第5話 目覚めの花壇
「おい君、起きろよ。おい君!」
うん? また誰かに呼ばれてるような・・。頭が割れそうにズキズキして、気持ちも悪い。 デジャブか? また違う世界に召喚されたのか?
「おい君、大丈夫か?」
脈に合わせてズキズキと痛む頭痛を我慢して、ゆっくりと目を開けてみた。
目の前にはほうきを持った老人が立っている。
ん?ここはどこだ? 手には土が付いている。え?なんだ? 体を起こすと周囲が葉っぱだらけ、いや、花も咲いている。なんだこりゃ?遂にあの世に着いたのか?
「あーあ、せっかくの花がぐしゃぐしゃじゃないか。とっとと花壇から出てってくれよ。」
老人が俺を睨んでいる。
え?花壇? 俺は頭痛に耐えて立ち上がった。
あ、ここは見たことがあるぞ、街の歓楽街の入り口にあった花壇だ。で、何故俺は花壇に居るんだ? 昨日は良い感じの酒場で軽く飲んで、いや、途中までは軽く飲んでたけど、ヴァルトベルク名物の香草ジンを1本空けて・・その後は記憶が無いぞ。もしかして・・・
「いや、すまんすまん。少し酒が回っていたようだ。」
老人に謝って花壇から離れて、噴水のある広場のベンチに座った。
そうか、調子に乗って飲みすぎて、そのまま花壇で寝こんだんだな。まずはこの頭痛と吐き気をなんとかしないとな。熱いコーヒーでも飲もうか、ちょうどコーヒーの屋台も出てるしな。
コーヒー屋台でメニューを見る。アメリカン、ブレンド、カプチーノ、いいね、カプチーノにしよう。カプチーノは230WDだな、
あれ?金、ってか財布が無いぞ。あらら?やばいな、酔っぱらって花壇で寝てて財布を取られたか。。身分証明書が残ってることだけが救いだな。仕方が無い、一旦宮殿へ戻ろう。
宮殿の衛兵小屋を訪ねると、昨夜俺を捕まえた衛兵達が居た。
「失礼する。ガラハッド近衛騎士団長にお取次ぎ願いたい。」
「あぁ、あなたは、特務中の方でしたね。少々お待ちください。」
俺は衛兵に顔を覚えられたようだ。まぁ、昨晩手錠をかけられて、その後騎士団長から説明があったばかりだろうから、忘れるわけもないと思うが。
「朝倉殿、ガラハッド団長は執務室でお待ちとのことです。どうぞ、こちらから。」
衛兵が通用門を開けてくれた。
宮殿に入り、近衛騎士団長室のドアをノックする。
「朝倉です。」
「どうぞ。」
ガチャ。
騎士団長室にはガラハッドだけしか居なかった。
「おや、朝倉殿、どういたしたのだ? なぜ全身土まみれなのだ? 葉っぱのようなものも付いておるぞ。なにがあったのだ?」
「昨夜はヴァルトベルクに関する情報収集を行ったのだが、少し飛ばしすぎてしまったようだ。」
「朝倉殿の話はいつも難解であるな。その様子では、どうせまた何かしでかしたのであろう? 正直に述べてみよ。」
相変わらず団長はするどいな。オレは顛末を説明した。
「いきなり歓楽街の裏道の暴力バーに入って、身ぐるみ剝がされて一目散に逃げ帰って、その後すぐ、またしても酒場に入って、今度は泥酔して歓楽街の花壇で寝込んでいる内に財布を取られた、ということかね?」
「まぁ、間違ってはいないな。」
「朝倉殿、作戦開始から、まだ1日も経過していないのに、既に2度も活動資金を無くして、成果はゼロってことであるか?」
「いや、成果はあったさ。ヴァルトベルクの名物は鳥の香草煮込みで、それは香草の入ったジンと相性が良いんだ。」
「朝倉殿、ヴァルトベルク名物、鳥の香草煮込みと薬草ジンの情報は、わざわざ調べて頂かなくとも、観光案内所でもらえるガイドブックにも書かれておるぞ。必要なら衛兵食堂でも試食できる。そもそも、貴殿は本当にレジェンド・ディテクティブなのであろうな?貴殿の召喚には、とてつもない費用と労力がかかっておるのだぞ。」
「わかっている、正直に申し訳ない。不覚を取ってしまった。ただ、いきなり異世界に連れて来られて、いきなり全力で動けるわけでもない、ということも、ご理解頂きたい。」
「まぁ、貴殿の意見にも一理あるな。もう一度活動費を準備するので、今度こそ全力で作戦遂行願いたい。」
「もちろん、承知した。」
俺は街に戻った。
情報収集の前に、一旦落ち着いて準備をしよう、いきなり情報収集の最前線に出たことが失敗の要因だろう。まずはベースを作らないと。そう、宿だな。案件の性格上、同じ宿に居ては足がついてしまうので、1週間毎に宿を移ることにしよう。今はまだ幅広く情報収集する段階なので、やはり歓楽街をベースにしたほうが効率が良いだろうな。
歓楽街から一本裏の道に小さいが、雰囲気のよさそうな宿があった。
値段も手頃だ。金額で選ぶようなことはしたくないが、2度続けて活動資金を無くしたばかりだから、当面は追加資金を頼むのを避けたいから、ちょうど良いな。
まずは、予定通り1週間分、宿代を先払いして部屋へ通してもらった。
決して広くは無いけど、日本のビジネスホテルみたいな窮屈感も無い、というか、物がベッドと机しかない部屋だった。窓からは隣の家の屋根越しに街も少し見える。これこれ、こういう感じの宿が良いんだよ。ここが今日から俺の基地になるのさ。