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井伊谷で  作者: 双鶴


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6話

冬の夜、谷を渡る風は冷たく、村人たちの息は白く揺れていた。広場には松明が並び、避難路の整備が始まっていた。砦の裏手から谷を抜ける細道に、男たちが石を積み、女たちは子どもを背負いながら道を踏み固めていく。老人は杖をつきながらも「ここを通れば谷を抜けられる」と声をかけ、若者は荷を担ぎながら「先に逃げる者を守る」と誓った。


太鼓の音が夜空に響いた。走りの得意な若者たちが伝令役に選ばれ、合図の練習をしている。狼煙の火が試しに焚かれ、谷の上に細い煙が立ち昇る。村人たちはその光景を見て、恐れと同時に「備えが形になっている」という実感を抱いた。


直虎はその姿を見つめ、胸に重く響いた。民は恐れを抱きながらも、自らの手で備えを進めている。領主として、その覚悟を共に背負わねばならない。彼女は声を張り上げた。

「この道は子どもと老人を先に逃がすためのもの。太鼓と狼煙は敵の影を知らせるためのもの。皆の力で井伊谷を守るのです!」


村人たちは頷き、作業を続けた。だがその目には希望だけでなく、戦の影を見据える緊張が宿っていた。


慎之介はその光景を焚き火の傍から見つめていた。未来を知る者として、武田の侵攻が現実になることを理解している。その重さが彼を苦しめた。だが同時に、村人たちが自ら備えを進める姿に、誇らしさを覚えた。自分の知恵が現実に形を持ち、民の手で動いている――それは未来から来た者としての使命が果たされている証だった。


直虎が慎之介の傍に歩み寄った。松明の灯りが二人の顔を照らす。直虎は静かに言った。

「民は恐れを抱きながらも、自ら備えを進めている。私はその覚悟を背負わねばならぬ。だが…おぬしの知恵があれば、井伊谷は必ず生き延びられる」


慎之介は息を呑み、胸の奥で甘酸っぱい熱を覚えた。未来を知る者としての重さと、直虎への想いが交錯する。

「俺の知恵は未来から来たものだ。だが、それを信じてくれるなら、必ず井伊谷を守れる」


直虎は頷き、松明の炎が二人の間に影を落とした。沈黙の中で、恋と戦の影が同時に育っていた。

 

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