幻晶侠、少女と出会う ……という本と僕らも出会う
改めてみても、幻晶侠こと簫雨はつくづく「三」という数字と奇縁
がある男である。
彼は三歳の誕生日に家族を殺され師と共に峨眉山へ逃亡、十三歳で峨眉派の秘伝と他派の
三つの絶技を修得、大唐の都長安へ舞い戻った。然る後二十三歳で家業を取り戻し長安有数の富豪、大旦那
となる。
それから三週間準備を重ね財力と武術に物を言わせ、仮面を被った謎の義侠幻晶侠としての活動を開始。
家業の地元の成慶と長安で夜な夜な悪党を狩り始めた……というのは知っての通り。
彼がここ三年で刃を交えた邪拳士・妖怪の名を挙げると枚挙にいとまがないが、無相剣侠こと朱麗との湖上での死闘や紂関山を半ば消し去った悪鬼重鯛(じゅうたい)との知恵比べは読者の記憶にも新しいところであろう。
だが活動開始後三年経てど未だに親の仇はみつからぬ。そのうえ彼は、この第三巻より奇妙な女性と出会い「三」角関係に陥る。その恋とも鮒とも呼べる縁はやがて育ち帝国を揺るがす龍となるのだが……それを語るには気が早い。
とりあえず今は出会いの夜の事を話そう。
かの夜、彼は遂に彼女に会った。その距離わずかに三尺。だがその後頭部に孫悟空の右拳が金色の嵐となって迫りつつあった。
「あわわっ、危ないかも? でやんす!」
という締まりのない悲鳴に救われ身を翻した際の、猿の中指との距離はわずか三寸。
「感謝つかまつる!」
幻晶侠はそう叫びつつ声の主の少女へ近づき抱き抱え、大蓉橋の欄干から洛河に浮かぶ船の屋根まで飛び移る。全身を包み体型と暗器を隠す銀色の長衣が夜空を裂く鷺の様に羽根を広げ、直後に孫悟空の左拳が柱を打って石橋の鐘楼をなぎ倒した。
「なんとも多才な! 思浚神医殿は医術方術、三国一の俊英にあられるが、このたび猿を使って橋の改築まで始められたか! ……お陰で犯行現場はバラバラになったが」
橋上と上空を交互に見やり苛立ちを小馬鹿にしたような笑いに隠して、幻晶侠は言う。欄干には無惨にも胸を裂かれ舌と歯を奪われた遊女の遺体が、上空にはなんと満月を背後に術で空に浮きながら彼を見下ろす、眼鏡をかけた学士の姿があった。
この亡骸こそがここ三ヶ月、長安を震撼させている謎の殺人鬼による四人目の犠牲者であり幻晶侠が遂に出会った「彼女」である。手摺から半ば運河を覗き込むように乗り出した上半身は、胸から流れる血によって真紅に染め上げられ恐ろしくも美しい花の様だ。
一方、満天の月に近い位置にいる青い道士服の少年はご存じ幻晶侠の好敵手、趙思浚。僅か十三歳で御殿医に召し上げられながら馬車の事故による大怪我により失脚、しかし崑崙山で方術を会得し太医から巫医への転身を成し遂げた天才だ。
謎の殺人鬼――満月の夜、舌を切り取り橋の上に遺体を置き去りにする事から閻禍王(えんかおう)と名付けられている――の凶状を阻止せんと都を徘徊していた幻晶侠は今宵、初めて金吾衛に先んじて犠牲者を発見し、閻禍王の残した手がかりを探ろうとしていたのだが……その目論見は神医の使役する大きな獣によって阻止粉砕される事となった訳だ。
「犯行現場がどうした、僕が来たからには心配無用! 自警団気取りの破落戸も殺人鬼も、共に捕らえてやる!」
趙思浚はそう叫ぶと両手をそれぞれ、半円を描くように広げた。その軌跡に従って空中に炎で描かれた方陣が浮かび上がる。方陣の文字と配置が意味する事を察し、彼に使役される孫悟空が後ろへ飛ぶ。そこに……
「いま起きました……起きたでやんす。あの~」
幻晶侠の懐から気の抜けた声がした。
