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時に西暦2111年
宇宙空間に漂う宇宙船のコントロールロビーで、エリナとミリーは、受信した一通のメールに目を通していた。
「とりあえず、初めての配送依頼ってことになるけど、どうする?」
「このメールの内容だけじゃ、わかんないよね。まずは、この依頼主に会ってみないことには・・・」
メールのタイトルは・・・
『私を届けてください』
『何でも送り届けますという説明がパンフレットに書かれていました。私を、第4恒星系第12番惑星に届けてください』
「依頼主の名前は『ミユイ・リューガサキ』年齢も性別も書いてないけど、聞いといたほうがいいよね。他に聞くことがあるかなぁ」
「会える日と時間を聞かなくっちゃでしょ。後は、報酬をいくらまで出せるかってことも確認しておくべきよね」
「あとは・・・あいつに働く意思があるのかも、聞いておかないと、いざ、商談成立って時にパイロットがいないってことになりかねないし・・・」
「依頼主が若い女だってことにしておけば、断らないんじゃないかなぁ・・・それにさぁ、あいつが駄目なら、エリナがやればいいよ」
「あたしがやったら意味ないよね。あいつにいつまでもブラブラされてるのが目障りで、配送サービスを始めたんだからさ」
「うん、あの態度は目障りよね。特に、あの昔の携帯を、ずっと見てることがあるでしょ」
「あるね・・・だいたい、何を見てるかは想像できるけどさ」
エリナは、ミリーが悪戯っぽく笑って言った言葉に、苦笑混じりで答えたが、携帯電話を取り出した。
「イチロウ・・仕事が入ったんだけど、コントロールロビーまで来てくれる?」
「おう!やっと初仕事ってわけか!で、どこまで何を届けることになったんだ?」
「依頼の内容がイマイチ不明確なので、イチロウにも話を聞きたいのよ。とにかく来て。はっきりしてるのは、依頼主が、スタイル抜群で、モデル並みの美女ってことだけ」
「おい、メール一本で、そんなことまでわかるのか?」
「そのあたりは、女の勘だけど・・・でも、美女のほうが気合入るでしょ」
「期待を裏切られるほうがショックデカイからさ」
「へぇ、やっぱりスタイル抜群の美女が好きなんだ。
うちの船に、その手の女がいなくってごめんね」
「嫌いな男はいないと思うけど。
今、シミュレーションルームで空戦の練習中だから、後、5分後に、そっちに行くよ」
そして、5分後、イチロウが、コントロールロビーに姿を現した。
「これが、その仕事依頼のメール?」
「うん・・・どう思う?」
「どうって?身長165センチ。上から90・・・56・92くらい?」
「メールに、そんなプロフが付いてくるわけないでしょ。」
「言い出したのはエリナのほうだろ」
「人を運ぶのは、考えてなかったから、どうなのかなって思って、聞いたの」
「どうも、こうも、俺は、こっちの世界で目覚めてから、まだ1ヶ月も生活してないんだから、やれって言われた仕事をするだけだよ。
人を運ぶのも、物を運ぶのも、船に積んで飛んでいくんだから、あまり変わらないんだろ」
「あんたがそういってくれるんなら、返信してみるね。とにかく、真面目にやってくれなかったら、この船から出てってもらうから。うちの船だって、世間知らずのニートを置いておく余裕はないんだから」
「世間知らずは、しょうがないだろ」
「こんな世間知らずが宇宙飛行士だったんだから、100年前は平和だったってことよね」
「ニートだ、世間知らずだって・・・」
「はいはい、ストップ!!エリナは、あんまりイチロウをいじめないの。後先考えず、コールドスリープにされちゃうってことだけで、相当のおっちょこちょいで世間知らずの、おばかキャラなのは、間違いないんだから」
「わたしは、そこまで言ってないけど」
「うん、ミリーの言葉のほうがきつい。悪意がないだけ余計に・・・」
「そうかなぁ。まぁ、ミリーは、素直なだけだから」
そして、その依頼主とは、2日後に、エリナとミリーの二人が、地球隣接一般用宇宙ステーションで会うことになった。
宇宙ステーション「コスモス・セブン」に接岸した宇宙船ルーパス号から、エリナとミリーがステーションの待ち合わせロビーに入って行き、依頼主のミユイ・リューガサキの到着を待っていた。
「確か、メールの返信では、日本人の女性で、16歳だったよね。特徴は、水色の水玉模様のスカートってことだから、まだ、それらしい女の子は来てないね。」
待ち合わせロビーの椅子に腰を掛けたエリナがミリーに、そう話しかけた時、ミリーの腕に巻かれた携帯端末の着信音が鳴った。
「今、待ち合わせロビーに到着しました。お二人の、お姿を見かけましたが、念のため、電話させていただきました。そちらに行ってもよろしいでしょうか?
