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質屋の親父、朝から稼ぐ

「なんてこった! あいつ、麻薬王だったでやんすー!」


 一人残された(ひかる)は頭から帽子をはぎ取り、髪をかきむしった。


「先生は『クラブに行っても良いけど、アルコールとクスリと下半身にだらしない男には近づくな』って言ってたっす! うち二つが揃っちゃった! 早く逃げないと!」


 師らしき人物の助言を思い出し光は数歩駆け出すが、すぐに足を止める。


「逃げるって何処へ? 『おうちほど良い場所はない』って呪文を唱えて……もダメか。あ、呪文と言えばハリー・ポッター改め趙思浚(ちょうすしゅん)!」


 踵を打ち合わせて踊る光の脳裏に、神医の姿が浮かび上がった。と同時に目には、大きな姿見に写った己の姿が飛び込んでくる。


「アイツと幻晶侠(げんしょうきょう)はライバルだから最悪、正体をたれ込めばお礼に元の世界へ魔法で帰してくれるかもしれないでやんす! とりあえず目立つ格好をやめて……と」


 やかましく独り言を続けながら、光は簫雨(しょうう)の衣装台から勝手に服を取り出しいま着ている服の上に身につける。程なく、金持ちの商人か役人かとにかく上品そうな格好が出来上がり、少女は満足げに頷いた。


「後は駄賃を……。あ、エロい歌声の姉さんのかんざし! 盗むのは申し訳ないけど、雨さんのオンナなら他にも買って貰えるでやんすよね?」


 光は机に残ったかんざしを手に取ると、これも自分の物とした。最後にもう一度、姿見で自分の様子を確認する。初めてする男装だがそれほど悪くない。だが違和感が二カ所あった。頭部と足下である。


「ニット帽がおかしい! あと靴!」


 男装の美少女はもう一度、箪笥を漁って己の物に代えて簫雨の帽子を頂き、(ズボン)を下へ下げて靴を隠した。


「これで良し。それじゃ、あっしはここらへんでおいとまいたしやす~」 


光は誰ともなくそう宣言すると、入ってきた時の窓から外へ出た。




 朝日が唐の都を照らす。よく整えられた街路だが影の形は様々で、赤い日の光と黒い影が幾何学的な模様を形成し地に広がっていた。


 そんな風景の中、役目を終えた提灯や灯籠の代わりに卓や椅子が出され、さっそく人と音があふれ出す。多くは暗い間からその日の準備を行っていた下働きの者たちであり、幾人かはやや早めに起きてゆっくりと朝を過ごそうとする主人や商売人たちだ。


 交易の為に城外へ向かう者、家屋の前で商店を開き出す者、朝餉(あさげ)の用意をする者……。官吏の仕事が始まるのはもう少し後であり、今は庶民の時間だ。

 漂ってくる食べ物の匂いと平和な空気に、光の頬は緩んだ。




「朝市みたいなものがある筈。そこでまず腹ごしらえをして道を聞いて……。っとその前に質屋! 地獄の沙汰(おかね)を手に入れるでやんすよ!」


 光は館の屋根の上から街を眺めていたが、誰かに気づかれる前にさっと地面へ降りて店を探しに歩いた。


「とは言えこんな時間からやってる質屋ってのもなあ」


 そう頭を掻く光の目に苛々と歩く男の姿が止まった。紺色の漢服はやや着崩れ酔いも少し残っているようだ。その男はぶつくさと文句を言いながら、ある商店の戸をくぐる。


「おう、どうした()さん。また派手に負けたか?」

「やかましい! あそこで七さえ出てれば……。いいからとっとと出しとくれ!」


 入るなり、店主と酔った男はそんな会話を交わす。近づき柱の陰から覗く光の前で、李は手から指輪を外し卓の上に置いた。太った店主はそれを手にするとさっそく勘定を始めた。


「ありゃ? まさか朝から営業する質屋?」


 光は知らぬ事であったが、都において夜間に出歩くのは悪人や幻晶侠の様な物好きだけではない。酔客や賭博客も夜を活動の場とするのである。そして多くの賭博客は――眼前の李某(りなにがし)は酔客も兼ねているようだが――朝方には財布の中身がすっからかんになり帰路につく。だが無一文では朝飯も食えぬし家人への体裁も悪い。故に先に質屋へ寄り、小銭を作るのだ。 彼女が見ているのはそんな需要に対応した店である。


「かー、これだけにしかならんかー。かあちゃんに何と言えば……」

「次からはもっと早めに退散することだね!」


 幾ばくかの銭を渡した店主は、そのふくよかな頬を膨らませて李を見送った。幸せそうな笑顔や体つきを見るまでもなく、だいぶ儲かっているようである。


「あっしもアレに倣うか……」


 一部始終を見ていた光は少し考えなんとなく事情を察した。それからたっぷり三十を数えてから銀のかんざしを手に暖簾を潜る。


「へい、いらっしゃい」

「あの、ここでちょいと助けて貰えると聞いたんでやんすが……」


 光は男声を作り、おどおどとした様子で店主へ話しかけた。


「まあ、内容にもよりますが」

「あっしは昨晩こちらに着いた旅芸人の者でね。ちょいと都の賭場がどんなもんでい! と意気込んでみたら……とほほ」


 やや警戒の色を出している店主へ、光は情けない男の演技で語る。簫雨にも言った通り、普段から役作りを行っているので情けない下男の様な振る舞いはお手の物だ。


「どこから来たか知りませんが、都は甘い所じゃありませんよ」


 そう諭す店主の目が、自分の手で揺れるかんざしを追っているのを光は認識していた。


「そのようで。で、授業料を払い過ぎて寒くなっちまったので、これを銭に換えて……」


 近くで見ると男装がばれるかもしれない。光は服の袖で顔を隠しながら、李に倣ってかんざしを卓の上へ置いた。


「ほう?」


 案の定、店主の声に疑惑の色が混じる。下男とかんざしの組み合わせに不審なものを感じたのであろう。


「うちの一座の姉さんがね。『色が気にくわないから捨てておしまい!』って投げてくれたヤツでやんす。まあそう言われて正直に捨てる馬鹿はいない、ってね」

「なるほどねえ」


 三十数える間に考えていた作り話が効を奏したようである。店主はいやらしく笑いながらかんざしを鑑定し、卓の引き出しから銭を取り出し並べた。


「いい姉さんじゃないか。これで饅頭(まんとう)でも買ってお帰り」


 出てきた銭は李が受け取ったものの数倍はあった。光は思わず目を見張る。


「なんだい? 足りないっていうのか? こちとら都では信用の高い……」

「いや、違うでやんす!」


 こんなに貰えると思わなかった、と正直に言っても益はあるまい。とは言え何か答えないと怪しい。光は必死に頭と懐を探った。


「あ、あの……申し訳ないでやんすが、これを入れる袋なんかを売っては……」

「呆れた! 財布ごと賭場に取られてしまったのかい!?」


 店主はそう叫びつつも、別の卓へ歩きその引き出しから巾着を一つ取って投げる。


「ほらよ。お代は……これでいいか」

「恩に着るでやんす!」


 投げた手がさっと銭の一枚を回収したが光は文句を言わずに頭を下げた。そしてボロが出る前に金を巾着に詰め、いそいそと店を後にした。

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