「すまぬ、今までおぬしの事を失念していた。見知らぬ町娘よ。怪我は無いか?」
「うーん。たぶん怪我一つ、ありゃしません」
彼の腕に抱かれていた悲鳴の持ち主――奇妙な口調で話し奇妙な衣装を纏い奇妙な帽子の下から赤い髪を覗かせた少女――は短い気絶から復帰し質問に答え、少し沈思の後に再び口を開く。
「ちょっと質問良しいで?」
「お主の助けで猿の不意打ちに気づけた。なんなりと答えよう。ただし俺が何歳まで寝小便をしていたのか? という秘密意外ならばな」
腕の中の、見れば見るほど奇怪な姿をした十五、六歳の少女に向けて幻晶侠は笑顔を作る。上半分は銀色の仮面に隠されているが、彼の相貌の良さは彼女にも察しがついた。
「ぶわっ。旦那の様な佳い男がオネショなんて……」
「していたさ! 子供の頃はな。もっとも、夜に火遊びをしていれば幾つになっても布団で漏らす可能性はあるが」
今まさに炎術を放とうと準備している趙思浚を見上げつつ、銀衣の貴公子はにこりと笑う。
「なんだと!?」
「キキキィ!」
「笑うな悟空!」
思浚と孫悟空、両者とも当て擦りに気づき主が隷を叱責した。同時に青い道士服の周囲の炎が、勢いを増す。
「おっと、質問は何だった? 手短に頼む」
「はい~。えっと、ここは何処です? 何で2Pカラーみたいなバットマンとキングコングとハリーポッターがバチバチやってるでやんすか?」
「えっと……なんですか、あれ?」
叔父が送ってきたテキストを読み終えた僕は、すぐに彼へ電話して訊ねた。
「あれはな。俺のお爺さん、猫太朗の曾祖父の蔵から見つかった本をグッグルレンズで翻訳したもんや」
「ああ、日中戦争で出征してたという曾祖父さんの?」
「そう! しかし読んでびっくりや! 唐の時代にバットマンと孫悟空とドクターストレンジみたいなのがいて、そこに現代の少女が乱入する話なんてな!」
「まあ、ほんまに昔のやったら驚きやね」
「猫太朗、続きを翻訳してくれへん?」
「は? なんで僕が?」
「だって自分、異世界転移の小説をなろうで書いてるやろ?」
「それはそうやけど……僕のはファンタジー世界やし、メインテーマは女子サッカーやで?」
「似たようなもんやろ! なあ? 最初の方を読んで、めっちゃ気になってしもてん! でも機械翻訳やと読み辛いし意味分からん単語も出てくるし、猫太朗が翻訳ついでにちょこっと直して俺に読ませてや~」
「え~面倒くさい~。それにこれ、三巻やろ? バットマンかっこ仮のオリジンも書いてないやん」
「それはまた捜索しとくわ。なんなら猫太朗が創作してもええで?」
「面倒くさいわ」
「エルフのサッカー書くのの、邪魔にならん程度のペースでええから! 因みに報酬もあるで」
「なんなん?」
「来シーズンのサンガのユニフォーム」
「……ネーム入りなら」
「よっしゃ!」
「本を送って貰て、それをテキストファイルで送ればええ?」
「面倒やからこれもなろうに投稿してや! いいねや星も入れるで!」
「投稿するのはええけど星は辞めて! 身内にそれして貰うの不正になるかもしれんし」
「そうなん? ほな辞めとくわ。あと分かり難い単位とか用語も現代に直して投稿してな!」
「贅沢な! ……まあ了解。ボチボチやるわ」
僕はそう言って電話を切った。僕が奇妙な武侠小説を投稿するようになったのは、こんな事情があったのである。
叔父さんへ
こういう形で投稿することになりました。説明が難しいので、僕らの会話も記憶の限り再現して書いています。何か文句あればコメントか電話下さい。