振り向いていただければ、私の姿が確認できるはずです」
携帯端末からは、思ったよりも明るく丁寧な声が聞こえてきた。その言葉に、思わず、エリナとミリーは、後方を振り返った。
微笑を浮かべて立っている水玉模様の幅広のネクタイと、膝頭が見え隠れするくらいの長さの水玉模様のスカートをはいた女の子の姿が、二人の視線の先にあった。
「ねぇ、エリナ」
ミリーが小声でささやいた。
「けっして、スタイルが良いとはいえないんじゃないかな?
イチロウのテンション、下がりそうで心配じゃない?」
「失礼なこと言っちゃだめよ。お客さんなんだから」
二人が振り返り、なにやらこそこそ話していることに気づいたミユイは、右腕の携帯端末を畳むと、ゆっくりとした足取りで、二人が腰掛けた椅子に向かって歩いてきた。二人も立ち上がって、ミユイのほうに向かって歩いていった。
「はじめまして、あなたがリューガサキさんですね。このたびは、仕事の依頼ありがとうございます。わたしが、お客様窓口係のアズマザキです。」
エリナは、精一杯の営業スマイルで挨拶をした。続いて、ミリーが挨拶を続けた。
「お若いお客様で、ちょっとびっくりしていました。わたしは、お客様接待係のミリー・クライドです。今、外で待っている、わたしたちの船には、父と母が乗船していますので、ミリーと呼んでください。」
「リューガサキです。初めは旅行会社に問い合わせたのですが、行き先がツアープランにないってことで、どこも引き受けてくれなくて、それなら、宅配業者ならと思ったのですが、大手の宅配業者は、人の配送はだめだって・・・それで、困ってしまって」
「まぁ、うちも人の配送は初めてだから、ちょっと戸惑いましたが、困ってる人を放ってはおけませんし・・・ということで、見積りの内容には、目を通していただけましたか?」
「ええ、お支払いはできます。
ただ、この『成功報酬』というのはどういう意味なのでしょうか?」
「それは・・・一応、決まり文句なので・・・前払いではないですよって意味と思っていただければ」
「わかりました。では、詳しいことは、そちらの宇宙船に乗せてもらった後で、話しますね。」
三人は、宇宙ステーションロビーから、ステーションゲートを通って、ルーパス号の停留しているステーション外部の駐留エリアに向かって歩いていった。
「これが、私たちの船です。どうぞ、遠慮なく乗ってください。お急ぎということなので、既に出港準備はできています。」
エリナは、いつも自分で整備している自慢のルーパス号を指差して、ミユイに船内に入るように促した。搭乗ハッチには、背の高い男が、迎えに出てきていた。
「パイロットを務めますイチロウ・タカシマです。」
「ずいぶん、お若いパイロットさんなんですね。リューガサキです。お世話になります」
「若くても腕は一流ですから・・・安心してください。」
イチロウは、決してイヤミな気持ちではなく、安心させるための言葉として、ミユイに言った。
「悪い意味で言ったのではないので。気を悪くしないでください。」
ルーパス号のメインブリッジに着くと、エリナは、恒星間航路を示すマップ画像を、メインモニターに表示させると、目的地までの行き方について、説明を始めた。
「とりあえず、航路は第3恒星系まではステーションワープが使えるので、定時のワープ時刻に合わせます。
第3恒星系には、ステーションがないので、第3恒星系のワープステーションからは、このルーパス号で航海することになります。よろしいかしら?」
「航路のことはわかりませんので、お任せします。」
「第4恒星系は、まだ航路の開拓中ですから、一般の人は、なかなか行かない場所ですよ。目的はなんなのですか?」
