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【禍津怪異譚】幕間壱・喫煙所にて

作者: Soh.Su-K

彼に近付いてはならない。


彼は、さまざまに呼ばれてきた。

『占い師』『探偵』『浮浪者』『傍観者』『観察者』『干渉者』『触媒』──

『霊能力者』『拝み屋』『呪術師』『祈祷師』『霊媒師』、そして『ペテン師』。


誰が何と呼ぼうと、彼はいつも笑っていた。


ある者は彼に救いを見た。

ある者は彼に地獄を見た。


そして皆、最終的にはこう言う。


「あの男に関わったのが、すべての始まりだった」


彼に近付いてはならない。

だが──それでも出会ってしまったなら。


そのとき、あなたにはもう、彼の力が必要になっている。


……良くも、悪くも。

「やぁ、深沢くん」



 胡散臭い男が手を振っている。

 詐欺師やペテン師という言葉がそのまま人の形になったような男だ。

 そんな男の呼びかけに応じて、これまた怪しい男が手を振り返した。

 全身黒ずくめ、黒い革手袋に黒いニット帽を目深に被っており、表情は全く読めない。

 笑っている口元だけが見える。



「忍田さん、お久しぶりです」


「2年ぶりか?」


「そうですね。私は嫌われますから」


「ハハハ、違いない。君と仲良くするのは僕か、リョウジくらいだね」


「お二人が変人で助かっていますよ」


「君に恩を売るのはいいが、貸しは作りたくないからね」


「関わらない方が賢明と思いますけどね」


「なーに、君にしかできない依頼もあるから、関わらないって選択肢はないんだよ」


「仕事を回してくれるのはお二人だけですよ」


「ハハハ違いない」



 二人は喫煙室に入った。



「なに、まだ紙巻きなの?」



 そう言って忍田は電子タバコを吹かす。



「秒で壊されちゃうからですね」


「あぁ、そういうのもお気に召さないのね」


「好き嫌いが多くて困ってますよ」


「ハハハ、君を呼ぶのに一苦労することもあるからね」


「まぁ、そういう時は運がないって事で」



 深沢が紫煙を吐き出す。



「今回お願いしたいのはこの2件だ。紹介料はすでにもらっているから、報酬は君の言い値で大丈夫だよ」


「いつもありがとうございます」



 茶封筒2通を受け取る。



「そうそう、この間面白いものを見てね」


「面白いもの?」



 封筒の中から便箋を取り出し、目を通しながら深沢が聞く。



「火事に巻き込まれて九死に一生を得た男の話だ」


「ほぉ」



 忍田はニヤニヤしながら話始めた。



「あなた、逃げて!」


「パパ、助けて!」



 男は妻と娘の声で目を覚ました。

 部屋の中は黒い煙が充満し、妻と娘は真っ黒に煤けている。



「また火事か!?」



 男はなんとか消火して救急車を呼んだ。

 妻と娘のことを必死に救急隊員に訴えながら気を失う。

 目が覚めると病院。



「二人は無事ですか!?」



 動けない体で医者に縋りつくように聞くが、医者は不思議な顔をしていたらしい。



「それよりもご自身の心配をなさってください」



 自分の体を見ると、右腕と両足が包帯でぐるぐる巻きだったという。

 それでも二人が心配だった男は近くに置いてあった自分のスマホを手を伸ばす。



「今はご自身の回復に専念してください」



 そう言ってスマホは医者に没収されてしまった。

 それから数回の手術とリハビリを経て、男は晴れて退院となった。



「奥さんとお子さんがいらっしゃるんですよね?」



 男が病室を出る直前に医者が言った。



「ここへ行ってください」



 没収されていたスマホと一緒に見知らぬ住所と一枚の写真を手渡された。



「お寺?」



 男は不思議に思いながらその住所を訪れると、そこは写真にあるお寺だった。



「おや?」



 境内を掃き掃除していた住職と目が合う。



「こんなハッキリと……、初めて見ました」



 その住職の言葉をきっかけに、男は全てを思い出した。

 昔、男は火事で妻と娘を失っていた。のだ。

 自分だけが生き残ってしまった。

 男はその場で泣き崩れてしまった。



「俺はまた守られたのか……」



 住職は優しく、一生安泰だと言った。



「そんな話だ」



 忍田は電子タバコの煙を吐き出した。

 それに合わせて深沢は読み終わった便箋を封筒に戻す。



「その男、そのうち火で死にますね」



 その言葉を聞いて忍田は今までとは比べ物にならないほどの不敵な笑みを浮かべる。



「深沢くんもそう思う?」


「ええ。明らかにヤバい奴じゃないですか」



 深沢もニヤリと笑いながら紫煙を吐き出す。



「守護霊が『助けて』なんて言うわけないじゃないですか」


「悪霊化した娘から夫を守る守護霊化した妻。泣かせる話だと思わないかい?」


「住職が見たのは奥さんだけだったんでしょうね。泣ける話とは思いませんが」


「いや、深沢くん。この話を聞いた人は『奥さんと娘さんが守護霊になって守ってくれてるんだ』って思い込んで感動する話だよ」


「そのくらいは分かってますよ、忍田さん」


「で、深沢くん。この男に興味あるかい?」



 忍田の目の奥が光る。



「……忍田さん、私に貸しは作りたくなかったのでは?」


「なに、君が興味あるんだったらその男を探してやろうと思ってね」


「なるほど、恩を売ろうとしてわけですね」


「そういうこと」



 忍田はニッコリと笑う。

 その笑みには嫌味がなかった。



「興味ないですね。忍田さんのことだ、どうせ某掲示板のスレの話なんでしょ、それ」


「スマホも持ってないのによく知ってるね」


「スマホがなくてもネットはできますよ?」


「まぁ、君の言う通りなんだが、どうもこの書き込みはホントっぽいんだよね」


「そのお寺が忍田さんの知り合いでしたか?」


「ちょっと遠い知り合いかな。辿ろうと思えば辿れるよ」


「だから興味ないですって……」



 深沢はタバコをもみ消し、灰皿の中へ放った。



「私は流れ者なんで。流れた先にその人がいれば関わりますが、そうじゃなければ知ったことじゃない」



 ニヤリと笑う深沢。

 ニット帽に隠れたはずの瞳が怪しく光る。



「娘に取り殺されるなんて、父親冥利に尽きるってもんじゃないですか?」



 深沢がいなくなった喫煙所で、忍田はまだ一服している。



「そういう考え方だから、僕は君に心置きなく仕事を回せるんだよ」


ここまでお読みいただき、ありがとうございました。


『喫煙所にて』は、【禍津怪異譚】の“幕間壱”として書いた掌編です。

本編とは少し離れた場所で、不吉な男・深沢と、仲介屋の忍田が

世間話のように怪異を語る――そんな構成になっています。


元になっているのは、ネット上でよく見かけるまとめスレの感動話です。

“美談”として扱われているそのエピソードに少なからず違和感を感じてしまい、

それを深沢ならどう見るか?という視点から再構成しました。


怪異とは、感動の裏にも潜むものかも。


幕間壱──と書きましたが、もしかすると、これが最も本質的な話なのかもしれません。

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