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簫雨、女たちの間を行き交う

「クールな雨さんが熱血青年に!? 人のツボって分からないもんでやんすね!」


 光は照れて鼻の頭を掻こうとしたが、手はまだ貴公子に握られたままであった。至近距離で熱い眼差しを受けて鼻は更に痒くなる。

 簫雨(しょうう)幻晶侠(げんしょうきょう)であった時は何度も抱かれ運ばれた。腰の細さをからかわれた事もある。だが素顔の美男子にこの様に迫られ少女は平静を装うのが難しくなった。


「お礼? オーレーオレオレー、と。そう言われても何を貰えば良いか……」


 光は謎の歌を口ずさみながら部屋の中へ目を泳がせる。高価そうな調度や広い寝台が目に入り、気持ちは千々に乱れた。


玉石(ぎょくせき)でも金子(きんす)でも! ここに住みたいなら部屋と役職も与えよう。(めかけ)にしても良い」


 そんな彼女の視線を追った簫雨は舞姫の思惑を推測して甘い声を出す


「メカ……? ロボットダンスならできるでやんすが……」


 一方の光はここでようやく簫雨の手から離れて奇妙な動きをしながら首を捻った。


「ガシャーン、ズバーン、ワタシハメカヒカルデス……」

「はは、光は面白い女だな」

「オモシレーオンナ、イタダキマシタ! あ、メカケってもしかして!?」


 恐らく未通女(おぼこ)であろう少女でも流石に意味が分かったらしい。ぎこちない動きが完全に停止し、手を簫雨へ向かって振り上げる。


「エッチナノハキョカサレマセン! メカヒカルチョップ! ……はどうせ避けられるでやんすよね」


 しかしその手は青年の頭部へ振り下ろされず、己の鼻へ向かった。


「どうした? む、茶が冷めてしまったな。淹れなおそう」


 その姿を見た簫雨は優しく微笑んで両者の茶器を手に席を立つ。彼も光の奇行には慣れてきたらしい。


「なんかでも、ここが昔の中国っぽい異世界だとしたら自分の世界のモラルを持ち込むのも限界があるでやんすね。雨さんもあの(しゅう)(しゅ)なんとかさんも、ジェンダー的にどうかと思うけど悪い人じゃないっぽし……」


 光はここまでの出来事を思い出しながら、再び部屋の中を見渡す。


「と言うか最初に会ったのが雨さんでラッキーだったかも? (えん)なんとかって殺人鬼とか地下道のおっさん達が先だったら大変だったでやんす。(ちょう)くんも悪くないかもだけど、ここまで金持ちではないだろうし……」


 趙思浚(ちょうすしゅん)の事を考えると別の可能性が浮かび上がる。それに関しては記憶へ留めた。


「お金はあるし優しいしイケメン……である事は重視してないけど、衣食住も保証されそうだし。あと仕事! ダンサーで食っていけるかもだけど、幻晶侠の相棒は魅力的でやんす。彼がワトソンであっしがホームズ! 『初歩的なことだよ、幻晶侠くん』『流石だ光女侠!』って」


 光は椅子に座り足を組んで一人芝居をうった。だがしっくりこなかったらしく姿勢を戻す。


「いや科捜研だから沢口靖子か。もっと若くて可愛かった頃の沢口靖子……むしろ解剖できない石原さとみ? 可愛さではやや劣る石原さとみ……でもこっちは踊れるし若いし、将来性を考えたら五分とみた!」

「随分、楽しそうだな」


 一人で納得し首肯する光の元へ、新しい茶を淹れた簫雨がやってきた。彼女は例を言って受け取り、一口飲む。


「美味い! やっぱ高いお茶でしょこれ! どれだけ稼げばこんなの飲めるでやんす?」


 彼が古い茶をあっさり捨て新しいのを淹れ直した姿を見ていた光は、素直な疑問を口にする。


「そもそも家業はどんな商売を?」

「当ててみればどうだ?」


 簫雨は素直に答えずそう返して茶を含む。


「何でも教えるって言ったでやんすよ!」

「言ったな。だがなそなぞを出さないとは言ってない」


 それを聞いた光は悔しそうな顔をしたが、もう一口飲むと茶器を机に置いた。


「分かった、あっしがさとみんに相応しいかチェックするでやんすね? 何かヒント、手がかりは?」

「そうだな。表向きは貿易商という事になっているが、実は違う。また表向きは長安県の専売だが、実は俺たちが手がけている」

「ええ? 表裏がある仕事でやんすか? そんなの知らない……もう一声!」


 簫雨が与えた情報だけでは足りなかったらしく、光は追加を催促する。


「欲張りは嫌いじゃないぞ。うむ……。人々が大好きなもので、必要なものでもある」

「それを売ってるって事でやんすね?」

「ああ。袋に詰めてな」


 簫雨は尺で掬って袋へ流し込むような動きを見せた。


「液体、或いは粉状のもの?」

「ああ。後者だ」


 答えは近い。簫家の大旦那は嬉しそうに首肯した。そこへ……


「もし? お館様?」


 廊下から下女の呼びかける声がした。


「どうした? 今は大事な客人と勝負の最中なのだが?」

「おほん、その『大事な客人との勝負』にも先客がおられませんでしたか?」


 その言葉と同時に銀のかんざしが戸の隙間から差し込まれた。それを見てはたと手を打った簫雨の耳に、艶めいた歌声が届く。


『秋風蕭々(しょうしょう)としてー。人を愁殺(しゅうさつ)すー』


 声は同室の光にも聞こえ、彼女は眉を潜めた。


「なんでやんすか、これ?」

「秋風はもの悲しく人を寂しい気持ちにさせる、という意味の歌だ」

「……でもなんか、声がエロいでやんすね?」


 光は意味を知らずとも歌に含まれた感情に気づいたようであった。


「歌っているのは昨晩、内裏での宴から連れ出したとある姫だ。たっぷりと勝負をして眠らせたのだが起きてしまったらしい。ふと目が覚めて(しとね)に俺がいないのに気づいて、当てこすりと訴えをしているのだ」


 簫雨はかんざしを受け取り香りを嗅ぐと、佇まいを直して続ける。


「『蕭々として』とは俺の事でもあるからな。すまん、あちらの部屋へ戻ってくる。『出ずるも()(うれ)え 入るも()(うれ)う』と続くが、何度か出入りすれば女は可愛くなるものだ」


「い!?」


 光は少し考えた後、意味を理解して顔を真っ赤に染め上げた。

「時間がかかるかもしれん。適当にこの部屋の寝台で寝て待っててくれ」

「ま、待つでやんす!」


 簫雨はかんざしを机に置くと急ぎ足で戸を開け廊下へ出る。戸の隙間からは手に灯りを持ち目線を下げて主人を待っていた下女の姿が見えたが、それも一瞬の事で引き戸は素早く閉じられた。


「寝て待ってたら次はあっしって意味!?」

「あ、そうだ!」


 寝台を目にして心臓が跳ねる光の後ろで、再び戸が開いた。


「ひやあ!」

「売っているのは白い粉だ。これで分かっただろう? では!」


 簫雨はそう告げるとさっと身を翻す。残った隙間は俯いたままの下女によって閉じられ、光は一人でその場に残される事となった……。

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