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飯屋の小僧、医局を紹介する

 はじめ半分、とはよく言ったものだ。質屋での換金を上手く終えた光は、その後も成功に倣った。つまり自分のやりたい事を行いそうな人物を探し後をつけ、その御仁と同じように行動するのである。


 まずは飯屋を監視し注文や支払い、食事の動作を確認する。然る後に自分の口に合いそうな料理を頼んだ者を見つけると近くの卓に座り、給仕の小僧にあれと同じ物を、と言いつつ銭を渡す。

 ほどなく麺がやってきて、光はそれに口をつけた。匂いや見た目から想像した味と大差はない。少女は安心してそれを平らげた。


 そうして腹が満たされると頭も回るもの。光は小僧を呼ぶと、卓上の後かたづけを依頼しながらそっと小銭を握らせた。


「おう、どうした旦那? 食後の酒でも要りますかい?」

「いやいや身体を悪くしてから酒なんてとんでも! と言うかその身体だがね。噂によると都には偉い神医とかがいるって聞いて、ちょいと見て貰いたいと思っているんだが……どうすれば会えるんでい?」

「ははあ! 旦那が仰っているのは巫医閣下、趙思浚(ちょうすしゅん)様と閣下が開いてらっしゃる医局のことで?」

「そうそれ!」

「因みに旦那の病は病気ですか? それとも妖怪ですかい?」


 話が早くて助かった! と光が思ったのもほんの一時。小僧は彼女にはよく分からない事を訊ねてきた。


「それはどういう意味だい?」

「旦那、余所から来なさったで?」


 続いての問いに光は首を縦に振る。先ほどの金は追加注文ではなく情報料であると察した小僧は貰った小銭を懐へ入れると、店主が別の客と話し込んでいるのを確認して椅子に座る。


「巫医閣下は方術を学んだ時に西王母(せいおうぼ)様との約束で、人間にも妖怪にも肩入れし過ぎない、と誓ってらっしゃるんで」

「はあ」

「人間を癒したら、妖怪も癒す。妖怪を退治したら、人間もこらしめる。『一人一怪(いちにんいっかい)』の趙思浚、とは都なら餓鬼でも知ってる事でさ」


 小僧は得意げに鼻を鳴らし、光はほほうと頷いた。


「内科と外科を交互に担当する決まりになってる、みたいなものか……」

「今日は十六日、偶の日だ。旦那の病が人間のものなら診て貰える可能性があるが、妖怪のせいだと明日まで待たなきゃ」

「普通に人体の問題だ。妖怪は関係ねえよ」


 そうか、旦那は運が良かったな! と小僧は笑い城の門の名と方向を教えた。


「ただよ。噂によると昨晩、大蓉橋(だいようばし)が落ちてしまったって話だ。ちょっと回り道をしないといけないかもしれねえ」


 それは知っている、なにせ昨晩その現場にいた! と言いかけて光は口を噤む。代わりに礼を言うと、そそくさと飯屋を後にした。




 朝食と情報収集を終える間に日は完全に昇り切っていた。街路も人々で溢れ、眩しく騒々しい。


 光はそんな人混みに紛れ、都の大路を北へ進む。この時代の長安は一大交易都市でもあり胡人(がいこくじん)や異教徒も多い。しかも希に無害な妖怪変化も歩いている。狐面で二足歩行する者、人面だが目は一つで角を生やした者。そういった人型に近い異形が側にいても、慣れた長安っ子は身を固くさえしない。


 彼女は田舎から都へ来たお登りにありがちな反応をしながら、趙思浚が医局を開いている怪快門(かいかいもん)を目指した。


「こら、そこ! ちゃんと並べ!」


 程なく金吾衛(きんごえい)の叫ぶ声が聞こえ、彼女に目的地への到着を悟らせた。上には物見櫓、下には閂もかけられるしっかりした戸。これが怪快門に違いなかろう。

 開け放たれた城門の奥に、中に、前に、老若男女様々な容態の患者が並んでいる。一刻も早く神医に診て貰いたいのは同じらしく、誰も隙があれば前へ割り込もうという構えだ。


 光は列の長さに舌打ちをしながら最後尾に着いた。


「とほほ~。朝飯に時間を費やしたとはいえ、朝一番でやんすよ?」

「残念だったわね。話によると今日の巫医閣下は寝覚めが良くなかったそうよ。治療の開始も遅いし、いつもより手荒だとか」


 彼女の前にいた細身の婦人が、共に並ぶ我が子らしき女児の腹をさすりつつ言った。子は自らの腹を押さえて青い顔だ。


「ほえ~、そうなのかい!?」


 光はわざとらしく驚いてみせた。なるほど、宿敵幻晶侠(げんしょうきょう)の策にかかり唐辛子を顔面に喰らった後では爽快な朝は迎えられまい。だがもちろん、その事情を知っている事をご婦人に明かす事はできない。


「お嬢ちゃんはお腹かい?」


 代わりに女児に向かってそう訊ねる。


「そうよ。横の腹がチクチクと痛むの」

「そうか。それは困ったでやんすね」


 自分の用事は急ではない。いやむしろ病ですらない。だがこの親子くらいは先に診せてやれないものか……。悩む光の横を、役人とお着きの者共が通り過ぎて行く。


「おおい、こっちが先に並んでいたんだぞ!」

「やかましい! 庶民どもが!」


 当然、順番抜かしに不平の声が挙がるが、緑衣(りょくい)の役人は頭を押さえながら煩わしそうに手を振った。


「頭痛に障る! 金吾衛!」

「ははっ!」


 命じられて、金吾衛の数名が騒ぐ患者たちの前に立ちはだかった。


「ええい、下がれ!」

「そんな、ご無体な……」


 そんなやりとりの間にも、役人と一同は中へ入ってしまった。


「諦めなよ。見たろ? あの緑の服は七品(しちひん)の役人様だ」

「そうだよ、刃向かうだけ無駄さ……」


 もとより体調不良の患者たちに騒ぎ続ける気力はない。彼ら彼女らはブツブツ言いながら元の列へ戻っていく。


「ふむ。緑の服はお偉い、と」

「そうだよ。あそこまでいけば、やりたい放題さ」


 呟く光に婦人はそう言い捨て、地面に唾を吐く。


「アトラクションのファストパスみたいなもんでやんすね」

「何を言ってんだい、あんた?」

「痛たた!」


 と、女児が腹を押さえて呻きだした。今までよりもなお一層、青い顔になったかと思うと母が唾を吐いた上に嘔吐する。


「おまえ、大丈夫かい!? 困ったもんだね……」

「お嬢ちゃん、この人達が思っているより重傷かもしれないな……。でもこっちにもやりようがあるかもしれないでやんす。あっしはちょいとドロンするよ! 嬢ちゃん、もう少しの辛抱だ!」


 光は婦人にそう断ると、踊るような足取りでその場を去り朝市の方へ消えていった。

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