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第4恒星系で積み込んだ鉱物資源を太陽系に運ぶ途中で、ミユイからのメールが届いた。
『親愛なるルーパス号の皆さん』という書き出しで綴られたメールは、ごく短い文章だった。
『父との新しい暮らしも、もう3日めです。次の日曜日に、次の物を届けてください
1.高級味噌
2.生きのいい鯖
以上です
龍ヶ崎水結』
メールの内容を見るため、モニターに眼をやったイチロウにミリーが、話しかける。
「イチロウ一機で行ってみる?わざわざ、ルーパスで行く必要なさそうなんだけど」
「ミユイと話せないかな・・・」
「イチロウなら、そういうと思った・・・通信回線開いてあるから、直接話せるよ・・・でも、さっき、あたしが話してみたんだけど、できれば、イチロウとは秘匿回線で話したいんだって」
「秘匿回線?」
「あたしたちにも聞かれたくないらしいから・・・恋の告白かもね・・・イチロウの部屋で、思う存分、おしゃべりしてきていいからね」
自室に戻るため、ミリーに背を向けたイチロウにミリーが、声を掛ける。
「そうそう・・・まだ、ナビをやる人決まってないんだから、ミユイができるかどうか聞くの忘れないでね」
「わかったよ」
自室に戻ったイチロウの前に、ミユイの顔が映し出された。ミユイは、にこりと微笑んで挨拶をする。
「久しぶり・・・」
「元気そうでなによりだ」
「あらためて、ありがとうを言いたくって、連絡しました」
「高級味噌と新鮮な鯖って・・・あれ、どうするつもりなんだ」
「あれは、ルーパスのみんなに会うための口実・・・」
「鯖の味噌煮でも作るつもりなのかと思ったよ」
「もちろん、持って来てくれたら、ちゃんと作るつもりなんですよ。今度は、わたしがイチロウにご馳走したいから。
何から話せばいいか・・・伝えたいことがいっぱいあって・・・
イチロウは、今忙しい?」
「まぁ、それなりに・・・でも、ミユイと話をする時間くらいはあるから、俺でよければ、話し相手にはなるよ
「ありがとう・・・」
「あの・・・」
「言いたくなければ言わなくてもいいけど、でも、言いたいことがあったから、メールをくれたんだよな」
「うん・・・」
短い返事の後で、ミユイは、意を決したように唇を開いた。
「わたし・・・手術をしました。」
「手術・・・?」
「この髪・・・ウィッグなんです」
確かに、モニターに映るミユイの髪は、ルーパス号に乗っていた時とはヘアスタイルを変えていた。
「脳手術だったので、髪の毛全部剃っちゃったんです」
「脳手術?」
「でも、恥ずかしいから見せません」
「あの後、何があったのか、話してくれる・・・のか?」
「ギンは知ってるはずだけど・・・聞いてないよね」
「ああ・・・あいつの口が堅いのは筋金入りだ」
「わたし、記憶を消すために、父のところに行ったんです」
「記憶を消す?」
「いちいち驚かれたら、ちゃんと話ができないじゃないですか・・・」
「わかった、なるべく黙っている」
「でも、父は、まったく取り合ってくれなくて・・・こんな不良娘のことなんか、綺麗さっぱり忘れて、わたしにも、忘れてもらったほうが、絶対、父のためになるのに・・・そう思って、父に頼んだんです」
イチロウは、何か言いかけたが、黙っていると応えたことを思い出し、口を噤んだ。
「記憶を消せば、イチロウたちに、この惑星に連れてきてもらったことも、きっと、綺麗さっぱり忘れちゃうんだって・・・ちょっとだけ、そんなことも思ったんだけど、でも、それ以上に、父の悩みを解消させたくって・・・」
ミユイは、照れ隠しでもするように、もう一度笑顔を作ってみせた。
「父が、うんと言ってくれなかったので、結局、その手術はしなかったんです。
だから、こうやって、イチロウのことも憶えてて、こうやって話をすることができています」
