第3話 最初の店
街は活気があって、かなり文化的にも発展しているようだ。
ハードボイルドな探偵が情報収集すると言えば酒場、それも歓楽街にあるようなちゃらちゃらした店じゃなくて、暗くて細い裏道にあるしょぼくれたバーだと相場が決まってるのさ。そんな店は、あ、あった。年季を感じさせる古い扉、錆びついて、半分ライトが切れてる看板、俺のアンテナがビンビン反応してるぞ。
ゆっくりと扉を開ける。
ギィッ。
おぉっ、良い感じに油がきれた扉だ、いいぞ、この店。
店内は、タバコの香りで満たされているが、客は誰も居ない。
俺はカウンターに座った。
「バーボン、ロックで。」
ゴンッ。
無愛想を絵に書いたようなマスターが重そうなグラスを俺の目の前に置いた。
こういう無愛想なヤツの方が、気を許した後には仲間になれるもんなんだよ。
トトトトトト・・。
マスターがバーボンをグラスにたっぷりと注ぐ。
ワンフィンガーとかツーフィンガーとか、そんなしゃれた単位じゃなく、ガッツリ飲む、これが、こういうバーでのルール、まさしく俺にふさわしい店じゃないか。この店なら俺と波長があうに決まってる。
「よぉ、マスター、オレは旅のものなんだが、最近面白い話はないのかい?」
「へぇ、アンタ、旅の人かい。こんな店に珍しいな。」
「あぁ、ここは良い店だ。オレと同じ匂いがするからな。」
「そうかい、あんたと同じ匂いか、それはありがとよ。」
マスターがそう言い終わると直ぐ。
ギィッ。
扉が開いて、2人の大男が入って来て、そのままオレの両隣に座った。
常連客か。これは面白い話しが聞ける展開が始まったな。俺のアンテナに間違いは無かったな。
「よお、お兄さんよ、この辺で見ない面だと思ったら、旅の人か。ここらは一見さんが来るような場所じゃないんだぜ。でも、せっかく来てくれたんだから、俺らとちょっと遊ぼうか。」
えぇ? 俺が答える前に肩と腰を両側から抱えられて、そのままバーの奥の裏口ドアから外の路地へ連れ出されてしまった。
「さて、まずは有り金全部出して、身軽になろうか、なぁ、旅のお兄さんよぉ。」
男の右手には大きなナイフが光っている。
何だこれは、最初に入った一件目が暴力バーだったとは・・。
まったく、いきなり大立ち回りをする羽目になるとは、レジェンド探偵らしいと言えばらしい展開ではあるけど。いや、一旦ハードボイルドは封印して、大人としての余裕を見せておくか。
「オーケー、わかったよ。金は置いていくから、とにかくオレを解放してくれないか。なにせ旅の途中なんだ。」
「ふん、それは兄さんが置いていく金次第だな。」
俺はさっき受け取った金貨を見せる。
男たちの目が輝いてゆっくりと俺に向かってくる。
よし、今だ。
金貨を男たちの後ろへ向かって放り投げる。
「おい、なにしやがるんだ!」
2人が金貨へ向かって走り出した、その瞬間、俺は路地の出口へ向かって全力で走り出した。
走る、走る、流れる汗もそのままに。
宮殿の正門に向かって全力疾走する。
うわ、息が苦しい。足がイメージ通りに動かない。
正門が見えてきた、もう少し、もう少しだけ動いてくれ俺の足。
両足が絡まるように正門の衛兵小屋の前に滑り込んだ。
同時に衛兵小屋から衛視達が飛び出してくる。よし、これでもう安全だ。
「何者だ!」
あ、そうか。衛兵達はオレの顔を知らなかったな。そうだ宮廷広報の身分証明書を見せよう。
息が苦しすぎて話すことも出来ない。
「はぁ、はぁ、ま、待て。 怪しいものじゃない。はぁ。はぁ。 こ、これを・・」
身分証明書を取り出そうと上着の内ポケットへ手を入れた瞬間、衛兵達に両手を拘束されてしまった。
「はぁ、はぁ。待てってば、はぁはぁはぁ。」
「動くな!」
俺は衛兵に手錠をかけられてしまった。本来、レジェンド探偵の俺にとって、息さえ上がってなければこんな衛兵の10人位一撃で倒せるのだが、一仕事終えて、更に全力疾走した後では流石の俺でも少しばかり敵わなかった。
衛兵たちは俺を衛兵小屋へ連行し、身体検査と持ち物検査を始める。
よし、これで俺の身分が証明されるぞ。
「おい、なんだこれは! 宮廷の広報? 貴様、どのでこんな偽造証明書を作った! 本部へ連行しろ!」
あららら? 問答無用で偽証明書扱い?
あ、そういえば、実際にはそんな担当者は居ないって言ってたな。衛兵ならそれを知ってるんだな。
結局俺は宮殿敷地内の牢屋に入れられてしまった。
まぁ、この程度のトラブルはレジェンド探偵の俺にとっては朝飯前だから問題ないが、どの戦略で対処するべきだろうか、よし、この手で行くか。
「頼みます、近衛騎士団長に会わせて下さい!」
牢屋の檻を掴んで大きな声で懇願した。
叫び続けるオレを不憫に思ったのか、宮廷の偽証明書のせいなのか、30分ほど経ったところでガラハッド騎士団長がやってきた。
ガラハッドが指示すると、牢の扉が開けられた。
「朝倉殿、何があったのかね? ともかく一旦私の執務室へ移動願おうか。」
ふぅ、助かった。