第34話
「あんたって、ほんと……。ううん、何でもない」
毬は何かを言いかけて、やめた。
そんな風に言われると気なるじゃないか。
なんて言おうとしたのかな?
キーンコーンカーンコーン。
また、チャイムが鳴った。電子音じゃない。
おおきなベルの音。さすがは桜ヶ丘。やることが派手だねぇ。
「行くわよ。ちゃっちゃと動く」
「次はどこへ向かうのかしら?」
毬と話す時もお嬢様言葉。
だって、周りにはまだまだほかのお嬢様がいっぱい残ってる。
気を抜くわけにはいかない。常に緊張状態。
動くってことは、次は移動教室なのか。
「音楽室。今は音楽鑑賞をやってる」
「そうなの。楽しみだわ」
音楽鑑賞かぁ。何の音楽かな?
あたし、音楽は好きなんだよね。最近はk-POPにハマってる。
韓国ブームだしね。
移動中も、お嬢様の熱視線はあたしに注がれている。
しせんていうか、これは最早、ビームだ。
きっと、リンゴとかスパッと切れる。
ちょっと、そんな危険なものをあたしに向けないでー!
あたしがパックリ切断されちゃうじゃないの!
どうやら、みんなあたしに興味がある様子。
自慢じゃないからね。断じて自慢じゃないからね。
こんな状態を自慢できる人なんてこの世にいるのだろうか。
はっきり言おう!いないね。神様に誓える。
「さぁ、授業が始まりますわよ」
とてつもなく綺麗な音楽室に先生が入ってきた。
また女の人。なーんか、あの先生嫌いだ。
上から目線っぽい人、嫌いなんだよね。
なんて、口が裂けても言えない。
窮屈だ……。
「いつものように、音楽鑑賞を行いますよ」
先生から一枚のプリントを配布される。
なんか、質のよさそうな紙。そんなとこまでお金をかけるか。
「今から流す音楽を聴いて、感想を書いてくださいね」
ぴらっと何気なく紙をめくる。
……感想欄でか!!
ちょっと、これはでかすぎるでしょ!
無理だよ、こんなに。紙の50分の49が感想欄じゃん!
「本日、皆さんに聞いてもらうのは、ヨハンのアルビオンポルカです。」
ナンデスカソレ?
アルビオンポルカって何?
それ、何語?
ジャパニーズでお願いいたしますわ、先生。
「それでは、流しますわよ」
タイムタイム!待って!無理だ!不可能だ!
こんなに感想は書けない!
でも、ほかのお嬢様たちは平然としてる。
もちろん毬も。余裕をかましてる。ペン回ししてる。
しかも、上手い。拍手したい。なんかムカつくけど上手い。
あたしに失敗は許されないんだ。
そう思うと、流れ出してきた優雅な音楽を聞いて、
ペンが動く。自然な動き。猛スピードで感想を書き込む。
カリカリカリカリ。
シャーペンが休むことなく動く。
手が痛いけど、気にしてられない。
ただ、ひたすらに手を動かした。
「終了。皆さん、ペンを置いて」
カチャン、と机にシャーペンを置いた。
や、やりきった……。
なんとか埋めた。手が……手が痛い。
「渡辺さん。読みあげてみて」
いきなり指名された。
この、感想文を読めってか?
やってやろうじゃないか。
あたしの力作をみんな心して聞くがいい!
「……ということで、この音楽を世に広めることが必要なのです」
ペラペラと、読み上げた。
時折感情をこめて読み上げた。
あたしであたしのこと、褒めた。
それぐらいすごい演説だった。
「さすがは渡辺さん!皆さん、拍手をして!」
先生が感動してる。ハンカチで涙をぬぐってる。
お嬢様たちが本気で拍手してる。
「渡辺様は本当に何でもできますのね」
「わたくしも見習いたいですわ」
あちらこちらで称賛の声が。
そのあと、放心状態になるくらい、あたしは褒めつづけられた。