第51話 BAR
ムカつくことこの上ないが、まだ時間も早いことだし、飲みなおそう、いやいや、飲み直そうの前に、さっきの店では1杯も飲んでなかったか・・。とにかく、違う店を探すんだ。
10分位歩いただろうか、ぽつぽつと飲み屋がある路地に、『BAR』とだけ書かれた小さな看板が出てる店があった。
ほほう、ちょっとこだわりを感じるな。これこれ、こういう店が良いんだよ。
細目の木製のドアを開いて店内に入る。
想像通り、カウンター席だけの小さな店だった。でも、そこには既に10人ちょっとの先客が居て、残りは数席しかなかった。
「いらっしゃい、ここ、どうぞ。」
薄い口髭を生やした大人しそうなマスターが、奥の方の席を指さした。
客層は、性別も年齢もバラバラだけど、自然とそれぞれが会話と酒を楽しんでる感じだ。良い感じの店ではあるけど、これはこれで、一見客にはハードル高かったかな・・。
「なににしますか?」
マスターがカウンターの中のボトル棚の方を指さした。
大きさも形も色も様々なボトルが並んでる。
「そうだな、バーボンをロックで。」
「バーボンでしたら、おススメはワイルド・グラウス 101年樽です。穀物酒で、若いのは荒いんですが、これは101年樽、氷を入れても、芯が逃げないんです。」
「ほお、101年樽ね、いいじゃないか、それをもらおう。」
ゴトリ。 とく、とく、とく・・・。
重厚感のあるロックグラスがカウンターに置かれて、琥珀色のバーボンが注がれる。
徐々にグラスが満たされていくのをじっと見る。うん、良いじゃないか、バーボンってのは、飲んでる時だけじゃなくて、この瞬間から既にショーは始まってるんだ。
ゴクっ
一口飲むと濃厚さが口いっぱいに広がった。焦げた樽の香りも良い感じだ。
「うん、これは良いな。」
「ワイルド・グラウス 101年樽ですか、僕も好きなんですよ、良いバーボンですよね。舌先に広がるハチミツの甘さと、後から追いかけてくる樽の焦げた香ばしさ、なんというか、まるで古い図書館の木の匂いまで混ざったみたいな感じがするんですよ。」
隣の客が極自然に話しかけてきた。
「古い図書館の木の匂い、なるほど。樽の精霊が、時間の流れを封じ込めてる、みたいな味だな。」
「樽の精霊が時間の流れを封じ込めてる、ですか。バーボン愛を感じますよ。相当お好きなんですね?」
「あぁ、バーボンロックはオレの相棒なんだ。」
「それは良い相棒をお持ちで。 では、相棒殿に乾杯。」
隣の客はそういって、自分のグラスを軽く持ち上げて、乾杯の仕草をして、コクっと飲んだ。
「ところで今日の貴方の相棒は?」
「あぁ、これはエルデン・シェード の8年樽だよ。森のハーブや松の樹液の風味と微かなナッツの甘みが好きでね。」
「エルデン・シェード? 初めて聞いたな。」
「おや? あなたはヴァルトベルクの人じゃないんだね? エルデン・シェードはヴァルトベルクの地酒みたいなもんだよ。」
「そうなのか、面白そうだ、次に飲んでみよう。ところで、ヴァルトベルクの地酒ってのは、他にもあるのかい?」
「あぁ、ヴァルトベルクでは各公爵家がそれぞれ自分の酒を造るんだよ。だから、地酒が侯爵家の数だけあるんだ。」
「それは面白いな。侯爵家ってのはどれくらいあるんだい?」
「ヴァルトベルクは12の侯爵家があるんだよ。その内訳は、大侯爵家が2つ、中侯爵家が6つ、後は小侯爵家が4つだな。 ちなみに、このエルデン・シェードは大侯爵家が造ってるんだ。大侯爵家だと、王族にもある程度の影響があるって話だしな。 だから、これを飲むと、ちょっと大侯爵の気分も味わえるってのもあったりするかな。 ははは。」
「大侯爵の気分か、そりゃ良いな。オレも味わってみたいもんだ。」
「ただ、最近は大侯爵様も、街の外の警戒で結構大変らしいぜ。 ほら、昨日もまた商人の隊列が襲われたんだって話だし。物騒だよな。」
更に隣の席の客が話に加わってきた。
こういう客層だから一見客でも輪に入れるんで、こういういい雰囲気の店になってるんだな。 それにしても、また街の外で商人が襲われたのか。
「オレは昨日も酒場でそんな話を聞いたな。でも、ヴァルトベルクには最強と言われてる騎士団が居るんじゃないのか?」
「騎士団は王家の直属なんで、領地内、街の中にしか居ないのさ。 だから街の外の警戒には、侯爵家が対処するんだ。 で、もちろん、実力からしても大侯爵家が一番対応することになるからな。 警戒部隊の運用は相当金もかかるし、大変なのさ。 なにせ、騎士団は範囲が決まってるけど、街の外にはきりが無いからな。」
その後も、色んな話で盛り上がったが、事件に関連しそうな話は無く、シンプルに、楽しく飲んだってだけだった。
そろそろ深夜零時、というころになって、客が帰り始める。
特に営業時間、みたいな無粋な張り紙があったりはしなかったが、この様子を見る限り、だいたい目安は12時までで閉店ってことなんだろうと、オレも店を出て宿へ戻った。




