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光、数奇な素性を語る

「あっしはたぶん、別の世界から来た人間でやんす。国がどうとかではなくて、時代とかワールドが違うというか……」


 (ひかる)は更にどう説明したものかと悩んだが、簫雨(しょうう)が助け船を出した。


「ふむ。例えば孫悟空が仙界から来ているようなものか?」

「え? あ、たぶんそう。あの猿も余所から来ているんですね。まあドラゴンボールはここともあっしの世界とも違うもんなー」

「君はその世界で何を?」

「ダンス学校に通ってて、バイトをしながらプロを目指して頑張っている所でやんす。ほら、さっきの踊りとか」


 異世界の舞姫はもう一度、その場で足踏みするような踊りを披露する。


「その、商家の小僧の様な話し方は普通なのか?」


 と、簫雨の問いに、光の足が止まり顔が赤く染まった。


「これはその……キャラです。売れる為にはダンスが出来ても歌が良くても、ましてや可愛いだけでもダメなんです! グループ内にお姉さん系とか妹系とか様々なのがいて、色んなニーズに訴求するというか……」


 続く彼女の声は、赤面した顔を覆い隠した帽子の向こうからであった。


「分かり易いの可愛いのは先に取られてて、私に残っていた枠は面白い系で。まあアクロバット担当としては妥当と言えなくもないんですけど」

「……つまり光は、踊りの間だけでなく普段から仮面を被り、別の人格を演じているということか。芸事の為に? 偉いな」


 すべて理解した訳ではないだろうが、簫雨の口調には尊敬が含まれていた。その優しい声に光は思わず帽子を脱ぐ。


「偉い……でやんすか?」

(やす)きにありて(あや)うきを思う、なかなかにできぬ事だ。ましてここは光を知る者のおらぬ場所。そこでも気を抜かぬとは天晴れな女侠だ」


 簫雨は親指を立てると大げさに茶を飲み干す。


「なんか照れるなあ。あ、でも簫雨さんも仮面をつけて自警団? をやってたでやんすね。何のために?」

「雨で良い。主に孝と義の為だ」


 簫雨はそこで僅かに涙で目を曇らせた。


「俺は三歳の時に一族を何者かに殺され、家業も奪われた。今はこうして館も仕事も取り返したが、仇はまだ見つかってはおらぬ。正体すらもまだ掴めていないが、悪党退治を行っていればいずれ出会えるであろう」

「うわ、思ったより重そうな理由だった。でもそれが……こう? あ、親孝行の孝か! ……なんか親ガチャとか無神経な事を言ってすみません」

「いや、かまわん。親ガチャとは親不孝者の事だろう? 正解だ」


 目を伏せ首を振った勢いで簫雨の目から滴が落ちた。彼の脳裏には、焼き討ちにあった夜の光景がまだ残っている。悲鳴を上げる母や姉妹、逃げまどう下男下女、血を流しながら何者かと闘い時間を稼ぎ、何とか簫雨を苦そうとする父の姿……。


 今の館は焼け落ちたものを再現したものではない。しかし所々に当時を思わせる調度があり、それがたびたび簫雨を幻晶侠へと駆り立てる原動力となっていた。


「ち、違うっす!」


 一方、落涙する簫雨を見た光はたまらず彼の頭を抱き抱える。


「光……?」


 簫雨の頭部を柔らかさと暖かみが包む。実の母に抱擁を受けた記憶はもう薄く、慎み深い峨眉派(がびは)の師姉にもされた経験はそうそう無い。親密な行為に貴公子の心はしばし解かれた。


