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騎士様とハーブの箱庭  作者: 藤乃 早雪
第四章 傾国のマルベリー
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第40話 長期休暇をいただきます

 翌朝、いつもの時間にやって来たサイモンさんは、キッチンやカウンターに所狭しと並んだ焼き菓子を見て愉しそうに笑った。


「おうおう、熱が入ってるねぇ」

「試食しますか? 形が歪なものもありますけど、味は保証します」


 外の看板には、来週以降のお休みと、本日ランチと軽食メニューなしの記載をしている。


 その代わり、ハーブティーを頼んでくれた人には、練習を兼ねて作ったお菓子をサービスするつもりだ。


「美味い! こりゃまた変わった菓子だな」


 サイモンさんは、マカロンを食べて目を丸くする。


 何か目新しいもの、と言われて私が用意したお菓子だ。


 シンプルなのに焼き加減が難しく、学生時代に飽きるほど練習を重ねたので、作り方が体に染み付いている。


 未だに失敗することもあるけれど、これなら国王陛下にも喜んでもらえる……と思いたい。


「急に長期で休むことになってしまい、申し訳ありません」

「王都の貴族様に呼ばれたんだろう? 名誉なことじゃないか」


 どうやらサイモンさんは、看板に書いてあった『公爵家による王都召喚のため』という休業理由を読んだらしい。


 表向きには、『珍しいお菓子とお店を出す店があるとの噂を聞きつけた公爵家により、王都に呼ばれた』とすることになっている。


 それなら仕方ないと思ってもらえるのと同時に、貴族が関心を寄せる店として関心が高まるのではないか、というのがルクスさんの考えだ。


 突然の休業でお客さんの信頼を損ねるのが怖かった私は、サイモンさんの肯定的な反応にほっとする。


「まぁ、あんまり有名になって、近所のおじさんが気軽に立ち寄れる店じゃなくなっちまうと困るけどな」

「サイモンさん……」


 その気持ちは私も一緒だ。


 お店が赤字になっては困るけど、『訪れた人がほっと癒されるようなハーブカフェ』というコンセプトは崩したくない。


 そう思った時――バンッといつもより激しく店のドアが開いた。


「こんちわっす。あれ、ルクスさんは?」


 転がり込むように入ってきたリュッカさんは、店内を見回して尋ねる。


 私が「今は厩舎の方にいます」と答えると、彼は慌てた様子でカバンの中から瓶を取り出した。


「これ、昨日ルクスさんに頼まれて探した、食品用の着色料なんすけど、使えますか? 植物由来らしいっす」


 渡された三本の瓶の中には、それぞれ異なる色の粉末が入っている。


 黄、紅、紫……マカロンを色付けるのにぴったりな色だ。


「ありがとうございます! これでもっと華やかなお菓子にできそうです」

「走り回った甲斐がありました」


 リュッカさんはそう言った後、キッチンの中に立つもう一人の人物に目を留める。


「新入りさんっすか?」

「ええ。訳あって、お手伝いをしてもらっているマルベリーさんです」


 マルベリーさんが「こんにちは」と挨拶すると、リュッカさんはしばらくぼーっとしてから、「こん、にちは」と壊れたロボットのような返事をした。


 ははーん。これは。


「あの、一杯飲んでいってもいいっすか」

「もちろん」


 カウンター席に座り、いつになくソワソワするリュッカさんを見て、私は確信する。


 リュッカさん……分かります。マルベリーさん、お上品さとミステリアスな美しさがあって素敵ですよね。


 でも、彼女は一般庶民には手を出せない、高嶺の花なんです……。


 そんなことを言えるわけもなく、一目惚れをしたのであろう青年に少しだけ力を貸したくて、マルベリーさんにお願いをする。


「彼に練習で作ったパウンドケーキを出してあげてください」


 


◇◇◇




 昼過ぎから、店内は修羅場と化した。


 食事メニューをなくせばお客が減るだろうという考えは甘く、店内は常に満席状態で、マルベリーさんにも臨時スタッフとして働いてもらうことになってしまった。


「途中から練習どころでなくなってしまい、すみません……」


 純粋にハーブティーを楽しみに来てくれるお客さんが増えて嬉しい、と思う一方で、私は疲れ切ってヘロヘロだ。


 王都に向けて明日発つというのに、何の準備もしていない。


 ところが、慣れない労働をして大変だったはずのマルベリーさんは、これまで見た中で一番生き生きした表情で言う。


「お菓子作りも、接客も、すごく楽しかったです。スズさん、ありがとうございます」

「こちらこそ、本当にありがとうございました。今日でパウンドケーキ作りは完璧ですね」


 エリックもそうだったが、マルベリーさんは物覚えが早く、お菓子の作り方も、カフェでの振る舞いも、あっという間に吸収していった。


「私、今日のことは一生忘れません」


 お客のいなくなったカフェスペースを見て、マルベリーさんは呟く。


 そのひと言に、彼女のこれまでの苦労と、これから待ち受けているだろう困難がぎゅっと詰まっているような気がして、私は何も言えなかった。

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