「言わないと・・・駄目ですか?」
「う~ん、とりあえず、オプション料金で、12番惑星についた後の目的地まで、届けることもできますから・・・聞いておこうと思って・・・
もしかして、男性に会うためとかじゃないんですか?」
ミユイは、そのエリナの質問に、一瞬、厳しい目つきになった。
(やっぱり、彼に会うとか、そういうことみたいね。あの惑星のこと、どこまで知らせたらいいのかな・・・あんまり、怖がらせて、依頼を取り消させるわけにもいかないし・・・イチロウの生活費がヤバいことになってるのも確かだしなぁ)
「エリナ・・・そろそろ出港するけど、いいかな?」
「ちょっと待って、お客様を客室船室に連れて行ってからのほうがいいから、それまで待ってくれる」
「わかったよ」
「わたしは、ここでも構いませんよ。この席に座らせてもらってもいい?」
「ここじゃまずいと思うよ。ワープステーションまでは、少し時間がかかるから、客室に行ってもらったほうがいいね」
すると、すかさず、ミリーがミユイの腕を取った。
「じゃ、あたしが、リューガサキさんを客室まで連れて行きます。着いたら、電話するから、そしたら、船を出してね。
よろしくね。イチロウ、そうそう、ミユイちゃんがかわいいからって、クライアントなんだから、客室を覗いたり、口説いたりしちゃ駄目だからね」
「俺は、エリナ一筋だから、そんなことはしないよ」
「イチロウも冗談言うんだね・・・じゃ、行ってきます
こっちですよ、ミユイちゃん」
「あの・・・そのミユイちゃんっていうのは・・・」
「だめ?」
「だって、わたしのほうが、どう見たって年上だし」
「じゃ、ミユイさん?それとも、ミユイ様?ミユイお嬢様?リューガサキご令嬢?」
「ミユイでいいです・・・『ちゃん』だけはやめて」
「わかったわ、じゃ、ミユイ!行こう」
「アプローチは、走っちゃだめよ、ミリー。後で、あたしも行くから」
副パイロットシートに腰を落ちつけたエリナが、振り返らずに、ミリーに声を掛けた。
「エリナは、最近、ママみたいなこと言うよね。じゃ、ミユイ・・・予定では4日後には目的地だからね。それまでは、ゆっくりくつろいでいてね」
ミリーは、ミユイの手を引いて、アプローチをプライベートルーム区画へ向かっていった。
「イチロウの初仕事だけど、あんまり緊張感ないね」
「第4恒星系ってとこ、行ったことないしな。どんな緊張していいか、わかんねぇしな」
「説明してなかったっけ・・・・
って言うか、説明してほしい?」
「どっちでも・・・」
「もうちょっと、この世界の事に興味を持ってくれてもいいんじゃないかな」
「コールドスリープから、目覚めさせてもらったことには感謝してるけど、目覚めたところが、宇宙空間の・・・こんな宇宙船の中で、しかも、仕事しなきゃ追い出すって言われて、何に興味を持てっていうんだ」
「『追い出す』って言ったのは、言葉のはずみじゃないの。そんなことで、ずっと不機嫌だったの?」
「どうでもいいじゃないか。仕事はちゃんとするからさ」
「イチロウくんは、自分の身の上を、聞いてほしいんだと思うよ。エリナ」
ブリッジ奥から声がした。
「ソラン・・居たんですね。っていうか、いつ戻ったんですか?」
「ステーションに着くって、連絡があったからな。さっき、接岸した時に戻ってきた。2ヶ月振りの帰艦だけど、イチロウくんが、目覚めたこと以外は、この船も変わりないな」
そのとき、エリナの腕時計の着信メロディが鳴った。
『エリナ・・・部屋に着いたから、出港させてもいいよ。じゃ、また連絡するね』
「了解」
エリナは、イチロウの肩を叩いた。
「イチロウ、お願い。