「あわわ、すみません! 落ち込んだメンバーを慰める時の習慣で! そっか、昔の中国はもっとお堅いでやんすね……」


 だがその時間は数十秒。光はそう謝罪しながら身を離し、上衣の端を掴んでバタバタと自分の顔を煽る。


「随分と延びる生地なのだな、その服は」

「ああこれ? 京都のサッカーチーム、サンガのユニフォームっす! って通じないか……。蹴鞠(けまり)? をする時の衣装でやんすよ」


 話を転じたのは簫雨にも驚きと恥じらいがあったからだが、光はそれに気づかず衣装の説明を行った。


「都に蹴鞠をする集団がいて、紫の着用を許されているという事か? なんとも破格の扱いだな」

「違うけど……まあそんなもんでやんす。それより雨さんの話を」

「うぬ。もう一つは峨眉派の教えだ。尼僧の諸先輩からは武術だけでなく慈悲と理智を叩き込まれた。仇討ちよりも人々を救う事を優先せよと」

「うん、それが義でやんすね! こっちは分かり易いぞ」


 光はふむふむと首肯したが、簫雨の顔は再び曇った。


「だが義を成せているとは言い難い。目下、都の民を震撼せし閻禍王(えんかおう)を追っているが、手がかりは掴めていない。今宵は邪魔が入ったとは言え……不甲斐ない」

「ああ、あの死体を飾った誰かがいるんすね? あとあの少年。ちょっと詳しく教えて貰っても良いでやんすか?」


 あの場に居合わせたのも何かの縁であろう。そう考えた簫雨はこれまでの閻禍王の手口と被害者の様子、巫術と医術の天才趙思浚(ちょうすしゅん)の素性まで簡潔に伝える。


「なるほど! 悪いシリアルキラーがいて、それを魔法使いの少年と競い合う様にして追ってると。……協力はできないんでやんすか?」

「できんな。むしろ足を引っ張られている状態だ。もし俺が遺体や現場をつぶさに調べれば閻禍王の手がかりを得られたかもしれんが、奴らに壊されてしまった」

「ああ、雨さん科捜研(かそうけん)しようとしてたんすね! というか幻晶侠が現場検証(げんばけんしょう)……ぷぷぷ」


 光はその自分の言葉の何かが愉快だったらしく笑ったが、ふと真顔に戻って呟く。


「でもたぶん、殺害現場はあの橋の上じゃないでやんすよ」

「なんだと?」


 彼女の言葉に含まれる意味不明な単語に悩んでいた簫雨だが、最後の一言ではっと顔を上げた。


「光、何か見たのか?」


 幻晶侠にしても実は趙思浚にしても、光は突然あの場所に現れたように見えた。もしかしたら彼らよりずっと先に橋の近くにいて、閻禍王の犯行を見たのかもしれない。簫雨はそう思ったのだ。


「見たものは一緒でやんすが……。死体はこんな感じで、橋の欄干にもたれ掛かるようにされてたでしょ? 血は殆ど河に落っちまうから流れた量で犯行時刻を推測するのは無理だ」


 光は手近な椅子の背もたれに身体を預けて実演した。


「しかも傷口はこう圧迫されてグチャグチャ、凶器の判別も難しくなる」

「そうか、金吾衛(きんごえい)も我々もあの場で凶手を振り下ろされたもの、だと思いこんでいた。足下の血溜まりが少ないのは河に流れたせいだと。欄干に凭れたのは斬られて倒れかかったからだと。だが実際は別の場所で凶行に及び、それを隠す為に遺体をあの様に橋へ置いた……。光はそう言いたいのだな?」


 簫雨がそう確認すると光は小さく何度も首を縦に振った。


「橋の上で辻斬りって熱いでやんすがねー。たぶんミスリードっす」

「光、もしや君はそういった知識に詳しいのか?」

「いいっ!? いや、あっしはミステリードラマを少々、嗜んだだけで……」

「直感や拷問ではなく、理知で悪党の行動を読み解き阻止するのが俺の目標とするところだ。光、それに手を貸してくれないか? 礼なら幾らでもする!」


 熱く語った簫雨は急に距離を詰めると、ぎゅっと光の両手を掴んだ。

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