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届け物は女の子  作者: 新井 富雄
エピローグ
16/16

-14-

 第4恒星系で積み込んだ鉱物資源を太陽系に運ぶ途中で、ミユイからのメールが届いた。

『親愛なるルーパス号の皆さん』という書き出しで綴られたメールは、ごく短い文章だった。

『父との新しい暮らしも、もう3日めです。次の日曜日に、次の物を届けてください

 1.高級味噌

2.生きのいい鯖

          以上です

        龍ヶ崎水結』

 メールの内容を見るため、モニターに眼をやったイチロウにミリーが、話しかける。

「イチロウ一機で行ってみる?わざわざ、ルーパスで行く必要なさそうなんだけど」

「ミユイと話せないかな・・・」

「イチロウなら、そういうと思った・・・通信回線開いてあるから、直接話せるよ・・・でも、さっき、あたしが話してみたんだけど、できれば、イチロウとは秘匿回線で話したいんだって」

「秘匿回線?」

「あたしたちにも聞かれたくないらしいから・・・恋の告白かもね・・・イチロウの部屋で、思う存分、おしゃべりしてきていいからね」

 自室に戻るため、ミリーに背を向けたイチロウにミリーが、声を掛ける。

「そうそう・・・まだ、ナビをやる人決まってないんだから、ミユイができるかどうか聞くの忘れないでね」

「わかったよ」


 自室に戻ったイチロウの前に、ミユイの顔が映し出された。ミユイは、にこりと微笑んで挨拶をする。

「久しぶり・・・」

「元気そうでなによりだ」

「あらためて、ありがとうを言いたくって、連絡しました」

「高級味噌と新鮮な鯖って・・・あれ、どうするつもりなんだ」

「あれは、ルーパスのみんなに会うための口実・・・」

「鯖の味噌煮でも作るつもりなのかと思ったよ」

「もちろん、持って来てくれたら、ちゃんと作るつもりなんですよ。今度は、わたしがイチロウにご馳走したいから。

 何から話せばいいか・・・伝えたいことがいっぱいあって・・・

 イチロウは、今忙しい?」

「まぁ、それなりに・・・でも、ミユイと話をする時間くらいはあるから、俺でよければ、話し相手にはなるよ

「ありがとう・・・」

「あの・・・」

「言いたくなければ言わなくてもいいけど、でも、言いたいことがあったから、メールをくれたんだよな」

「うん・・・」

 短い返事の後で、ミユイは、意を決したように唇を開いた。

「わたし・・・手術をしました。」

「手術・・・?」

「この髪・・・ウィッグなんです」

 確かに、モニターに映るミユイの髪は、ルーパス号に乗っていた時とはヘアスタイルを変えていた。

「脳手術だったので、髪の毛全部剃っちゃったんです」

「脳手術?」

「でも、恥ずかしいから見せません」

「あの後、何があったのか、話してくれる・・・のか?」

「ギンは知ってるはずだけど・・・聞いてないよね」

「ああ・・・あいつの口が堅いのは筋金入りだ」

「わたし、記憶を消すために、父のところに行ったんです」

「記憶を消す?」

「いちいち驚かれたら、ちゃんと話ができないじゃないですか・・・」

「わかった、なるべく黙っている」

「でも、父は、まったく取り合ってくれなくて・・・こんな不良娘のことなんか、綺麗さっぱり忘れて、わたしにも、忘れてもらったほうが、絶対、父のためになるのに・・・そう思って、父に頼んだんです」

 イチロウは、何か言いかけたが、黙っていると応えたことを思い出し、口を(つぐ)んだ。

「記憶を消せば、イチロウたちに、この惑星(ほし)に連れてきてもらったことも、きっと、綺麗さっぱり忘れちゃうんだって・・・ちょっとだけ、そんなことも思ったんだけど、でも、それ以上に、父の悩みを解消させたくって・・・」

