第32話
「私、別に利用しようとかそういうわけじゃないから安心しなさいってば」
あああ!とか言って頭を抱えるあたしをなだめる森本さん。
大人だ。とっても大人だ。
「それから、毬でいいわよ。私も日向って呼ぶからさ」
へ?毬でいい?
つまり……。
呼び捨てOKってこと?!
「おーけーおーけー!おほほほほ!」
「頭、大丈夫?」
不思議そうな顔をするもりも……毬。
優しいんだからっ!おほほほほ!
いけない、いけない。
取り乱しちゃった。
「私ね、うんざりしているのよ」
唐突に話を切り出してきた毬。
廊下はまだまだ続く。
歩いても歩いてもぶつからない。砂漠みたいに広い。
「何に?」
思い当たらない。何が嫌なんだろう。
こんなに綺麗でかわいいんだから、きっと人気もあるだろうし。
ほかにもいろいろできそう。
勉強とか運動とか。あたしには完璧人間に見えてしまう。
それなのに、何にうんざりしているんだろう。
「私はお嬢様なんて大っきらいよ」
お嬢様が……大嫌い?
「傲慢で我儘で自己中心で。あいつらと一緒にいたって
なにもいいことなんてない。うんざりよ」
いいことなんてない、か。
あたしも実をいうと同じことを思ってる。
まだ、ほとんど話したことないからわからないけど。
だけど、毬の言う通りだ。長年、この世界で生きている毬が言うのだから。
そうなんだろう。
「日向、いいこと教えといてあげる。ここではみんながみんな敵なの。
いくら仲のいい友達だからって信用しちゃダメ。気を許した瞬間……」
「瞬間?」
どうなるの?どうなっちゃうの?
「消えるわよ。この世界から」
「消える……?」
消える。それはとっても恐ろしい言葉だった。
重々しくて、鉛のよう。
「もちろん、私のことも例外じゃないわよ。あんまり信じない方が身のため」
お嬢様には、信じる気持ちがないの?
それさえも失ってしまっているの?
でも、あたしは違うよ。
あたしはお嬢様じゃないから。
ただの不良だから。
あたしは違うよ。
「あたしは毬のこと信じるからね」
「……そう。さぁ、早く行こうか!まだまだ行くところはあるしね」
毬は満面の笑みを浮かべ、走りだした。
さっきまでの、作り笑いじゃない。
心の底からの笑顔で。
「ちょっと、待って!」
「おいてくわよー!」
「だから待ってってば!」
誰1人通らない廊下で、2人きりの鬼ごっこは果てしなく続いた。
逃げる、毬。追いかける、あたし。
とっても楽しかった。
あたしは信じてるからね、毬のこと。
この学校での友達第1号なんだから。