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光、丐幇の面々と出会う

「あの、できれば自分で歩きたいです……でやんす」


 暗渠(あんきょ)を歩いて数十歩、彼女を抱いたまま器用に灯りをつけた幻晶侠(げんしょうきょう)へ、(ひかる)はおずおずと言った。


「そうか? ならば少し待て」


 黒衣になった貴公子はやや首を傾げつつも少女の腰に触れ、抱えて逃げる際に暴れないように封じた点穴を解いた。


「あ、動けるようになったでやんす!」

「点穴には便利であったしもう少し触れていたい気もするが、まずは臍を隠せ」


 驚く光に幻晶侠は黒衣を千切って渡す。彼女は上等そうな紫衣を着ていたが、腰付近で短く縛られ腹の部分は西域の踊り子の様に剥き出しになっていたのだ。


「こ、これはダンス映えの為に出してたでやんす! エッチな目で見るのは禁止!」


 光は照れながら幻晶侠の腕から飛び降り、まず縛りを解いて衣服を直すと受け取った布で腹を覆う。


「ほう。楚腰(そよう)は繊細にして掌中に軽し、と言うがなかなかの身のこなしだな。どこで習った?」

「ダンスチームではトリッキング担当だったもんで! それよりこっちも、聞きたいことが山ほどあるでやんす! 正直、何から聞いたら良いか検討も……!」

「さっきも言ったように何でも答えるが、それならば忠告が二つ」


 幻晶侠は壁を探って松明を取り出すと、手元の灯りから火を移し渡す。


「悩む場合は時系列に沿って訊ねるが良い。気持ちや興味は移ろうが過ぎた過去は変わらんからな。もうひとつは……」


 彼の手元が暗渠の先を示した。


「口を動かすと同時に足も動かそう。追っ手が来るかもしれん。もっとも、もう一度腰を抱いて欲しいなら動かすのは口だけで良いが」

「分かりました! あとあっしからも忠告! これ以上セクハラ発言を続けると……殴るでやんすよ!?」


 光の返答に意味が分からない単語があったものの、幻晶侠は仮面の下から覗く形の良い口角を上げて首肯した。


「では進みつつ一つ目の質問をどうぞ?」

「えっと、さっきのはどうやったでやんす? あの二人? を騙したの」

「あれか。脱いだ銀の衣に火箭(かせん)をつけて飛ばしたのだ。幾つかの詐術を含むが、主に思浚(すしゅん)の失策だな。方術の炎が何本もの水柱を上げた為に俺の姿をはっきりと目視できなくなっていたからな」


 幾つかの詐術、には東に行くと見せかけて西に転じたことや内裏(だいり)を意識させた事も含むが、そこは省略する。


「あっしを抱えて逃げながらそんな策を!? しかも一瞬で服を脱いで飛ばすなんて……凄いでやんすね!」

「いやいやそれほどでも! お堅い女官の服を脱がす事に比べれば、己が脱ぐなど赤子の手をひねるようなもの」

「殴るって言ったでやんすよ!」


 褒められた返礼に頭を下げる貴公子の頭部へ、光が警告を発しながら拳骨を振り下ろす。だが幻晶侠は峨眉派(がびは)の掌法を使って腕をかい潜ると、彼女の腕の勢いを利用しさっと背後へ回って彼女の腰を抱えた。


