第55話 鰹節
「ちょっと、耳貸してよ。」
ネコ娘が急に小さな声になって小さく手招きした。
「昨日の夜、貴方が客引きに文句言ってる時に、ぶつかってきた男が居たでしょ? そいつよ、 その男。アタシ、マルティンさんの店でその男見たのよ。」
ネコ娘がオレの耳元で小さな声で囁く。
「えぇっ? そうなのか?」
「しーっ、店内に居るかもしれないんだから、大きな声出さないで!」
声は小さいけど、かなりドスが効いた声だ。
「あ、すまん・・。 で、それは誰?」
ネコ娘と同じくらいの小さな声にした。
「名前までは分かんないよ。 でも、見ればわかるから、見つけたら合図するよ、そうね、合言葉にしようか。そいつ見つけたら、『鰹節』って言うわ。」
「うん・・まぁ、それで良いけど、なんで『鰹節』なんだよ。」
「え?貴方、『鰹節』嫌いなの?」
「いや、好きとか嫌いとかじゃなくてさ、話の途中でいきなり『鰹節』って言いだしたら変だろ。だいたい、普段の会話で『鰹節』なんて言うか? 和食屋が出汁とってるんじゃないんだぞ?」
「お待たせしましたの。これ、友達からもらったんじゃが、良いお茶なんじゃよ。」
マルティンさんがお茶を持って戻ってきた。
「いい香りだ、頂きます。」
口腔にお茶の香りが広がる。
マルティンさんもお茶を飲んで目を細めてる。
ネコ娘は、まだ湯呑をじっと見つめたままだ。
あ、そうか、こいつはネコ舌だったっけな。ネコだけに。
ネコ娘がやっと湯飲み茶わんに口をつけた時に、モップを持った中肉中背の男が倉庫から出てくるのが見えた。
ネコ娘の目が普段よりも少し大きくなると同時に呟いた。
「鰹節の風味だわ。」
「はぇ? か、かつおぶし? このお茶が? えぇぇっ?」
マルティンさんが大きく目を見開いた。
ほら見ろ、変な合言葉にするから余計目立っちゃてるよ・・。
まぁ良い、なるほど、昨日の夜、裏口の通りでオレにぶつかってきたのはこの男か。
「マルティンさん、彼は何をしてる人なんですか? 掃除の人ですかね?」
店から出て行った男の方を指さして聞いてみる。
「え? あ、彼? 彼は雑用じゃよ。荷物を運んだり、掃除したり、何でも屋じゃね。魔道具を勉強したいっていうんで、見習いを兼ねて雑用で雇ったんじゃよ。」
「勉強を兼ねた雑用ね。ということは、彼の勤務時間は店の営業時間と同じってことかな?」
「いや、店が始まる前に掃除したり準備したりがあるから、朝は8時から、夕方は店を閉める6時までじゃよ。」
「その後彼が一人で店に残ることは?」
「それは無いな、わしが最後に店のカギを閉めて帰るからの。 なんじゃ、えらく彼のことが気になるみたいじゃな?」
「実は、昨日の夜、彼が店の裏口の通りを走ってるのを見かけたんだ。 あれは確か夜の9時過ぎだったな。」
「えぇっ? それじゃ、奴が夜眼水晶を持ち出してるのか?」
「まぁ、夜眼水晶を持ってる所を捕まえたわけじゃないから100%ではないけど、昨日の夜、裏口のあたりに居たのは事実だな。」
「よし、そこまで調べてもらったなら、後はワシの役目じゃな。 よし、明日またこの時間に来てくれるかの?」
それだけ言うと、マルティンさんは残りのお茶をグイっと一気に飲んだ。
マルティンさんの魔道具屋を出て、王宮の方へ向かって歩く。
「ねぇ、マルティンさん、どうするつもりかしら?」
「さぁな。でも、多分あの感じだと、あの見習い兼雑用の彼に直接話するんじゃないかな。」
「ちょっと心配だな。あの男が逆切れしてマルティンさんが危ない目にあったりしないと良いけど。」
「まぁ、マルティンさんだって、年はとってるけど、その分経験も相当豊富そうだから、そんな無茶なことはしないだろ。だいたい、魔道具屋のオーナーなんて、普通の人じゃなれないだろ。」
「そうだね、心配ないかもね。」
王級は観光スポットでもあるらしく、周囲には土産物屋や、観光客目当てっぽい、こじゃれたカフェが多くあった。
「へぇ、ナッツとキャラメルの黒糖パフェだって。なんかキラキラで胡麻化してない、大人のパフェって感じがしない?」
ネコ娘が道路に椅子とテーブルを並べただけの小さなカフェの看板を指さした。
「そうか? 別に、特に何も感じないぞ。」
「えぇっ? ナッツとキャラメルの黒糖パフェだよ? ちょっと気にならない?」
「いや全然? だって、ナッツとキャラメルと黒糖が入ったパフェだろ?」
「それじゃそのまんまじゃないの。とにかく、食べてみようよ。ほら、なんでも試してみないとダメでしょ? 何事も経験、ね?」
「まぁ、そう言われればそうだな。それじゃ食べてみるか。」
2人掛けのテーブルに座って、ナッツとキャラメルの黒糖パフェを2つオーダーした。
しばらくすると、背の低い、厚手のガラスの杯が2つ運ばれてきた。
いわゆるパフェっぽい要素が少ない、映えなんか関係ない、味で勝負って言ってるようなパフェだ。
「これはパフェのイメージとはちょっと違う、かなりどっしりした感じの食べものだな。」
「ホントね、アタシもイメージとは大分違ったわ。華やかさが無くって、渋さに全振りした感じよね。」




