第63話 その男
「お待たせしました、小魚と焦がし乳脂の麦盤と、トマトソースの野菜とベーコン麦盤です。ごゆっくりどうぞ。」
テーブルの上に置かれたのは、表の壁の絵のまんま、まさしくピザだ。
「良い匂いだー。いっただきます。」
ネコ娘がピザ、いや、6等分されてる麦盤の1欠片を持ち上げて、フーフー息をかけて冷ましてる。
オレは、そのままガブっと一口、ピザは熱々で食べるから旨いんだから。
うっわ、熱いっ。 そうだ、このピザ、いや、麦盤はここの窯で焼き立てだった。
なるほど、この麦盤ってのは、生地が薄くてモッチリ、いわゆるイタリア系って感じなんだな。 オレ的にはアメリカンなパンピザより、こっちが好みなんで、この麦盤は大満足だ。
「貴方のも美味しそうね。1枚交換しない?」
ネコ娘が小魚と焦がし乳脂の麦盤を1欠片持ち上げてこちらを見る。
「おぉ、いいな、交換しよう。」
ピザに小魚ってのはあまり食べたことが無いような気がするな。
それに焦がし乳脂って、要するに焼きチーズってことだろ?
それがあうのかな・・。
まぁ、喰ってみよう、喰えばわかるさってヤツだな。
あれ? 想像してたのより旨いぞ。
「小魚の塩気とチーズがバッチリあうな、旨いな、これ。」
「このベーコンもジューシーで美味しいわ。ねぇ、ヴァルトベルクって、美味しい食べ物が多くて良い街ね。」
「あぁ、悪くないな、ここは。」
「街中も平和だしね。」
「あ、そのことだが、昨日の夜、妙な話を聞いたし、実際にこの目でも見たぞ。」
「え?なに? なにがあったの?」
「なにかあったって訳じゃないんだけど、一緒に飲んでた地元の人から相談を受けたんだ。その内容が、全然面識ない人から突然、『今夜の星は綺麗か?』って聞かれるっていうんだ。 質の悪い冗談だと思ってたけど、その後、バンドのボーカルになって歌い終わったら、突然知らない男から『今夜の星は綺麗か?』って聞かれたんだ、オレがこの目で、この耳で聞いたんだから間違いない。」
「貴方の話、途中から話が飛びすぎちゃって全然わからないんだけど、要するに、夜になると、突然『今夜の星は綺麗か?』って聞いてくる人が居たってこと?」
「まぁ、ざっくり言うとそんな感じだ。」
「で? 最後に出てきたバンドのボーカルってなに?」
「あぁ、ウメちゃん、実はバンドのボーカルだったんだ。」
「だから、そのウメちゃんてのは誰なのよ? 貴方興奮してくると話が雑になるわね、なんの話だか全然分からないわよ。順を追ってちゃんと話してくれないと・・。あ、いいわ、右手貸して。」
右手をテーブルの上に出すとネコ娘が両手でオレの右手を握った。
「へぇ、なるほど、屋台でぬる燗で皮骨をしゃぶってったオッサンが急にステージで歌い始めたらびっくりするわね。 うん? あれ? この男? どっかで見たことあるような・・。」
「キミの人の記憶を盗み見るヤツ、説明が省けるって意味では便利ではあるな。」
「ちょっと、その盗み見るって言い方。 『追体験が出来る』のよ。 だいたい、アタシが貴方の記憶を見た後、貴方の頭からその記憶が無くなるの? 無くならないでしょ? じゃ、盗んでないじゃないの。」
「あのな、記憶を盗むってのは表現であって、実際に盗むって意味じゃないんだよ。ほら、スマホのスクリーンに、盗み見防止シートってのがあるだろ? 隣からスマホの画面を覗き込まれても見えないやつ。それだって、別にスマホの画面が本当に盗まれるわけじゃないだろ? うん、キミの場合はそういう基本的な・・・」
「あーっ、思い出した!」
「なんだよ急に。それに、何回も言ってるけど、人が話してるときは上から被せてくるなよ。順番に話さないと会話が成立し・・」
「そんなことどうでも良いのよ。 貴方、ヴァルトベルクに召喚されて最初に入ったバーが暴力バーだったわよね? そこで大男2人に裏口から外に引きずり出されて、ナイフを持った男に追いかけられたのよね?」
「・・暴力バーだってことはわかったうえで、どんなレベルの悪党が居るのかを確認するために入ったわけで、失敗したとかそういうことじゃな・・」
「もう、その余計な説明は要らないの。そのナイフ持って追いかけてきた男、それが昨日、ウメちゃんに『今夜の星は綺麗か?』って聞いたヤツなのよ!」
「えぇっ? そうなのか? オレはナイフ男の顔なんて全然覚えてないぞ。」
「アタシの記憶の追体験は、貴方の目線で見たままのものしか見えないけど、単なる回想だから命の危険も無ければ、逃げる必要もないから、じっくり状況を観察できるのよ。」
「なるほどな。ってことは今回の夜眼水晶盗難は単なる泥棒じゃなくて、なにか大きなことがバックにあるってことだな。」
「そうね。それが証拠に『今夜の星は綺麗か?』って聞いてきたのは、そのナイフ男だけじゃなくて、他にも居たんでしょ?」
「あぁ、だな。こいつは面白くなってきたな。 そうだ、そろそろマルティンさんの店に行く時間じゃないか? マルティンさんの所の雑用の彼次第では最初の扉が開くかもしれないぞ。」




