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1.一緒に帰ろうと言えない

 駅まで一緒に帰ろう。


 その一言が言えなくて、今日も瀬戸高志せとたかし島田椿しまだつばきの五メートル後ろを歩いている。


 一緒に帰ろうと言って、もし断られたらどうしよう。


 そんなことばかり考えている意気地なしの男だった。


 一目会ったその日から恋に落ちたくせに、瀬戸は椿に何のアプローチもしていない。それどころか日常会話にも四苦八苦している始末だ。

 椿とは高校一年生、二年生と同じクラスで、その気になればチャンスはいくらでも転がっていた。近くにいるが故に、椿に彼氏の気配が無いことも察していた。瀬戸は焦ることもなく、何の意思表示もしなかった。

 今日こそは声をかけようと思いつつ、帰り道ストーカーのように後ろを歩くことが精一杯だった。


 高校から駅に向かう道は二つある。高校を出て最初の丁字路を右に曲がるか、左に曲がるか。どちらに曲がっても駅には着くが、左に曲がると少し遠回りになる。

 カップルや仲の良い友人同士は大抵左に曲がる。駅に着くまでの時間が長くなるからだ。その分、一緒にいられる時間も長くなる。


 いつも椿は丁字路を右に曲がる。五メートル後ろを歩く瀬戸も右に曲がる。

 そのまま駅に着き、瀬戸は今日も話しかけられなかったと、深い溜息をつく。それが日課だった。


 今日も椿は右に曲がり、一時その姿は瀬戸の視界から消えた。瀬戸も続いて曲がれば再び椿の姿を捉えるはず。

 しかし今日は勝手が違った。

 曲がり角の先にいる椿の悲鳴が瀬戸の耳に届いたからだ。


 どうしたんだ!?


 いつもは先を歩く椿と一定の距離を保ちながら「どうしよう」とのろのろ歩いている瀬戸が一も二もなく走り出した。

 椿が三十秒前に曲がった角を走り抜ける。

 瀬戸の目に写ったのは、気絶して地面に横たわる椿と、襲いかかろうとしている化け物だった。


 その化け物はまるでゴリラのようだった。大きさも毛並みも子どもの頃に動物園で見たことのあるゴリラそのものだった。

 ゴリラとは違うところは色が毒々しい黒ずんだ赤であること、頭からは角が生えていることだった。

 ありふれた街並みと掛け離れた化け物の姿は「特撮物の撮影か?」と周囲を見渡してしまうほどだ。

 しかし撮影ならば椿が倒れているわけはない。


 化け物は椿から離れて瀬戸を見ている。瀬戸は化け物に気づかれないように椿の様子を見た。

 瀬戸が視線を椿に向けることで化け物の意識を椿に向けてはいけないと、細心の注意を払う。なあに、他人からバレないように椿をチラ見するのは日頃から慣れている。

 椿は驚いて気を失っただけなのか、その身体に殴打も裂傷も見受けられなかった。


 島田さんを連れて逃げられるだろうか。


 気絶している椿を起こしていては、その間に襲われる。かといって気絶した人間を抱えて走れるほどの腕力と脚力もない。

 道の往来だがさっきから人が通っている様子もない。通っていたらとっくに大騒ぎになっているはずだ。

 瀬戸が考えていた時間は数秒であったが、化け物が椿に近づくには充分な時間だった。


 逃げる手立ては思いつかなかった。思考をかなぐり捨てて瀬戸は一番近くにあった大きめの石を化け物にぶつけた。

 こんな石程度でどうにかなるわけはない。とにかく椿のもとに行かせるのを阻止するだけだ。

 化け物は何度もしつこく石をぶつける瀬戸に鬱陶しくなったのか、椿へ寄るのを止めて瀬戸に振り向いた。

 真っ正面から化け物と向かい合い腰が引けた。


 俺はこんなところで死ぬのかな。

 島田さんと手を繋いで一緒に帰りたかったな。

 ……島田さん……!?


 瀬戸は気づいた。自分がこの場で命を落とせば、次は椿が命を落とす。


 ダメだ、俺はここで死んだらダメなんだ。

 逃げるか、どうやって?

 倒すか、どうやって!?


 破れかぶれで突っかかるのも手だろう。ひょっとしたら化け物は見かけ倒しで非力という可能性もある。瀬戸一人であれば一か八かの賭に出てもいいかもしれない。

 しかし今は椿がいる。椿を救うためには瀬戸は負けるわけにはいかないのだ。

 確実に化け物を倒せる力が欲しい。絶対の強さが欲しい。


 神様、仏様、誰でもいいから俺に力を下さい!

 何でもするから。何を引き替えにしてもいいから!



 天から声が降ってきた。

「オネガイシマス。タオシテクダサイ。チカラカシマス」

 瀬戸は空を見上げた。

 空には九官鳥が一羽飛んでいた。

 九官鳥が口にくわえていた物を瀬戸に向かって落とした。

 落下点の狙いは正確で、瀬戸のてのひらには一見するとシルバーの万年筆のような物体があった。


「ソラニカカゲテ『ヘンシン』トイッテクダサイ」

 何の夢かタチの悪い冗談か? そんな風に勘ぐる余裕はない。

 化け物は腕を振り上げ、今まさに椿に襲いかかろうとしていた。

 瀬戸は万年筆のような物を握りしめ右腕を天高く上げた。

「変身!!」

 全身がまばゆい光に包まれた。


 瀬戸は『変身』した。自分を見る手段がないので姿形は判らないが、全身に力がみなぎっているのは判る。腕を軽く振れば、風を切る音が鳴った。

 化け物のもとに駆け寄ろうとして足を蹴り出した次の瞬間には、化け物の懐に辿り着いていた。足も速くなっているようだ。

 力まかせに殴ってみれば、化け物は吹っ飛んで横転した。幸いに化け物が吹っ飛んだ方向は椿から離れた場所で、瀬戸はホッと胸を撫で下ろした。


「トドメを刺すにはどうすればいい?」

 空に向かって問うた。このままタコ殴りにしろと答えるならば、そうするまでだ。

 自分にはその力が与えられた。


「サッキソラニカカゲタモノガ、ケンデス」

 声に導かれて変身した場所に目を向けた。変身したと同時に放り投げた万年筆のような物は無く、かわりに抜き身の剣が転がっていた。

 化け物が身を起こす前に剣を拾いに行った。

 剣を手に一瞬で走り戻り、勢いづけに「やーー!!」と大声を出しながら剣を自分の頭上に構え、横たわる化け物に振り下ろした。

 この世のものではない断末魔をあげながら化け物は消滅した。

 変身してからここまで、瀬戸の動作に一切の躊躇はなく、化け物はあっけなく倒された。



 瀬戸は椿を危機から救い、ようやく自身の緊張の糸もほぐれた。足の力が抜けふらふらと剣を支えにして立っていた。

 背後で椿が目を覚まして上半身を起こす気配がした。


 大丈夫!?


 瀬戸が声を掛けることは叶わなかった。

 九官鳥が瀬戸の肩に舞い降りて「シャベルナ!」と言ったからである。


 ――正体を明かしてはならない。


 それが力と引き替えに瀬戸に課せられた、たった一つの決め事だった。

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