2.正体を明かしてはならない
今は意識を取り戻しているが、ついさっきまで恐怖で気を失っていた椿を残してその場を離れたくはなかった。
しかし九官鳥にせっつかれて仕方なしに無言で椿に一礼して背を向けた。
物陰に隠れると九官鳥が「カイジョ」と言った。
変身解除という意味かな? と察して、右手で握ったままの剣に「解除」と囁いた。
再び全身がまばゆい光に包まれ、剣も万年筆のような物に変化した。
「これは……?」
返そうと九官鳥の目前に差し出したが、にべもなく
「モッテイテクダサイ。マタアリマスカラ」
「また化け物出るの!?」
勘弁してくれよと思いつつ、万年筆のような物を制服の詰め襟の胸ポケットに挿した。
こうすると、まるで普通の万年筆のようで収まりが良かった。ベルトや銃型変身アイテムよりも取り回しやすそうだ。
「俺、世界平和とか全然興味ないんだけど」
世界の運命は君の両肩にかかっている! とか言われても壮大すぎて正直言って他人事だ。
今はただ、好きな女の子を助けようと無我夢中だっただけで、正義感や使命感なんて全く無い。
「ネラワレテイルノハ、シマダツバキサマダケ」
「どういうことだよ!?」
言われてみれば、先ほども化け物は石をぶつけたから瀬戸に向いただけであって、狙いは椿のようであった。
たどたどしい口調の九官鳥の話を要約すると、
化け物は地球外生物。九官鳥も同じく地球外生物。
島田椿は化け物を惹きつけてしまう体質である。
よって、この地域に現れる化け物の狙いは椿のみ。
化け物の数はおそらく五体ほど。
九官鳥は化け物退治のために差し向けられたが、九官鳥に倒す力はない。
瀬戸のように近くにいる人間に変身アイテムを託して戦ってもらうしかない。
「モットクワシクキキタイ?」
「もういい」
瀬戸にとって重要なのは椿が狙われていることで、それ以外の事情はどうでも良かった。
話から察するに、他の地域でも誰かを襲ってそうだが瀬戸の知ったことではない。他の地域は他の地域の人に頑張ってもらおう。
九官鳥が九官鳥である理由は、鳥は行動範囲が広く、なおかつ話していても不自然ではない動物ということで九官鳥に化けているらしい。
律儀にも九官鳥らしい口調で話すものだから、聞きづらいことこの上ないが、それもどうでもよかった。
瀬戸はもう一つだけ確かめたいことがあった。
「正体をバラすなというのは? バラすとどうなるの?」
この先、椿を守って化け物と戦うには正体を知ってもらった方が都合がいいのでは?
というのは立て前で、これだけ頑張ってるんだから、知ってもらいたい。あわよくば「カッコイイ」なんて思われたいという下心もあった。
「チキュウガイセイブツ デアルワレワレガ……」
地球人に変身アイテムを渡して戦わせていること自体が大問題で、他人に知らせるわけにはいかないのだという。それが守る対象者であっても。
「もしバレたら?」
隠しているつもりでもバレるなんて、よくあることだ。
例えば誰が誰を好きとか、誰が誰と付き合っているとか、隠しているつもりでもバレバレのことなんてたくさんある。
「セトニカンスルキオクヲマルゴトケシマス」
瀬戸に関する記憶を丸ごと消す
何で島田さんが「シマダツバキサマ」で俺は「セト」なんだよ?
という文句はさておき、記憶を丸ごと消すだって!?
「島田さんが俺のことを全部忘れるってこと!?」
「ソノトオリ」
「変身することだけを消すとか、できないのかよ!?」
「ソンナキヨウナコトガ デキルワケナイダロウ」
瀬戸の要望は無茶だったのか、九官鳥のですます調も吹っ飛んだ。
椿を守ることに異存はない。むしろ他の誰かに任せるなんてもってのほかだ。
だけど正体は明かせない。
それはこの先、瀬戸のジレンマの元となった。