴァルダスティの耳にある複数のピアス、上腕に彫られた蛇のタトゥーは、教皇になる前に入れたものだ。
庶民だった二人は、いつもつるんでいて素行が良くなかった。
とくに貧しい家庭に生まれたわけではないが、街でグループ同士のケンカをして毎日を過ごしていた。
キンスロットはナイフから、見栄をはって長剣を携帯するようなり、何人もの不良を半殺しにした。
「よくまあ、俺たち、こんなところにいるもんだな」
キンスロットはつぶやいた。
「余が貴様の頼みで騎士団長に推薦してやったからだ」
目をつむったまま教皇は答えた。
「お前、俺の前でも、余って自称するの?」
「あたりまえだ。余は現教皇である」
「ふっ、なんの権限もないけどな。ソラナ・シエナステラとはうまくいかなかったようだな」
キンスロットは挑発する。
「とんでもない。余は感化された」
湯に浸かる教皇は落ち着いていた。
肌にみるみる赤みが戻っていく。
オールバックにしていた香油が取れて、茶色の髪が下りている。
「まだ宴はやっているぞ、お前宴をやりたいんだろ。顔ださないのか」
一瞬、ヴァルダスティの眉が動いた。
キンスロットは毎夜の如く、男女を呼んで、宴を開いている。
巷にいて、やんちゃをしていた時とかわりない。
ヴァルダスティは、羨ましくてキンスロットが憎たらしかった。いっそのこと、教皇なんかにならなければ良かったと思っていた。けれども、ソラナと会話して、不思議と煩悩が消えていた。
「ソラナに振られたんだよな?」
「余について、詮索するのは無礼である。ただちに風呂からつまみだそうか」
「なんだ。お前、つまらねーやつになったわ」
キンスロットは、自分の銀色の髪を濡れた手ですいた。
「お前さあ、精霊の声が聴こえているか?」
キンスロットは、教皇に対してお前呼ばわりする。ワルい仲間だったときは、キンスロットのほうが兄貴分だったからだ。
「精霊は余に語りかけてくれる。直近のものは、『勇者が出現した号令を、あまねく発布せよ』だ。だから府令を出した。勇者は、ユウ・ナギノとなった。貴様が剣術大会に勝って勇者になるとばかり思っていたから驚いたぞ」
教皇の逆襲的な発言に対し、キンスロットはうつむいた。
キンスロットは、『ユウを倒せ! 天啓の剣を手に入れろ』との精霊の声を聴いた。
「俺が勇者になると精霊が予言したんだがな……」
「レーゲン。貴様は、精霊の声を果たせなかったわけだ」
教皇の逆襲はつづく。
「あのさ、ほかにもデロスへ行けっても言われていたぜ。まだ、精霊は俺たちを見捨てないだろうさ」
キンスロットは、精霊の声の重要なところを伏せた。
彼に与えられた精霊の声は、『女剣士チズル・グラシエンラの赤ん坊を拉致し、デロス神殿に参じよ』だった。
騎士団の部下に、慈善教会からチズルの子どもを連れ出すよう命令した。
赤ん坊はキンスロットの手のうちにある。
このことは、教皇も、教団幹部も知らない。
・・・・・
「レーゲン。余にとって、デロスは気がかりだ。神殿には、精霊の巫女ダル・メイサがいる。その巫女は、われわれと同じ精霊の言葉を操っているのか、確かめる必要がある」
「お前に言われなくてもデロスにいくつもりさ。お前の面倒を見るためにこの街に残るわけがねーよ。ふうー、風呂に使って頭が冴えた。また飲んでくるわ」
キンスロットは、ざばっと湯船から上がった。
「待て、レーゲン。余は、教団が勇者を抹殺していたことをソラナ・シエナステラに告白した。ソラナは怒ったが、許してくれたと思う」
「ちっ、そんな重要なことをくっちゃべったのか」
情報はしっかり管理しなくてはならない。
「レーゲン。勇者ソラナ・シエナステラを守ってくれ。いまだ、勇者を敵視する監察官は多いだろう。余は天啓の門の事業を遂行するつもりだ」
「わかったよ」
不愉快そうにセリフを吐き捨て、キンスロットは浴室から出て行った。
(ちょっくら、からかいにやってきたのに、やつから煩悩が見られねえ。つまらねえ男になったな)
キンスロットの方が、激しい気持ちに駆られていた。
特に、ユウ・ナギノに対しての嫉妬である。
大会の準決勝でユウに負けたのは仕方がない。
だが、決勝で見た、ユウとエリオ・ソフィーとの剣の交歓。
(あれは、一体なんだ)
エリオ・ソフィーはうっとりしていた。
たとえ、ユウに剣でこの身体を突き刺されても構わないという表情をしていた。
あれを見て自分は狂いそうになったのだ。
「なぜ、あいつが勇者になったんだ。精霊の声と違うだろ。エリオと旅をするなんて許せねえ。勇者め。勇者め」
キンスロットの瞳は、火竜のようにめらめらと燃えあがっていた。
霊剣カリバーンの瘴気にやられて動けなくなっていた自分を、ソラナ・シエナステラが救ってくれたことなど、彼はすっかり忘れていた。