ワープステーションに着いたら、あなたの身の上話聞いてあげるから・・・
もっとも、おじいちゃんの記録テープを聴いてるから、あなたの事なら、きっと、あなた以上に、あたしは知ってるつもりなんだけどね」
イチロウは、この時代に生まれた者ではなかった。イチロウの本名は『鷹島市狼』。そして、生年は西暦1992年。
西暦2011年に、コールドスリープ処理を受けて、とある事情により、百年の眠りに着いていた。
スリープ直前に本人希望として装置に殴り書きで「100年後に目覚めさせてほしい」と記録されいたことから、西暦2111年の現在、このルーパス号内で、蘇生処理を施された。
今は、1ゲストとして、このルーパス号の乗組員となっている。
西暦2011年当時は、イチロウは、当時のNASAで、宇宙飛行士訓練を受けていた。
「ルーパス号 発進します。全乗務員は、シートベルト着用してください。全員のシートベルト着用の確認の後、ルーパス号、発進シーケンスに入ります」
エリナの艦内放送が、ルーパス号艦内に流れた。
『接岸チューブ収納・・・接岸ハッチエアロック・・・オン・・・船内密閉効果最大レベル・・・発進準備オールクリアです』
「スタンバイOK・・・エンジン始動」
『船内、全員の安全装置ロックを確認しました。』
「了解・・・ルーパス号・・・発進!!」
いつもどおりの発進手続きにより、ルーパス号は、接岸していた宇宙ステーションから離岸して、当面の目的地であるワープステーションへ針路を取った。
艦内放送を聞きながら、ミリーはミユイにたずねてみた。
「ミユイは、宇宙船に乗るのは、初めてですか?」
「宇宙船に乗るのは初めてじゃないけど、地球圏から離れるのは初めてですよ」
「さっきは聞けなかったんだけどさ。目的地にいるのって、ミユイの彼氏?」
「ずいぶん、ストレートに聞くのね」
「ってことは、やっぱり当たり?」
「1週間前から、彼からのメールが届かなくなってね」
「第4恒星系は、開拓中のはずだけど、もしかして、彼氏って、兵隊さんですか?」
「兵隊ではないけど・・・」
「とりあえず、人探しならオプション料金で引き受けますからね。あたしも、第12惑星には行ったことないけど、あまり、治安のいい星でないことは、ミユイも知ってるよね。」
「うん・・・他の宅配業者さんに、断られた理由も、結局、安全を保障できないって理由ばかりだったし」
「その・・・彼氏のこと・・・心配だよね」
「まぁね」
「でも、心配してばっかりでも、気が滅入るだけだと思うから、オートパイロットになったら、ギンの部屋に連れてってあげるね」
「ギン?」
「あたしの友達。ウルフドラゴンのギン・・・とっても大きくて、とっても優しいんだよ」
「ウルフドラゴンですって!?」
「へぇ・・ミユイも、そんな表情できるんだ。目が生き生きしてる。ずっと、落ち込んでいて笑ってくれないから、心配していたんだ。」
「心配ごとがあるのに、笑っていられるわけないじゃないの」
「そんなに彼氏のこと、愛してるんだ」
「そういうことにしておきます。・・・愛してるのは本当だけど、彼氏じゃないですからね」
「でも、ちゃんとキスとかはしてますよね」
「ミリー・・・それ以上、余計な詮索をすると、お金払いませんよ」
「待って、待って・・・それは困ります」
「前払いするつもりで、ちゃんと用意してあるんですからね。」
「あぁ、もう、ミユイお姉さまったら、ミリーが、お金に弱いことを鋭く突いて困らせるんだから」
『ワープステーションへのオートパイロットセット完了しました。安全装置を解除してください
ミリー、聞こえてる?今から、そっちに行くわね』
エリナの船内放送が、二人の会話に紛れ込んできた。