「どうした? やはり抱いて運んで欲しいか?」

「うぃ!? 今どうやったでやんす!?」


 光は目を丸くしながらも素早く飛び降りる。


「その性格がなけばリフト系の技担当に推薦してやるのに……」

「次の質問は?」


 幻晶侠はカラカラと笑いながら光を追い抜き、促す。


「えっと……あの二人は……殺してしまったでやんすか?」

「いや。俺に神獣は殺せぬし女子供は極力、手にかけない主義だ」


 その質問はやや微妙な所を突いたようだ。幻晶侠は笑いを止めた。


「しんじゅ?」

斉天大聖(せいてんたいせい)孫悟空様だ。知らんのか?」

「あの猿、孫悟空って言うんだ! 『おっすオラ悟空!』でやんすね? 確かに満月の夜は大猿になってた!」


 幻晶侠は一人で納得する光を横目に、灯りを暗渠の天井へ向けて何かを確認していた。


「じゃあ尻尾を切れば元の姿に……って何をしているでやんす?」

「目印を探している」

「あ、ちょうど良かった次の質問! ここは何処で、あっしらは何処へ向かっているでやんす?」


 光にそう問われて幻晶侠は彼女の方へ振り返った。すると仮面の目の部分にいつの間にか降りていた薄い黄水晶の様な膜が松明を受けて輝く。


「ここは長安の地下に広がる地下水道で、今は俺の別宅の方へ向かっている」

「その目の所のはゴーグル?」

「ゴーなんとかは知らぬが、これは特殊な塗料を見る為の水晶だ。俺にだけ分かる目印があってな」


 幻晶侠は指を仮面にかけ、何かを操作した。すると膜が上がって、元通り美しい瞳が姿を現す。


「へー便利でやんすね! それがあれば地下を迷わず思いのままに進めるし、追っ手もまけるって寸法だ」

「ところが世の中、そう上手くばかり行く訳ではない」


 感心する光に、幻晶侠は首を横に振った。


「なんでどうして?」

「ここは広大で便利で金吾衛(きんごえい)も滅多に来ぬ場所であるが、その恩恵を享受しようとする者は俺だけではないのだ」


 その言に呼応する様に、バタバタと荒々しい足音が前方から近づいてきた。続いて元から暗渠を漂っていた臭気を越える臭い空気が光の鼻を襲う。


「うえぇ……」


 少女は思わず呻きを漏らした口元を布で覆う。それに描かれた骸骨の口の位置が元の口と一致し、怪物じみた外見になるのを見て幻晶侠はほう、と頷いた。


「これはこれは、顔を隠した男女がこんな所でいそいそと……。隅におけまへんなあ」


 最後に届いたのは下卑た声とそれ以上に汚れた姿であった。通路が複数交わる部分の少し開けた空間で、幻晶侠たちの前に襤褸(ぼろ)をまとった5名の男たちが現れ互いに足を止める。


「丁重な挨拶、傷み入る。酒債千楼(しゅさいせんろう)どのこそ大勢で如何なされた? 酒楼への道であれば……あちらへどうぞ」


 幻晶侠は抱拳した手を解きつつ己の背後を手で指し示す。


「道なら貴様に聞かんでも知っておるわい!」

「話を逸らすではないわ!」


 そう騒ぐ背後の部下たちを、白髪の翁は手にした竹棒を一振りして黙らせた。その先には酒の入った瓢箪が、腰には九つの袋がぶら下がっている。


「旦那、この方々は?」

「そうだ、紹介いたそう。周どの、こちらは踊り子の光。光、こちらは丐幇(かいほう)の皆さんと幇主、周瑞彪(しゅうずいひょう)どのだ」


 見事に部下を統括した翁の名を、幻晶侠は光に教えた。そう、彼こそはご存じ丐幇の第十代の頭領にして天下一代の大酒呑み、千の酒楼に借金があると言われる酒債千楼、周瑞彪であった。


「踊り子か。せや! 酒を出す店でお嬢ちゃんみたいな子に半裸で踊らせたら、財布の紐も緩んでごっつう儲かるんとちゃうか? ええ着想やと思わん?」

「うわ、最低! 幻晶侠の旦那もまあまあセクハラだったけど、下には下がいたでやんす!」


 周瑞彪の思いつきを聞いて光は露骨に顔をしかめた。但しその表情は骨の布に隠されて完全には見えない。露骨といいつつ骨に隠された状態とはこれいかに。


「まあまあ、光。幇主の真意はそうではなく……」

「しかし着想があっても人材と金が足らん。ここは幻晶侠に出して貰おうかいな……」


 周瑞彪はニヤリと笑いながら再度、竹の棒を振る。その合図で部下たちがさっと広がり、幻晶侠と光を囲んでじりじりと距離を詰め始めた……。

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