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婚約破棄されましたが、左遷先で有能な人たちと頑張ったら自然にざまあできました。  作者: あけはる


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2/2

後編

 国家文書局・第三保管課。

 その名を聞いた瞬間、胸の奥がすとんと静かになった。


 終わったのだ、と。

 婚約も、社交界も、聖教会での日々も、リディアに求められた全ての役割が終わったのだ。


 窓のない部屋は薄暗く、古い紙の匂いが染みついている。

 けれど、あの教会の執務室より、ずっと心が軽かった。


◇ ◇ ◇ 


「新顔だな」


 リディアが古びた扉をあけて第三保管課の部屋に入ると、

 そう声をかけてきた伸びた茶髪を首の後ろでひとくくりにした青年は、ちらりとこちらを見た。


 「俺はエドガー・フォン・リーヴェン。リーヴェン子爵家の三男だ、名目上はこの第三課の課長」


 簡潔に自己紹介を終え、すぐに書類へ視線を戻した。


 第三保管課は、通称“追い出し部屋”と呼ばれている。

 その理由は―――厄介だから押し付けられた案件が集まる場所だということ。そして、

 高位貴族に厄介払いされた官吏が押しやられる場所、だ。


 もう一人、席に座っていた青年は、帳簿に黙々と目を走らせたまま、


「カイル・フォン・ブレンツ、ブレンツ子爵家の次男。ここは、君を入れて3人の職場」


 と低い声で告げた。


 同情も、詮索もなく、ただ、「仕事をする同僚」として扱われているようなきがして、

 それが、今のリディアには心地よかった。


 


 最初に仕事は関連書類の整理だった。

 聖教会関係の古い文書だった。見覚えのある書体に紙質。

 指先が自然に動く。


 聖教会のある帳簿に目を走らせていくうちに、背中を冷たいものが流れ出す。

 数字が、揃いすぎている。あまりに、完璧なのだ。違和感を覚えるほどに。



(……これは、もしかして)


 違和感をぬぐえないリディアは、エドガーに事情を説明し確認してもらうことにした。


「違和感がある、ね・・・」

 エドガーは眉をひそめてそう言いながらも、帳簿を受け取り、目を走らせた。

 しばらく何も言わなかったが、中盤までページをめくったとき、

 エドガーのページをめくる手が、止まる。


 彼も、気づいたのだ。

 エドガーは無言で、カイルに帳簿を渡した。

 カイルも帳簿に目を走らせ、そして閉じた。

 

「これは、二重帳簿の可能性があるな」


 説明は、要らなかった。


 複数の名目に同じ金額が散見される。

 聖女セレスティナの仕事は完全に把握していたはずのリディアだからわかる、

 存在しない聖女業務への分配金。


 そう疑って、帳簿を最初からもう一度確認してみれば、

 出るわ出るわ、金額のズレ、使途不明に消えた支援金の数々。


 それでも、誰も手を止めなかった。


 エドガーは入念に金の流れを追いかけ、

 カイルは「現場が動いていない」事実を別資料にあたり照らし合わせ、

 リディアは、それらを正しい帳簿の形にしていく。


 役割を決めた覚えはないが、有能な3人は初対面なのに、妙に噛み合った。


 翌日、

 リディアたち第三保管課から、聖教会に関する一つの、非常に重要な不正の報告が上層部に届けられた。


◇ ◇ ◇


 報告をあげてから、数日後。


 第三保管課に突然現れた男は、明らかに場違いだった。


 若くして名門公爵家の当主となり、

 現在は、王国財務部の統括部長として王国の財布をその手に握る、非常に優秀かつ

 その美貌でも社交界をにぎわす男、


 アレクシス・フォン・ローゼン。


 彼は突然この鄙びた部屋にやってきたかと思うと、

 エドガー、カイル、リディアの3人に聖教会の不正帳簿の詳細について、

 矢継ぎ早に質問を投げかけた。

 