ミリーは、安全ベルトの解除ボタンを押すと立ち上がり、右手の携帯端末で、エリナに話しかけた。
「今から、ミユイとギンの部屋に行ってきます。エリナも、ギンの部屋に来てね」
「何言ってるの?ギンの食事時間は、あと2時間後だよ。
それに、ミユイさんが、ギンの口に合うかわからないし・・・
こう言ったら失礼だけど、ミユイさん、痩せててあまりおいしそうじゃないよ。
ギンの機嫌を損ねちゃったりしないかなぁ。だいじょうぶ?」
「おいしいか、おいしくないかはギンが決めることでしょ。
それに、エリナに比べたら、どんな女の子だっておいしいはずだよ。
じゃ、行ってくるね」
「ミユイさんは、ゲストじゃなくて、お客様なんだから、失礼なことばかり言うようなら、外に放り出しますからね」
「エリナも相当失礼なこと言ってるし・・・じゃあね」
「後で、イチロウと一緒に行くわ」
そして、ミリーはミユイの手を取った。
「さっそく、行きましょ。大丈夫、食べられたりしないから安心して」
「うん、楽しみ」
そして、二人は、ギンの部屋に来た。
「おっきい・・・」
その生物は、狼の顔と手足を持ち、ドラゴンの尻尾と翼を持つ翼手竜に酷似していて、純銀の体毛で覆われた体を持っていた。
「これが、ウルフドラゴン・・・まさか、こんなところで見ることができるなんて」
「2年前に、恐竜の住む惑星が発見されたってニュースがあったのは、知ってるよね。ギンは、その時から、この船に乗って一緒に生活してるの」
「さわってもいい?」
「もちろん・・・男の子だから、キスしてあげると、すごく喜ぶよ」
「あんな大きな口に?」
「うん、こうやって」
そして、ミリーは、ギンのふわふわの頭を抱えるように抱き寄せると、その鋭い髭の生えた口元に、優しくキスをした。
「食べられたりしないよね」
「もちろん、ギンは友達だから・・・それに、ギンは、会話もできるのよ」
『はじめまして・・・僕は、まだ、3歳です。
ミユイのようなかわいい子に会えて、最高にハッピーです』
ミユイの頭の中に、男の子のやんちゃな言葉が響いた。
「うそ・・・」
「聞こえたでしょ」
「聞こえた・・・」
「声帯を使って声を出すことはできないけど、ダイレクトに頭の中に話しかけてくれるの。あたしたちは、普通に声で話しかければ、耳で聞いて、ちゃんと理解してくれるよ」
そこに、エリナとイチロウがやってきた。
「ワープステーションまで、だいたい3時間で到着します。ワープステーションでのワープ時間は、18時だから、全然、余裕で着きますよ」
「はい、それは心配していません」
「それに、この男にも覗きの趣味はありませんから心配しないでください」
「なんだよ・・・そういう言い方は、おかしいだろ。お客様なんだし」
『イチロウは、女性恐怖症だからね・・・いじめないでね。それでなくても、この二人にはいつもいじめられてるんだ』
「そうなの?」
ギンは、大きく頷いた。
「おい、ギン てめぇ、なんか変なこと言ったんじゃないだろうな」
「イチロウさんは、胸の大きい女にしか興味ないって言ってますよ」
「何。へんなこと言ってるんだ!そりゃ、胸が大きいに越したことはないって言ったけど・・・・」
「へぇ・・・そんなことギンと話しているんだ。どうせ、この船の女は、みんな取り立てて大きい胸の女はいないけどさ」
エリナが、ちょっとムカつき顔で言った。
「あたしの胸は、エリナより大きいよ。今度、一緒にお風呂に入ったらイチロウに、見せてあげるね」
「バレたらパパに殺されるんじゃないの・・・イチロウが」
「そうだね、パパはあたしを溺愛してるから、ヤバいかも・・・でも、だいじょうぶだよ、絶対バレないようにするから」