 ミユイは、照れ隠しでもするように、もう一度笑顔を作ってみせた。

「父が、うんと言ってくれなかったので、結局、その手術はしなかったんです。

 だから、こうやって、イチロウのことも憶えてて、こうやって話をすることができています」

「記憶を消すなんて・・・そう簡単にできないだろうし・・・記憶喪失になった人の話はドラマとかでよく見たけど、現実にそんなにあるとは思っていないし」

「黙ってるんじゃなかったの?イチロウくん・・・まぁいいや・・・黙ってなくてもいいから、わたしの話は、ちゃんと聞いてください」

「手術したって言ったけど」

「それは、本当・・・」

「聞いてもいいのか?」

「それを伝えたかったの・・・なんか恩着せがましくなりそうなので、3時間くらい迷ったけど・・・イチロウと、エリナさんには関係のあることだから・・・よかったら、エリナさんも呼んでもらえますか?」

「それは、かまわないけど」

 イチロウは、さっそくエリナの携帯端末に連絡を入れた。エリナはすぐに来ると言って、通話を切った。

「わたしが受けたのは、記憶を元に戻す手術でした」

「記憶を元に戻すって・・・あのリョウスケの記憶のことか?」

「はい・・・」

「まさか・・・」

「はい、手術は成功でしたよ」

 エリナがイチロウの部屋をノックする音が聞こえた。

「入ってくれ」

エリナが、遠慮がちに部屋に入ってくる。



「リョウスケの好物が『鯖の味噌煮』だったんですね」

「そうだ・・・いつも、あいつと学食で一緒に食べたメニューだ」

「香苗さんの顔も、リョウスケはしっかりと憶えていました・・・リョウスケも香苗さんが好きだったってことも、よくわかりました。

 エリナさん・・・リョウスケは、イチロウをからかう時、よく『イチロウの手は魔法の手かもしれない・・・それは、イチロウと付き合いだしてから、香苗さんの胸が爆発的に大きくなったからだ』って言ってたの

この意味わかるかな?エリナさん」

「わたしの胸も、イチロウと付き合えば大きくなるってこと?」

「リョウスケが思っていたことだから、実験してみないとわからないけどね」

 エリナは、自分の扁平な胸をしっかりと見詰める。

「それと・・・エリナさんには、もう一つ・・・リョウスケがエリナさんにイチロウを託した時の言葉が・・・『俺は、もう市狼(イチロウ)を見守ってやることができないから、この後は・・・お前に市狼(イチロウ)を託すしかない・・・後11年経ったら、このコールドスリープの狭い檻から、市狼(イチロウ)を開放してやってほしい』だったこと・・・憶えてる?」

 エリナは、その言葉を聞いて、電撃に撃たれたように身体を大きく震わせた。

「おじいちゃんの言ったこと・・・まさか・・・ほんとうに、おじいちゃん?」

「うん、その時の記憶が一番強く残ってます。リョウスケは、よっぽど、イチロウのことが気がかりだったんだって、よくわかりました。


 エリナさん・・・リョウスケの言葉として聞いて欲しいの。


 イチロウを守り続けてくれて、そして、ずっと見詰め続けてくれて、ほんとうにありがとう」


「はい・・」

 エリナは素直にうなずく。

「リョウスケの108年と、ミユイとしての16年・・・二重人格もいいところですが、こんなわたしのところへ、また、届け物を届けてもらえるでしょうか?」

「もちろんです・・・どんな、大口を蹴ってでも、ミリーがなんと言おうと、ミユイさんへの届け物は、真っ先にします」

「お金もあまりないので、そんなに急ぎじゃなくっていいの・・・急がなくてもいいから、危ないことしないで、きちんと届けてください・・・お願いします」

「わかりました」

「それと、エリナさんに、別のお願いがあります」

「なんでしょう?」

「この前、もらったプレゼント・・・凄く役に立ちました。特に、フリーズの魔法が・・・

それで、お礼として、ギンにかぶせたテレポートスーツ・・・ちょっと、細工をしちゃいました」

「特に変わったところはなかったけど・・・色とかも変わっていなかったし」

「53kgまで運べるようにしましたから・・・無理なダイエットはしないで・・・」

 そう言って悪戯っぽく、ミユイが笑う。

「え・・・全然、気づかなかったよ」

「とりあえず、言いたかったのは、それだけ・・・また、会いましょうね。イチロウ、エリナ」



 そう言い残して、ミユイの映像は消えた。


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