第9話 捕らわれの黒ネコ
「この店は、色んなヴァンダニアのものがあって、おもろしいな。せっかくだから全部ヴァンダニアで決めてみようか。ヴァンダニアのタバコは無いのかい? メンソール系が良いな。」
バーテンダーの表情が変わった気がした。
「そう言えば、お客さん、誰にこの店のことを聞いたんだい?」
「いや、誰にも聞いてないよ。俺好みの雰囲気の店だったんで入ってみたんだよ? なんでだい?」
気が付くと、俺の両側に屈強そうな男が座った。
あれ? なにか、またデジャブ的な何かが・・。
「お客さん、もう一度聞くよ。この店、誰に聞いたんだ?」
「いや、だから、誰にも聞いてないって。」
バーテンダーが軽く目くばせすると、左側の男に羽交い締めにされて、右側の男が俺のポケットの中と鞄の中身を調べ始めた。
「おい!こいつ、やっぱり偵察だ。宮廷の広報のID持ってやがる!」
「裏に荷車回せ!」
バーテンダーが凛とした声で指示すると、店内の客全員が一斉に立ち上げって走って表へ出て行った。
「さっきからヴァンダニアの密輸品ばかり気にするんで、怪しいとは思ってたんだ。おまえ、密輸の調査か? それとも薬の方か?」
偽物とはいえ、宮廷広報のID持ってるのを見られてたら言い訳は効かないだろうな。。 まぁ、一応言ってはみるか・・。
「いや、誤解だ。このIDは偽物だ。宮廷には広報なんて部署は無いぞ。」
「あのな、兄さん。どうせなら、もうちょっと人が信じたくなるようなウソつけよ。」
まぁ、俺がこいつらだとしても、同じこと思うよな・・。
「小隊長! 荷車準備できました!」
カウンターの奥から、数人が入って来た。
なるほど、店内の客は全部ヴァンダニア軍人だったのか。国交無いって言ってたからスパイの本拠地ってことだろうな。少しダークサイドで情報を、と思ってたけど、これはダークサイドどころか、完全ダークだったな。まぁ、俺の第六感は当たってたことだけど、これはちとヤバイかな。
「兄さん、少し眠っててもらうぜ。」
そう言うとバーテンダーが俺の口になにかを押し込んだ。
あ・・意識が・・。
ピチャン、ピチャン。
水滴の音がする。
寒気もするな。俺はゆっくりと目を開いた。
ここは何処だろうか? 薄暗い石の壁が見える。明るい方向に目を向けると、鉄格子が見える。とりあえず、ホテルじゃないことは間違いなさそうだ。 次は、身体を確認だ。手足、手錠も足枷も付いてない。ゆっくりと上半身を起こして座ってみた。
「大丈夫?目が覚めた?」
女性の声だ。
声の方を向くと、黒いネコが座っていた。ネコだが、茶色のTシャツのようなものを着て、ゴザのような敷物の上に座っている。
ネコ? 今、喋った? 喋るネコが同じ鉄格子のなかにいる?
「・・え、えぇと。こんにちは。」
「ねぇあなた、どこから来たの? 何をしたの? 何で捕まったの?」
黒ネコが立て続けに質問してきた。
「あ、ちょっと待って。順番に話をしよう。 まず、ここが何処か教えてもらえないかな?」
「あら、ここが何処かも知らなかったの? ここはヴァンダニアのマグメトリア監獄よ。」
「じゃ、ここはヴァンダニア国の中ってことかい?」
「そうよ。ここを知らないってことは、あなたはヴァンダニア人じゃないってことね?」
「あぁ、ヴァルトベルクの酒場でスパイを疑われて、何かを口に入れられて意識を失ったんだ。で、今、起きた、と。」
「ヴァルトベルクってことは、シュバリア王国?」
「シュバリア王国って言うのか? 実は国の名前は聞いてなかった。国王はフレデリック王とか言ってたな。」
「じゃ、あなたはシュバリア人でも無いのね?」
「まぁ、俺のことは一旦ここまでにして、順番に話をしないか、お嬢さん。キミのことを聞かせてもらえないかな?」
「ええ、良いわよ。アタシはニーニャ。ネコ族の末裔。以上、終わり。で、貴方は何処から来たの?」
「え、ネコ族の末裔? それは分かったけど、それで終わり? 何でここに居る、とか、他にも何かあるでしょ。」
「えぇ?無いよ?それで全部。ネコ族だからここに居るんじゃないの、当たり前でしょ。」
「ネコ族だからここに居る? ちょっと何言ってるか解らないな。」
「あら? 貴方本当にヴァンダニアの事何も知らないのね? ネコ族は最下層階級だから街には出られないの。一生このままここに居るのよ。」
「え? じゃ、キミは何か悪いことをして掴まったわけじゃなくて、ネコ族だか、最下層とかだからって理由でここに居るのかい?」
「そうよ? それが普通でしょ? 貴方、本当に何も知らない人みたいね。ますます興味が湧いてきたわ。貴方って、何処から来て、何をしてる人なの?」
「俺かい? 俺は実は異世界から召喚されたレジェンド探偵なんだ。探偵には守秘義務ってのがあって、任務は教える訳にはいかないがな。」
「えぇっ? 貴方ってレジェンド探偵さんなの? 凄いわ! アタシ、探偵さんに会うの初めてよ。ねぇ、名前を聞いても良い?」
「あぁ、俺は朝倉信玄。人は俺を孤高のレジェンド探偵と呼ぶぜ。」