5.忘れられてもいい
それから日を開けて瀬戸は化け物を三体退治した。最初に倒した化け物から数えて合計で六体になる。
九官鳥が言っていた五体を超えた。
これから先も無尽蔵に増え続けるのではないか?
増えたら増えたで倒すしかないのだが、終わりが全く見えないのはキツイ。
九官鳥にたずねてみても、釈然としない答えが返ってくるだけだった。
椿の表情もさえない。
数日前には朝の教室で「助けてもらったの」と嬉しそうに言っていたのに、五回目、六回目ともなると、申し訳なさそうにボソボソ呟くようになった。
「どこの誰なんだろう。もしかして宇宙人だったりするのかな。いつもは何してるのかな」
「わからない……けど、……たぶん大丈夫……だよ」
心配しないで、俺は大丈夫だから、と気持ちを込めてゆっくりと答える。
ここ数日の椿との会話で、瀬戸は台詞が転ばないように間を空けて喋ることを覚えていた。
昨日の化け物には少し手こずった。
大きさは今まで相手にした化け物の中では中くらいに属していたが、動きが敏捷だった。
滅多に化け物から受けたことがなかった攻撃をまともに食らい、背中から右脇腹にかけて大きなアザを作った。
当然、痛みもある。
しかし、それを隠すくらいの体力と根性も鍛えられていた。
それなのに、相変わらず「一緒に帰ろう」と誘う勇気だけはない。
今は一緒に帰れない大義名分があるから、勇気がないことの負い目もなかった。
放課後になって椿が意を決したように瀬戸に声を掛けた。
「一緒に帰らない?」
「え!? あ、あの、あああ」
どう答えていいか咄嗟に思いつかず、瀬戸の台詞は久しぶりに転びまくった。
一緒に歩いていたら、襲われたときに変身できなくなる。
でも、せっかく島田さんが誘ってくれたのに。
島田さんは何で一緒に帰ろうとしているんだろう?
ヒーローの話をしたいのかな。ヒーローは俺なんだけど。
「瀬戸くん、いつも少し後ろを歩いているよね」
バレてた!? めっちゃバレてるじゃん!
「同じ駅なんだから、一緒に帰ろうよ」
「あわわわわわわわわ」
瀬戸の挙動不審はいつものことだが、あまりの狼狽ぶりに椿は不安になったようで
「もしかしたら嫌?」
小首をかしげた。
「嫌じゃない!」
嫌なわけないじゃないか。願ったり叶ったりだ。
それに断られたらどうしよう、なんていつも悩んでいるくせに自分が断れるわけがない。
瀬戸は何度も何度も大きくうなずいた。
化け物は日を開けて襲ってきている。昨日きたのだから今日はきっとこない。
経験があるがゆえの推測。しかしそれは甘い期待でしかなかった。
夢みたいだ。
駅までの帰り道を椿と二人並んで歩いている。
教室から外へと場所を変えても、瀬戸の口がなめらかになることはなかったが、しっかりと幸せを噛みしめていた。
話題といえば、やはり銀色のヒーローのことだった。
「瀬戸くんは見たことある?」
「あるような……ないような……」
嘘ではない。
いつも待ったなしの状況で変身し、退治が終わると速やかに変身解除をしているので、結局一度も変身後の自分の姿を見ていない。
見なくていいと思っている。変身後の姿を知れば、椿の前で姿を晒すのが恥ずかしくなり、変身に躊躇するようになってしまう気がした。
瀬戸の煮え切らない返答に、椿が気を悪くはしなかった。それどころか「ありがとう」とお礼を言った。
「化け物に襲われてヒーローに助けられているなんて、自分でも嘘みたいだと思う。こんなことあるわけないって。わたしだけしか知らなかったら、わたしは変になっていたと思う」
「でも瀬戸くんが話を聞いてくれるから。信じてくれているから、わたしは平気でいられるの」
「本当は瀬戸くんも、わたしの頭がおかしくなったと思ってるかもしれない。でも瀬戸くんは、そんな風にしていないから、いつも通りだから。
……ありがとう」
「島田さん」
信じるとか信じないじゃないんだ。
化け物もヒーローも現実にいるんだ。
俺がヒーローで、化け物を退治しているのも俺なんだ。
椿をこんなに悩ませているならば、いっそのこと全てをぶちまけてしまおうかと思った。
でも、それを知ったら椿は瀬戸を忘れてしまう。
瀬戸は惑った。
化け物が現れるようになってからは、椿が襲われないように注意を払っていたのに、今日は現れないと油断して、惑って注意力も途切れた。
その隙をついて化け物が襲いかかる。
瀬戸は反射的に椿の前に回り込んで庇った。
今まで見た中で一番大きい化け物の腕が振り上げられた。振り下ろされれば二人まとめて潰される。
時間がない。
瀬戸は胸ポケットから万年筆を取り出し天に掲げた。
「変身!!」
振り返って椿の顔を見た。
自分を覚えていている島田椿の顔を眼に焼きつけるために。
「瀬戸くんが……!?」
まばゆい光が瀬戸をつつむ。
椿は驚きで目を丸くしていた。
「かわいいなあ」
瀬戸は笑った。
いつもオドオド挙動不審だった瀬戸。
全てを忘れてしまうその前に、椿に笑顔を見せることができて満足だった。
天から声が降る。
「キオクショウキョ、カイシシマス」
無機質な声とともに、椿はその場に倒れた。