 一次資料にあたりながら2人とともに答えたリディアだったが、

 アレクシスの淡々とした、何かを量るような、静かな視線がとても印象に残った。


 ――この人は誠実な人だ。


 なぜか、そう思った。


 第三保管課の回答を聞き終わった後、 


「ご苦労だった。君たちのおかげで我が国の予算は守られた、感謝する」


 アメジストのように輝く美しい瞳でリディアの目をまっすぐに見つめ返し、

 そう告げたアレクシスは、颯爽と去っていった。


 褒め言葉のはずなのに、胸が少し苦しくなった。


◇ ◇ ◇


 1か月後、王城。

 リディアはアレクシスに呼び出されていた。

 いや、本当は第三保管課の3人全員が呼び出されたのだが・・・

 エドガーもカイルもめんどくさがって来なかった。

 まあ1か月も同じ職場にいると、二人に悪意はなく、本当にただ面倒くさいのだということがわかったので、リディアも文句は言わなかった。

 

 控室で待つ間、緊張しているリディアに対し、


「力を抜け」


 低い声が、すぐ隣から落ちてきた。

 顔を上げると、美しい金髪をなでつけ、儀式用の礼服を着たアレクシスが隣に立っていた。


「君は、もう責められる側ではない。不正を暴いたんだ、胸を張れ」


(ああ、この人は聖女のことも婚約破棄も全部、知っている・・・その上で励ましてくれているのね)


 その一言はリディアの胸の奥にゆるりととどまり、あたたかな流れとなって

 緊張が、ゆっくりとほどけていく。


 ――ああ。

 初めてね。

 こんなふうに、「大丈夫だ」と言ってもらえたのは。


◇ ◇ ◇ 


 王城・大広間では、王国の重臣たちを集めてある集会が開かれようとしていた。


 そこには、聖女セレスティナと、レオンハルト・フォン・ヴァルクレインがそろって召喚されていた。

 