「バレるもバレないも・・・11歳の女の子に、そんな気持ちは持ってねぇし」
「ということで、見た目ほど、凶暴な男じゃないから安心してね。普通の巨乳好きの男子高校生って思ってくれれば」
『イチロウは、コールドスリープから目覚めて、まだ3週間しか経っていないから、今の時代のこと、よく知らないんだ。生まれたのは、20世紀末らしいよ』
「20世紀末?」
「ギン、お前・・・何、勝手に俺のこと、しゃべってるんだよ」
『しょうがないじゃないか、僕の声は、一人にしか伝えられないんだからさ』
『ミユイちゃん・・・でいいんだよね。後のことは、イチロウに直接聞いてね。世間知らずのニートで、穀つぶしだけど、女の子には、やさしいから・・・』
「うん・・・
じゃ、イチロウさん、20世紀末の話をしてくれますか?」
「ここで?」
「もしかしたら、キミの事、好きになれるかもしれないし・・・話してくれたら、報酬アップしてあげます」
「さすが、お金持ちのお嬢様、すべて、お金で解決ですか?」
「話してくれないなら、この子に聞くから・・・ね、ギン、お金いっぱいあげるから仲良くしてね」
『僕も、そんなにイチロウのことを知ってるわけじゃない』
「イチロウさんのことは、どうでもいいの・・・ギンをからかってるだけなんだから」
そう言って、ミユイは、ギンの口元に、自分の唇をそっと触れさせた。
「そうだ!!」
突然、それまで成り行きを見守っていたミリーが口を開いた。
「ミユイ、ちょっとだけ目をつぶってもらってもいいかなぁ」
「なぜ?」
「素敵なプレゼントをミユイにあげたいの」
「お金?」
「お金は、もらいたい物よ。あげたいのは、他にあるから」
「・・・」
「そんなに疑うなら、いいよ。あげないから」
エリナがこっそり、ミユイの耳に口を近づけて、何かをささやいた。
「エリナ、言っちゃ駄目よ」
「バラしてないわよ」
「こうすればいいのね・・・」
「うん、そうしたら、手を前に出して」
ミユイが差し出した手に、やわらかい綿毛のようなものが載せられた。
「いいよ、目を開けて」
ミユイの目が開かれると、さっきまで、大きな体で、ミユイの視界をさえぎっていたギンの姿が消えていて、自分の手に、15センチほどの大きさになったギンの姿が映った。
「ウルフドラゴンが・・・」
『とりあえず、1日だけ、ミユイのそばにいてあげるからね』
「どういう手品で・・・」
「種明かしは、このペンダントなの」
ミリーは、深い紫色の宝石が埋め込まれた、比較的大き目のペンダントを、ミユイの目の前に突き出した。
「エリナが作ったものなんだけど、ある条件を持つ生物を、大きくしたり、小さくしたりできるんだよ。だから、ミユイが、その条件を満たしていれば、ミユイもちっちゃくできちゃうんだ」
「うそ・・・」
「ほんとだよ」
『だいじょうぶ・・・ミユイは、ちいさくできないから』
「ギンは、余計なこと言っちゃだめ・・・何年、いっしょにいると思ってるの、誰に何を言っているかくらい、あたしには、全部わかっちゃうんだからね」
『ある遺伝子を持つ生物の細胞組織を、縮小したり拡大したりできるレーザー光線を、あの輝石が発生させることができるんだ。本来は、不安定な光線なんだけど、それを安定させて発生させることを、エリナが成功させたんだ』
「そのある遺伝子ってのが、希少種だから、実用の価値は、ほとんどないの」
ミリーが、説明を続けた。
「こう見えても、コールドスリープの実用化を成功させた科学者・・・アズマザキの子孫ですから」
エリナが、ちょっと自慢げに言った。
「ギンを用心棒につけるから、イチロウとレジャー区画にでも、行って来て・・・イチロウもミユイさんに、聞きたいことっていうか、確認したいことがあるみたいだしね」