「記憶を消すなんて・・・そう簡単にできないだろうし・・・記憶喪失になった人の話はドラマとかでよく見たけど、現実にそんなにあるとは思っていないし」
「黙ってるんじゃなかったの?イチロウくん・・・まぁいいや・・・黙ってなくてもいいから、わたしの話は、ちゃんと聞いてください」
「手術したって言ったけど」
「それは、本当・・・」
「聞いてもいいのか?」
「それを伝えたかったの・・・なんか恩着せがましくなりそうなので、3時間くらい迷ったけど・・・イチロウと、エリナさんには関係のあることだから・・・よかったら、エリナさんも呼んでもらえますか?」
「それは、かまわないけど」
イチロウは、さっそくエリナの携帯端末に連絡を入れた。エリナはすぐに来ると言って、通話を切った。
「わたしが受けたのは、記憶を元に戻す手術でした」
「記憶を元に戻すって・・・あのリョウスケの記憶のことか?」
「はい・・・」
「まさか・・・」
「はい、手術は成功でしたよ」
エリナがイチロウの部屋をノックする音が聞こえた。
「入ってくれ」
エリナが、遠慮がちに部屋に入ってくる。
「リョウスケの好物が『鯖の味噌煮』だったんですね」
「そうだ・・・いつも、あいつと学食で一緒に食べたメニューだ」
「香苗さんの顔も、リョウスケはしっかりと憶えていました・・・リョウスケも香苗さんが好きだったってことも、よくわかりました。
エリナさん・・・リョウスケは、イチロウをからかう時、よく『イチロウの手は魔法の手かもしれない・・・それは、イチロウと付き合いだしてから、香苗さんの胸が爆発的に大きくなったからだ』って言ってたの
この意味わかるかな?エリナさん」
「わたしの胸も、イチロウと付き合えば大きくなるってこと?」
「リョウスケが思っていたことだから、実験してみないとわからないけどね」
エリナは、自分の扁平な胸をしっかりと見詰める。
「それと・・・エリナさんには、もう一つ・・・リョウスケがエリナさんにイチロウを託した時の言葉が・・・『俺は、もう市狼を見守ってやることができないから、この後は・・・お前に市狼を託すしかない・・・後11年経ったら、このコールドスリープの狭い檻から、市狼を開放してやってほしい』だったこと・・・憶えてる?」
エリナは、その言葉を聞いて、電撃に撃たれたように身体を大きく震わせた。
「おじいちゃんの言ったこと・・・まさか・・・ほんとうに、おじいちゃん?」
「うん、その時の記憶が一番強く残ってます。リョウスケは、よっぽど、イチロウのことが気がかりだったんだって、よくわかりました。
エリナさん・・・リョウスケの言葉として聞いて欲しいの。
イチロウを守り続けてくれて、そして、ずっと見詰め続けてくれて、ほんとうにありがとう」
「はい・・」
エリナは素直にうなずく。
「リョウスケの108年と、ミユイとしての16年・・・二重人格もいいところですが、こんなわたしのところへ、また、届け物を届けてもらえるでしょうか?」
「もちろんです・・・どんな、大口を蹴ってでも、ミリーがなんと言おうと、ミユイさんへの届け物は、真っ先にします」
「お金もあまりないので、そんなに急ぎじゃなくっていいの・・・急がなくてもいいから、危ないことしないで、きちんと届けてください・・・お願いします」
「わかりました」
「それと、エリナさんに、別のお願いがあります」
「なんでしょう?」
「この前、もらったプレゼント・・・凄く役に立ちました。特に、フリーズの魔法が・・・
それで、お礼として、ギンにかぶせたテレポートスーツ・・・ちょっと、細工をしちゃいました」
「特に変わったところはなかったけど・・・色とかも変わっていなかったし」
「53kgまで運べるようにしましたから・・・無理なダイエットはしないで・・・」
そう言って悪戯っぽく、ミユイが笑う。
「え・・・全然、気づかなかったよ」
「とりあえず、言いたかったのは、それだけ・・・また、会いましょうね。イチロウ、エリナ」
そう言い残して、ミユイの映像は消えた。