 セレスティナは、“聖女の顔”をし、微笑みながら余裕をみせている。

 一方、レオンハルトの方は、この集まりに呼ばれることが悪いことだとだけは、理解しているのだろう、

 そわそわと視線を動かしながら落ち着かない様子で座っていた。


 そんななか、颯爽と入場したアレクシスは、円卓の頂点に座す宰相の隣に、着席した。


「君たちの処遇が決定したので宣告する」


 宰相は落ち着いた声で告げ、

 それに続いたアレクシスの声は、冷たく簡潔だった。


「聖女セレスティナ。あなたの名で、支援金は集められた、そうですね?」


「ええ、そうですわ。信者のみなさんは私を支援しているのですから」

 自信満々にセレスティナは答えた。


「そうですか。これはあなたの名で、集められた不正帳簿です」

 アレクシスの冷たい声とともに、問題の帳簿が机の上に置かれる。

「そんなもの、知らないわ。私は名前を貸していただけだもの、責任はそれを不正に使っていた総司祭にあるわ。私は無関係よ」

余裕のある笑みを崩さずそう言い切ったセレスティナに、

「そうはいかない。名を貸すということは責任を負うということだ。2年間の聖女教育をうけてそんなことも理解していないとは、呆れたものだ」

アレクシスは冷たい視線を送る。

「わ、私は庶民出身なのよ、あ、あなたたちが教えてくれなきゃ、貴族社会のことなんて何にもわからないのだから、そんなの、知らなくてもしょうがないのよ!無罪だわ!」

「そうならないように、聖女教育を受けることになっているはずだ。君は書類仕事なども部下に全てやらせていたようだね?それならば、勉強の時間は十分にあったはずだが?」

「そ、それは・・・!」

形勢が悪くなり、言葉に詰まっているセレスティナへ、

凍てついた氷のような冷たい視線を向けながら、アレクシスが告げた。


「もう言い訳はいい。処遇を発表する。

 ―――聖女セレスティナ、本日付で、聖女の地位を剥奪する。そして、」


「は、はあ?ちょっと、待ちなさいよ!どうして私が―――」


思いもよらぬ重い処遇に、焦って喚くセレスティナを宰相の冷徹な声が遮る。


「まだ終わっていない、最後まで聞きたまえ」


セレスティナが悔しそうに黙ったのを確認し、アレクシスは続けた。

「さらに、王都からの即時退出、辺境伯領のヒッチ修道院への送致だ、以上!」


「はあー?!ありえないわ!どうして私がそんな田舎に行かなければならないの!」


先ほどまでの余裕のある微笑みは失われ、美しく結い上げられた髪を振り乱して叫ぶ聖女だった女。


「私は聖女なの!誰よりも尊い存在、最高の待遇を受けるべきなのよ!」

我を忘れ顔を歪ませ、大声でわめきたてる。

「何よ!早くその汚い手を放しなさいよ!」

「誰の許可を得てこんなことをしているの!」

取り乱して醜く叫び続けるセレスティナは、どこからともなく現れた王城付きの屈強な騎士にとりおさえられ、退場させられていった。


あっけない聖女の最後だった。


◇ ◇ ◇


 次は、自分だ、そう自覚したのか、

 あるいはセレスティナの状況に、動揺したのか、

「私は正義のために――」

言い始めたレオンハルトだったが、アレクシスの冷たい

「不要だ」

 の一言で言い訳を封じられた。


「この不正帳簿には、君の署名も見つかった」


 それが、すべて。


「ちゃんと確認したのか?きちんと内容を読めばこのような使途不明の支援金が記載された帳簿など、絶対に署名してはならないものだ」

 呆れかえったような表情のアレクシス。


 重臣の集う会議で、”無能”の烙印を押されたレオンハルトは、顔を真っ赤にし、

「正しい行動を選んだだけだ!聖女様のため、支援金にサインをして何が悪い!」

とわめきたてるが、後の祭り。

 ”悪徳令嬢から聖女を救った英雄”の仮面が、音を立てて剥がれ落ちていく。


「レオンハルト・フォン・ヴァルクレイン。君には、公的権限の停止を求める」

 冷徹なアレクシスの言葉がレオンハルトに沙汰を下した。


 公的権限の停止、つまり、

 公爵家令息という立場によって得られた現在の地位は全て失う、ということだ。

 レオンハルトは、唖然として周囲を見回した。


「こ、こんなことをして、父上が、なんというか!」

これには宰相が冷静に答えた。

「君の父、ヴァルクレイン公爵にはもう既に話が通っている。君が公爵から何も知らされず、のこのことここへ現れた時点で、将来は決まっていたのだよ」


「う、嘘だ・・・」

唖然としてその場に崩れ落ちたレオンハルトだったが、

やがて、思い出したように顔を上げた。


「……なら、リディアは?あいつはどこにいる? 婚約者のくせに、僕がこんな状況なのに!何の役も立たないじゃないか!」

 

見苦しく喚きたてるレオンハルトにかぶせるように、アレクシスが冷静に告げた。


「そのリディア嬢が、この不正を明らかにしたのだ」


「そ、そんな、まさか・・・!」


レオンハルトの目に絶望が宿った。


「それに、そもそも、君は彼女とは婚約破棄したはずでは」


めずらしく強く怒りをはらんだ声音で言い放ったアレクシス。


レオンハルトはがくりと膝をつき、形勢は決定的となった。

 

◇ ◇ ◇


 すべてが終わったあと。


 リディアは、アレクシスの執務室に通されていた。

 丁寧に頭を下げる。


「本日の件、ありがとうございました」


 事務的な言葉。一件落着。

 それで終わるはずだった。


「……礼は要らない」


 アレクシスは、めずらしくやや言い淀んだ。


「が・・・今度は、私の下で、働いてみないか?」


 それは命令ではなく、優しい提案。

 なのに、胸の奥が、ひどく熱くなり、リディアはつい、応えていた。


「はい、喜んで」


 ――もし。

 もし、この先、もう一度何かを失うことがあっても。

 この真摯な人が見ている場所でなら、立ち上がれる気がした。



 そしてこの時うまれた、胸の奥があたたかくなるような気持ちが、恋だと気づくには、

 お互いに、まだ少し、時間が必要だった。



完。

ちょっと恋愛要素が薄すぎたかもしれません・・・(すみません)

アレクシスのほうが先に恋心が目覚めて、鈍感なリディアに悪戦苦闘してほしいです。


そして、有能な第三保管課の二人は、「あーまた有能な人材が他にとられた~」とのんきに悔しがっていたら、3人ともまとめて、アレクシスの部署(財務部:王国のド中枢)に栄転することになって、腰を抜かすことになります。

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