「それは、命令ですか?」
「命令とかじゃなくって、
イチロウはね、この世界で、ある運命を持つ女性を探しているんだって・・・ミユイが、その運命の女性である可能性があるって感じたんじゃないかな、きっと」
「運命の女性?」
ミユイが、不思議そうな顔で聞き返した。
「それは、イチロウが話してくれるはずだから、あたしはとりあえず黙っておくね」
「あと2時間で食事だから、それまで、レジャー区画のカラオケルームにでも行って楽しんで来るといいと思うよ・・・
ギンも、護衛、よろしく。ミユイさん、こんなパイロットで不安でしょうが、操縦技術だけは保障しますから、それだけは、安心してください。本当は、護衛とか付けたくはないんですが・・・」
「護衛って・・・俺が、女に見境いないような言い方は、誤解を招くんじゃないか」
「ペンダントも、ミユイに渡すから、イチロウが、予想通り襲い掛かってくるようなら、ギンを巨大化させれば、守ってもらえるはず」
イチロウの反論は意に介さず、エリナは、ペンダントの使い方について事細かく、ミユイに説明をし始めていた。
「届け者を、大切に扱うのも配送の基本だからね。イチロウ、ミユイさん、いってらっしゃい」
『僕が、案内するから、ついてきて』
ギンが、翼を広げて、ミユイの掌から、飛び立った。
「あの・・・図書館はありますか?」
レジャー区画の方向へ歩き始めたイチロウに、ミユイが訊ねた。
『もちろん』
「図書館に連れてって・・・イチロウさん」
「わかった、こっちだ」
「イチロウさんってロマンチストなの?」
「・・・」
「今時、運命の女性なんて口にする人、ほとんどいないから」
「この時代のバース・コントロール・システムのことは、だいたい、エリナから説明を受けた。
優良な遺伝子を維持していくため、政府が、配偶者となる候補者を選抜して、女性が、その候補者から、たった一人の相手を選択する。
そんな制度が、11年前から試行されたってことだよな。
キミたちにとっては、配偶者は、自分で見つけるって意識はないんだろうとは、思うけど、俺は、ずっと昔の、そんな政策のない時代に生きていた男だから、運命の女っていうのは、ちょっと言い方がおかしいと思うけど、俺は、女に選ばれるより、やっぱり、自分で好きな女を見つけ出したいと、いつも思ってる。
キミが、会おうとしてる人、恋人とかじゃないんだろう・・・」
「さっそく、わたしを口説くつもりなの?
ギン、出番よ、やっちゃって」
『イチロウに、そんな気持ちはないよ・・・
とりあえず、今のところはだけど』
「変な聞き方をして申し訳ない。
キミの本当の目的は、言いたくなければ聞かない。
ただ、俺も、こっちの世界に来て、それほど長く生活してるわけじゃないけど、なんとなく、キミを見てると、恋人に会いたいっていう雰囲気じゃないから」
イチロウの問いかけに、ミユイは、沈黙で応えた。
「メールの連絡がなくなったのが10日前・・・」
ポツリとミユイは、言葉を搾り出した。
「それまでは、毎日、必ずなんらかの通信が届いていたのに・・・」
「キミが行こうとしてる惑星には、多くの科学者が居住しているって話は、ミリーから聞いている。科学者が中心になって、一般市民が居住できる惑星かどうかの調査を進めてるってことも聞いている。」
ミユイが、言葉を選んでいることを察して、イチロウは、自分が知ってることを、ポツリポツリと話し掛けてみた。
「宇宙海賊に、狙われているらしいの」
「まさか・・宇宙海賊は、惑星を狙ったりしないんじゃないか」
「父は・・・・・・
貴重種の生物を見つけたと言っていました」
『希少種じゃなくて?貴重種の生物?狙いは、遺伝子?』
