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迫りくる鈍色の凶刃。
直後。ハッ、と我に返った俺は素早くバックステップで後退した。
「――っ」
だが……どうやら完全に避けきることはできなかったようだ。肩口から袖にかけてうっすらと服に切り裂かれた跡が残っている。ぎゅっと唇を噛みしめ、焦る俺の額には大粒の汗が浮かび上がっていた。
「ふふ、そろそろ諦めたらどうですか?」
その声に顔を上げると、いま俺に剣尖を放った女が嘲笑りを浮かべていた。それこそ、まるで新しいおもちゃを見つけた童女のような微笑みを張りつかせながら。
くそっ、馬鹿にしやがって!
俺は少しでも反撃に出ようと近くにあった蠅たたきを手に取り、跳ぶ。
「うおおおおおおおおお!」
突撃必勝、先手あるのみ!
一矢報いてやる、そう思って俺は猪のごとく攻めに転じた。武器を、蠅たたきを力いっぱい振るう。
「でりゃあああああ――え?」
しかし、現実は甘くなかった。
俺の攻撃は見事なまでに空を切った。半歩下がって軽くかわされたのだ。
「――隙ありっ!!」
「くっ」
全力で、目一杯蠅たたきを振るった俺の体勢はすでにガラ空きだった。
女はその瞬間を見逃さない。
しまった!
そう思った時にはすでに遅かった。完全に無防備な俺の体へ女の放つ鋭い突きが。
俺の。
首へ。
「…………」
……首で、止まった。
いまだ余裕のない俺は少しも動くことができない。
そんな俺の姿を見て大きくため息を吐き、とうとうしびれを切らしたのか女は声をかけてきた。
「少しは理解できましたか?」
理解? 何のことやら札幌ラーメン。
「ジャキッ」
「じょ、冗談だよ……」
再び、のど元に押しつけられる刃先。なんとか薄皮一枚で止まってはいるが、あと少しで大惨事になりかねない。
「ちょ、あ、当たってるって!」
「当てているんです」
何の躊躇いもなく答える女。当たっているもの、これがおっぱい……何でもないです。
とにかく、こんな状況はまっぴらだ。
「と、とりあえず落ち着こう! このままだと、ち、血とか出るかもよ? 絶対いっぱい出るよ!?」
「構いません。後で掃除しますから」
無事に説得の方向へと持っていこうとする俺にピシャッと言い放つ。
というか、血とか出てもいいのか! 怖いな!
「わ、わ、わかった! わかったからっ!」
「わかった?」
嘲笑から侮蔑へと表情が変わってくる。
目下の俺が何気なく軽い口を聞いたことがお気に召さないようだ。
「……わかりました」
俺は剣先を喉元にあてられつつも姿勢をただし、正座の体制になった。
これで満足かよ!
こんな屈辱は初めてだ! 心の中で毒づく。しかし、女は続ける。
「土下座」
「DOGEZAっ!?」
ジャパニーズ土下座。相手に対し深くわびを入れるときに使用する姿勢のことである。
馬鹿にすんなよっ、古き良きを大切にする日本人はそんな簡単に頭を下げる人種じゃねぇことを思い知らせてやる!
「おい、ふざけん……」
「いつ――正座やめていいって言った?」
ジャキッ。再び喉元にあてられる鈍色の刃。
ふっ、こんなもので俺の滾る熱き血潮を止められると思うなよ。
迷いなく俺は素早く立ち上がり、そして……
「すいませんでしたあああああああああ」
空中で正座になり着地時に額を地面につける、いわゆるジャンピング土下座である。
ジャパニーズ文化。ジャパニーズ土下座である。
「…………」
「…………」
無言の空気がしばらくの間を支配する。やがて、女の表情に動きが見えた。
「ハッ」
鼻で、笑われました。
もはや黙ってはいられない!
ここまでされて黙っている奴はクソ虫以下だ。
「言わせておけば言いたい放題言いやがって! いいか! 俺は何も悪くない!」
……とは、言えませんでした。
畜生! 俺の根性無しっ!
拳を固めて泣きながら地面をたたく。すると、女がやれやれといった表情で大げさに肩をすくめる。
「ようやく観念したようね。春基、いえ……」
相変わらず地面に正座させられ中の俺に、女は一言。
「お兄ちゃん」