第二王子は人間失格です
その夜、王宮の大広間は第一王子・アリストテレスの誕生を祝う華やぎに満ちていた。
無数の燭台が磨き上げられた床を照らし、楽師たちの奏でる弦の音が、招かれた貴族たちの笑い声に溶けていく。
その空気を、たった一声で凍らせたのは、第二王子・オリバーだった。
「エイミー!貴様との婚約を破棄する!」
ざわり、と会場が揺れる。
オリバーは青白い美貌の青年だった。
線の細い顔立ちに、憂いを帯びた目元。黙って立っていれば絵画のように美しいが、その実、常に「自分は誰にも理解されない特別な存在である」という湿った自意識をまとっている男でもある。
その隣には、守ってあげたくなるような儚げな風貌の伯爵令嬢リリィが、遠慮がちに寄り添っていた。
「私は、真実の愛……リリィを見つけたのだ!」
公爵令嬢エイミーは、手にしていた扇を静かに閉じた。
パチン、という小気味よい音が、妙によく響いた。
「……理由を伺っても?」
「理由だと?フッ……」
オリバーは気だるげに天井を仰ぎ、前髪をかき上げる。
その仕草ひとつひとつが、いちいち芝居がかっていた。
「……恥の多い生涯を送って来ました。私は、貴様のような強欲な女と共に歩むには、あまりに純粋すぎたのだ。リリィだけが、私の虚無を埋めてくれる。お前のような世俗の塊には、私の孤独は理解できまい」
一拍の沈黙。
エイミーはため息をつく代わりに、すう、と目を細めた。
「……オリバー殿下。今、『恥の多い生涯』とおっしゃいましたか?」
「そうだ。私には人間の生活というものが、見当もつかぬ」
「いいえ、殿下。見当がついていないのは、ご自身のやらかし具合の方ですわ」
ざわめきが一層大きくなる。
エイミーはゆっくりと懐へ手を入れ、分厚い手帳を取り出した。
革表紙の、いかにも記録魔が持っていそうな一冊である。
「皆様、ご覧くださいませ。この『繊細で孤独な悲劇の主人公』を気取っておいでの第二王子殿下が、この半年で何をなさったか。婚約者として把握している限り、順を追ってご説明いたしますわ」
「なっ……!」
「まず三か月前。殿下はリリィ様への想いを伝えるため、なぜか道化の格好で伯爵家別邸に忍び込み、二階の窓から転落なさいましたわね」
会場のあちこちで、吹き出す声が上がる。
「その際、衣装が枝に引っかかって見事に裂け、騎士団に確保された時にはほぼ全裸。しかも殿下は、『道化の仮面をかぶることで、この空虚な世界を欺こうとしたのだ』と供述なさいました」
「……っ、あれは比喩だ!」
「なお、誰にも伝わりませんでした」
失笑が漏れる。
エイミーは手帳をめくった。
「次に二か月前。リリィ様と『誰にも理解されぬ愛なら、いっそこのまま水底へ』などとおっしゃって、庭園の池に飛び込みましたわね」
リリィがびくりと肩を震わせる。
「膝丈ほどの浅い池に」
今度は笑いをこらえきれない者が続出した。
「リリィ様は侍女に助けられ、殿下は通りかかった庭師に引き上げられました。その後、濡れたまま東屋で『どうして私だけが生き残ってしまったのだ……』と嘆きながら、厨房から取り寄せた牛丼を三杯召し上がったそうですわね」
「あ、あれは生命維持のためだ!」
「ええ、たいへんお元気そうで何よりでした」
肩を震わせる貴婦人たちの扇の奥から、笑い声が漏れる。
「さらに一か月前。リリィ様への贈り物を工面するため、わたくしの宝石箱から首飾りを持ち出し、城下の質屋へ。偽名として名乗ったのは……」
エイミーはわざと間を置いた。
「『ヨウゾ』」
会場がどっと沸いた。
「バレバレなんですのよ。悲劇の主人公ぶるなら、せめて偽名くらい最後まで徹底なさいませ」
オリバーは顔を真っ赤にしたり真っ青にしたりと忙しい。
リリィも顔面蒼白で、今にも倒れそうだった。
「だ、黙れ……!私はただ、この世の苦しみから逃れたかっただけだ!誰も私を理解しない!私は、人間になりたかっただけなんだ!」
その叫びに、エイミーは一歩踏み出した。
ドレスの裾が翻り、会場の空気が張りつめる。
「人間になりたかった?」
彼女の声は、先ほどまでよりもずっと低かった。
「婚約者の財産に手をつけ、女を巻き込んで悲劇ごっこをし、己のだらしなさを『繊細な苦悩』にすり替える。それのどこが、人間になりたい人間の振る舞いですの?」
オリバーが息を呑む。
「自分に酔って現実から逃げるたび、尻拭いをしてきたのは誰だと思っていらっしゃるの。陛下でも、侍従でも、リリィ様でもない。婚約者であるわたくしですわ」
エイミーの目が、鋭く光る。
「『恥の多い人生でした』……ですって?」
一瞬の静寂。
そして。
「お前がなぁあぁぁぁ!!」
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