「うん」
「とりあえず、ここが図書館だ」
「40年くらい前に書かれた小説は、どの辺りにありますか」
「俺が、生まれた時代の漫画とかもあるから、俺も、この空間は好きだからよく来るんだけど・・・
あいにく、年代分けはしてないみたいだ。エリナの趣味がほとんどだし、目的の小説・・・電子書籍なら」
「その小説の紙に細工がしてあるの・・・いわゆる、宝の地図ね・・・だから、電子書籍じゃだめなの。
父は、その本を手に入れて、そこに行き着くためのあらゆる努力をしたって、いつも言っていた」
「まさか、ゴム人間になるための遺伝子とかじゃないよね?」
「ルフィーやスーパースリーじゃないんだから、そんな非現実な遺伝子は存在しないはずだけど・・・」
棚に綺麗に整頓されている書籍の背表紙を確認しながら、ミユイは、イチロウの間の抜けた問いかけに、真剣な表情で応えた。
「書かれていたのは・・・・・
真空を克服する遺伝子」
「確かに、宇宙海賊が狙いそうだ」
イチロウは、妙に納得した口調で、そう呟いていた。
「父は、もう死んでいるかもしれない」
「貴重な科学者なんだろ、そう簡単に殺されるとも思えないけど」
「新たな遺伝子を、科学的に作り出すことができないってことに、定説ではなってますよね」
「それは、ミリーから聞いた気がする」
「でも、発見された遺伝子を増殖させるのは、簡単にできるの・・・希少種だけは無理だけど、貴重種なら、ほぼ100%増殖させることが可能だって、父は言っていた」
『力が強い特性とか、頭のいい特性とかを、増殖させる技術だよね』
「うん」
「宇宙空間に放り出されても死なない遺伝子か・・・」
『そういうことなら、のんびりワープステーションなんか使ってられないんじゃないの?イチロウ』
「そうは言うけどな、ギン・・・ブースターエンジンの燃料消費量と、燃料代のバカ高さは知ってるはずだろう・・・契約した報酬の50倍は貰わないと、あのエンジンは使えないぜ」
「わたしも、お金がある振りはしていたけど、あれ以上のお金は持ってないですから・・・
父のこと、心配は心配だけど、連れて行ってもらえるだけで・・・」
『こういう時、ブラックジャックなら、無料で手術とかしちゃうんだけどね』
「それは無理・・・俺だって、ロクなもん食べてないんだし、報酬は貰わないと、俺が死ぬし・・・」
「では、わたしのことは言いましたから、今度はイチロウさんのこと、話して・・・運命の女性って誰なの?」
「あらたまって聞かれると照れるけどさ・」
「それなら、聞きませんよ」
『イチロウ・・・ミユイが言ってる本、見つかったよ。ミユイは、こういう図書館を使うのって、もしかして初めてなの?』
ギンが、一冊の本を口にくわえてきた。
「ギンは、相変わらず優秀だなぁ」
「ほんとに、すごい・・・きっと、あたしのイメージを瞬時に読み取っちゃったんだね」
(あたしが、電子書籍に書かれた文章にしか接したことないって、ギンには、バレちゃったかな)
「そうだ・・・親父さんのいるとこまでってわけにはいかないけど、ワープステーションまで、先乗りしないか?」
「でも、もうすぐ、お夕飯なんじゃ」
「ワープステーションの中でも、食事は取れるさ」
図書館から、飛び出したイチロウとミユイは、そのまま、まっすぐに艦載機ハンガーに向かった。
『・・ということで、エリナ、悪いけど俺の240Zカスタム出すけど、カタパルト操作、頼むよ』
『何考えてるのよ!!駄目に決まってるじゃない、早く降りなさい』
『これも、お客様サービスの一つだよ。お姫様は、とっても退屈らしいからさ、ちょっと、アクロバット・フライトで、先に行って待ってるからさ』