第一王子も人間失格です
怒声が大広間を揺らした。
「本当に恥をかかされてきたのは、婚約者のわたくしの方ですわ!この人間失格野郎!!」
割れんばかりの拍手と笑いが巻き起こる。
もはや誕生祝賀会ではなかった。完全なる公開処刑である。
その時、壇上からゆっくりと降りてくる影があった。
第一王子・アリストテレス。
この夜会の主役にして、完璧超人と名高い王太子候補である。
「……実に見事だ」
口元を押さえているが、笑いを堪えているのは誰の目にも明らかだった。
「オリバー。お前がここまで救いようのない道化だったとはな」
「兄上……!」
「エイミー嬢、すまない。この件は完全に弟が悪い。父上には私から報告しよう。廃嫡のうえ、しかるべき施設……そうだな、修道院で頭を冷やしてもらうのがよいだろう」
「そんな……!」
衛兵たちが進み出る。
オリバーは半ば引きずられるようにして連れていかれ、リリィもまた事情聴取のため女官に伴われて退場していった。
静まり返る会場。
アリストテレスは向き直り、エイミーの前に立った。
「それにしても驚いた。君があれほど鮮やかに、論理的に、しかも容赦なく人を追い詰められる女性だとは」
「……お見苦しいものをお見せいたしました」
「いや、逆だ」
アリストテレスは微笑んだ。
整った顔に、余裕と好奇心を滲ませた、いかにも人を安心させる微笑みだった。
「こんなに痛快な余興は初めてだ。誕生日に最高の贈り物をもらった気分だよ」
彼は自然な動作でエイミーの手を取ろうとした。
「エイミー嬢。婚約は破棄されたのだろう?ならば、これからは――」
「はぁ?」
大広間の空気が、再び止まった。
エイミーはぴしゃりと扇で彼の手を叩き落とした。
「兄弟揃って、何をおっしゃってらっしゃるんですの?」
アリストテレスの笑みが固まる。
「婚約破棄されたその場で、その兄上でいらっしゃる殿下とどうこうなると、わたくしが本気で思うとでも?」
「い、いや、私はただ、君の機転と強さに惹かれて――」
「惹かれた?」
エイミーは眉を上げる。
「わたくしが婚約者を公衆の面前で断罪する様をご覧になって?」
「……それは、その」
「殿下」
エイミーは心底不思議そうに首を傾げた。
「さてはあなた、かなりのドMですね?」
「ぶっ……!」
今度は貴族たちが一斉にむせた。
完璧で冷徹と名高い第一王子に向かって、まさかの断定である。
「弟の醜態を嗤い、それを叩き潰す女を見て興味を持つ。しかも、その直後に口説きにかかる。趣味が悪すぎますわ」
「ち、違う!私はそんなつもりでは」
「では、どういうつもりですの?」
アリストテレスは答えに詰まった。
会場にいる誰もが、彼の返答を待った。
しかし彼の口から出てくるのは、いつもの完璧な言葉ではなかった。
「それは……」
「ほら、ご覧なさい」
エイミーはすっと扇を開き、口元を隠した。
その目だけが、冷ややかに笑っている。
「あなたも結局、わたくしを一人の女として見たのではなく、この場を盛り上げる都合のいい駒として見ただけでしょう。弟の失態を片づけ、誕生日の余興まで提供してくれる、ずいぶん便利な女だと」
アリストテレスが言葉を失う。
「オリバー殿下は、自分に酔って婚約者を振り回しました。あなたは、場の空気に酔って婚約破棄直後の女を口説こうとしました」
彼女は一歩下がり、優雅に一礼した。
「似た者兄弟ですわ」
その一言は、オリバーへの断罪以上に静かで、鋭かった。
「婚約が破棄されたのなら、わたくしは自由の身。これから実家に戻り、慰謝料で極上のワインを開け、ようやく他人の尻拭いのない夜を満喫いたします」
踵を返し、彼女は歩き出す。
「お二人とも、どうぞご勝手に。わたくしはもう、王子の悲劇にも喜劇にも付き合うつもりはございませんので」
誰も、引き留められなかった。
ドレスの裾を揺らしながら、エイミーは堂々と大広間を後にする。
その背中には未練も遠慮もなく、あるのは解放された者だけが持つ、清々しい気迫だけだった。
扉が閉まる。
あとに残ったのは、誕生祝いの音楽でも、恋の気配でもない。
兄弟揃って自らの醜さを暴かれた、痛々しい沈黙だけだった。
アリストテレスは、叩かれた手を見つめたまま、しばらく動かなかった。
やがて、誰にともなく、低く呟く。
「……実に見事な断罪だ」
その声さえ、もう彼女には届かない。
夜会の灯りだけが、妙に白々しく輝いていた。
最後までお付き合いありがとうございました。
私と同じで「人間失格」は小畑健さん表紙が初見な人はブックマーク、★★★★★、よろしくお願いします( *・ㅅ・)*_ _))ペコ




