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周瑞彪、美味い酒を飲む

「あー、そういうことで?」

「うむ。彼らの由緒正しいご商売だ」


 金持ちから金品を乞い奪う。場合によっては武力をもって。それが丐幇(かいほう)の生計を建てる手段であった。


「(金じゃなくて、さっきみたいに花火をくれてやったら?)」

「(残念ながら手持ちが無い。先ほどの闘いで全て使った)」

「(まじっすか! ラストエリクサー症候群とは無縁でやんすね!)」


 囁き交わした幻晶侠(げんしょうきょう)の言葉に光は頭を掻いた。


「何をこそこそ言ってやがる? 素直に財布を出せねえと言うなら代わりに一手ご教授願うか?」

「それなのだが、酒債千楼(しゅさいせんろう)どの。光は我らの闘争に無関係無一文だ。少しあちらへ避難させても良いか?」


 そう指さすあちらとは、この空間より小高い所に見える横穴であった。


「文字通り高見の見物ってことかぁ? まあ、良いだろう」

「え? 意外でやんす。金がないなら女を売り飛ばす! とか言いそうな悪党ツラなのに」

「なんだと!?」

「小娘、俺たちを馬鹿にするのか!」


 途端、怒りに震える丐幇の面々を手で制し、幻晶侠はポカリと光の頭部を叩いて彼らへに抱拳する。


「申し訳ない。こちらの光、どうも西国の生まれ育ちで江湖(こうこ)のあれやこれやを知らぬのだ。変わって幻晶侠がお詫び申しあげる」

「ふむ? そうなのか……」


 事情を知ってなおゴダゴダ言うのは大丈夫にあらず。しかもあの気位の高い幻晶侠が頭を下げているのだ。周瑞彪(しゅうずいひょう)たちは溜飲を下げた。


「ならばさっさと逃がせ」

「は? ストリップバーの構想はするのにヒモ扱いは怒るなんて、逆鱗の位置が独特でやんすね?」

「あまり言うな。俺もまあまあの舌禍持ちだが、お前もなかなかだな。さあ、これ以上失言をする前に上へ行くんだ。掴まって」


 幻晶侠が差し出した腕へ、光は我が身ではなく松明を押しつけた。しかるのち、


「これくらいなら……あらよっと!」


と気合いを入れながら床を蹴り、窪みに指をかけ足を上げ横穴まで巧みによじ登る。


「トリッキングができるならパルクールもできるという風潮……あると思います!」

「「お見事!」」


 横穴から見下ろし見栄を張る光へ、一同は喝采と拍手を送った。


「どーもどーも! しかし悪人っぽいのに褒めてくれるなんてますます不思議な倫理観だ……。あ、ダンスバトルで相手の技に拍手を送るみたいなやつか?」


 光が何やら自問自答している下で、幻晶侠と周瑞彪は互いに首を捻っていた。


「幻晶侠先生の連れだ、峨眉派(がびは)の軽功かと思ったが……筋が違うな?」

「ああ、もちろん違う。それに何度か身体に触れた折り、内力をほぼ持ってないのも確認している。身体の運びだけでああも見事に動けるものか?」


 幻晶侠もかなりの博識ではあるが、丐幇幇主は輪をかけて事情通であった。なにせ酒債千楼の名の通り江湖中に飲み仲間とツケの相手がいるからだ。だがどちらの記憶にも、光が見せたような身体操術はなかった。


「あ、あっしの方はそれくらいで……どうぞ?」


 丐幇の部下たちの声に気を良くし何度か短い舞を見せていた光だが、少し恥ずかしくなって幻晶侠たちの方へ花を向けた。


「そうであった! ふふ、小娘の心配はねえんだ。百合、楽しもうぜ……」

「それで思い出した! 実は別の娘を待たせていてな。手短に致そう」


 幻晶侠は指を鳴らすとその手を広げ、構えをとった。




 カランカランという音が暗渠の広間に響く。それは丐幇の面々が棒を投げ捨てた音であった。多勢が武器を使う有利を恥じたのではない。この空間で長い得物は不向きであろうとの判断からである。


「(あいつら、意外と頭が良い……! 幻晶侠の旦那、ピンチっすよ!)」


 刃傷沙汰に疎い光でもその道理は分かった。思わず唾を飲み込む彼女の眼下で、まず丐幇の部下たちが打ちかかる!

 ドスンドスンと拳が、肘が、頭突きが次々と一直線に幻晶侠へ向かう。だが彼は掌や肩で攻撃を受け止めると、その力を受け流すではなく『荒城壁山(こうじょうへきざん)』の掌法で真っ向から押し返した。


「痛ぇ!」


 壁に天井に部下たちの身体が打ち付けられ、鈍く低い音が暗渠に響く。予想とは異なる幻晶侠の剛の拳法に光は目を丸くした。貴公子然としたその外見、孫悟空や趙思浚(ちょうすしゅん)の攻撃を避けた身のこなしから、もっと柔らかい戦い方をすると推測していたのだ。


 その予測はあながち間違いではない。峨眉派の『荒城壁山』はもとより荒れ果てた山城の朽ちた壁を思わせる、儚げな防御法である。本来はその頼りなさそうな守りで油断を誘い、相手の力を無為に消費させる技だ。


 だが幻晶侠はその技に工夫を加えて激しい攻めの掌法に変化させていた。尼僧や女道士が多い峨眉派の拳士からは出てこない発想である。


「しゃらくせえ! 一斉に飛びかかれ!」

「無理だ幇主……!」


 周瑞彪の号令に、しかし部下たちは従えずにいた。幻晶侠は攻めには独自の剛法を使いながら、足裁きは峨眉派特有の舞うような柔らかな歩法だ。まるでつかみ所がない。

 しかも……。


「くそ、埃が目に……」


 暗渠(あんきょ)の天井や壁からパラパラと落ちる漆喰の欠片が、激しく動き回ることで舞い上がった埃が部下たちの目を容赦なく襲った。


「悔しいけど旦那、頭が良いんすね」


 一方、高所で論評する光と幻晶侠は無事であった。彼女の高みには埃などは届かず、彼の仮面の目には薄い水晶膜のようなモノがあるからだ。

 光が知る由もないが、これは暗渠の目印を見る為のものとはまた別の水晶である。幻晶侠は家業の莫大な資産と技術を投じて仮面に様々な機能を搭載しているのだ。


「どけ、俺がいく!」


 遂にそう叫んで周瑞彪が前に出る。部下たちが時間を稼いだ間に練った内力を掌底に込めて幻晶侠めがけて飛びかかった。


「『雷過碧雲(らいかへきうん)』をこのような場で!?」


 その姿を見て幻晶侠が舌打ちをしつつ腰を低く落とす。周瑞彪の掌を迎え撃つは同じく掌、だが構えはこれまでと大きく変化していた。

 どおぉぉぉん! 掌底と掌底が激突し轟音と雷光が暗渠に響く。狭い空間での衝撃に部下たちと光は数瞬、意識を失った……。




「かかか! やったぞい!」


 その短い眠りを幇主の哄笑が打ち破る。気づいた光が見たのは、飛び跳ねて喜ぶ周と全身を薄く光らせながら悔しさを隠す幻晶侠の姿であった。


「光龍十八掌、三の型まで出させたぞ!」

「ふん、それが狙いだったとしても……強引が過ぎるぞ」


 先程までの殺気立った空気はどこへやら。周瑞彪は親しげに幻晶侠の肩を叩き、落とした瓢箪を拾って一口飲んだ。


「かー、酒が美味い!」

「見るもの見たならもう良いだろう。お代はツケで良い。とっとと消えろ」

「なんだ、ずいぶん冷たいのう?」

「出した後は男は冷たくなるものだ。……冗談はさておき、今の物音を聞いて誰が来るか分からんぞ?」


 幻晶侠の憎まれ口にも切れがない。だがその言葉に真ありと、幇主は部下たちを起こしにかかった。


「終わったでやんすか? てか何だったの今の!?」

「説明は後だ。早くずらかろう」


 飛び降りてきた光の手を掴むと、幻晶侠は何やら言いたそうな周瑞彪を一睨みしてその場を去った。

今回のエピソードの最後で幻晶侠が使った「光龍十八掌」は「こうりゅうじゅうはっしょう」と読みます。

システム上、10文字以上のルビがふれないのでこちらにて失礼します。

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