第16話 ヴォイドベル
「おい、おい、また鉄格子かよ。」
「心配しなくても処刑の準備が出来るまでの辛抱だ。」
警備兵がブツブツ言いながらオレの鉄製の腕輪を外して、鉄格子のドアを開けて監獄の中へ突き飛ばされた。
「おい、処刑の準備ってなんだよ! オレはスパイじゃないんだから、今すぐ開放しろよ!」
「はぁ? たとえスパイじゃなくてもヴォイドベルなら処刑対象に決まってんだろ。おまえみたいに自分からヴォイドベルの幹部だって自信満々に名乗ったヤツは初めて見たぞ、お前はアホなのか? だいたい、この場所とエルネスト審問官様の顔を見たヤツが生きて返されるとでも思ってたのかよ、おめでたいヤツだな。ふん!」
そう言い捨てて、剣の音をガチャガチャさせながら警備兵が階段を登っていってしまった。
「おかえり。」
相変わらず、ゴザのような敷物の上に座ったままの黒いネコが出迎えてくれた。
「おう、元気だったか。」
「それはこっちのセリフでしょ。貴方は大丈夫だったの?」
「オレか?オレは大丈夫に決まってる。」
「ま、貴方ならそう言うと思ってたけどね。で、真面目な話、なんだったの?」
「まぁ、当たり前の話を聞かれただけ、オレがここに連れてこられた理由さ。」
「そうだった、貴方たしかスパイを疑われたって言ってたわよね? その理由を聞かれたってことよね? ねぇ、教えてよ、どんな話だったの?」
「キミに話す必要はないだろ。それもオレの機密情報ってヤツさ。」
「またぁ、そんなこと言わないで、お・ね・が・い。」
ネコ娘がオレの右頬を撫でる。
くそ、またゾクっとしちゃったよ。相手はネコだってのに。
「わかったよ、少しだけだぞ。オレはとある極秘任務の情報収集中、隣国のマフィア幹部が集まってる、っていう店の噂を掴んだんだ。もちろん速攻で潜入捜査を開始したさ。そして色んな重要情報を引き出したんだ。まぁ、オレのようなレジェンド探偵には容易い仕事だったがな。ただ、流石のオレも少し焦ってたのかもしれねぇな、ちょっとヤリすぎちまったんだろうな。ヤツらがオレに疑いを持ち始めて、持ち物をチェックされたんだけど、そこでオレの持ってる宮廷の広報のIDが見られちまったんだ。あぁ、説明してなかったな、オレは任務の重要性と特殊性から、シュバリア国王から直々に宮廷広報のIDが与えれてるのさ。それでスパイを疑われてここへ連れてこられたって訳さ。」
「そうだったんだ。それで貴方は特殊任務のことを話したの?」
「いや、それはないな。レジェンド探偵にとって、クライアントの情報保護は絶対だからな。」
「じゃ、なんて話をしたの?」
「まぁ、オレ位のレジェンド探偵になると、どんなストーリーでも即興で生み出せるから、さっきキミから聞いたヴォイドベルの話を使って、面白い話を作って聞かせてやったのさ。」
「なるほどね。でも警備兵の言ってたとおり、ヴォイドベルも処刑されるのよ?」
「え、だってキミはそんな話してくれなかったじゃないか。だから、ヴォイドベルの話をしたんだぞ。」
「スパイ容疑は消えたかもしれないけど、ヴォイドベルを自白して、それで処刑されちゃ結果は同じよね。」
「いや、その、処刑ってのはマジなのか?」
「そうね、ここには色んな人が入ってきたけど、今はアタシしか居ない、っていうのが答えかな。」
「それはおかしいじゃないか。本当に処刑されてるならキミだって処刑されるんじゃないのか?」
「それがそうでも無いのよ。ネコ族が監獄に閉じ込められてるのには伝説が関係してるらしいんだよね。」
「伝説? なんだそりゃ?」
「ヴァンダニアの伝説でね、ネコ族が大災害の鍵だっていうのがあるんだ。」
「大災害の鍵ってなんだよ?」
「なんでも昔、ネコ族を処刑した後に火山が噴火したことがあって、その後もネコ族を処刑するたびに大地震や大津波が起きたんだって。だからネコ族は大災害の鍵なんだってさ。」
「ネコ族にはそんな力があったのか。」
「いや、ないでしょ。単なる偶然でしょ。だって、それならアタシらが病気でも、事故でも老衰でも、死んだら何かがおきちゃうでしょ。」
「そりゃそうだな。」
「そんな伝説のせいで、アタシ達は殺されないけど捉えらえるってこと。」
「そんなことのためにキミは一生ここで暮らすってことか。そりゃ酷いな。」
「アタシもそう思うよ。でもさ、ヴォイドベルを語って処刑されちゃうよりはマシかもね。」
「そうだった、それだよ。オレって今、絶体絶命じゃないか。」
「処刑が行われるのは、手続きがあるからとかで、大体2、3日後だよ。」
「2,3日後? それって、すぐじゃないか。」
「そうだね、せっかく仲良くなれたと思ったんだけど、アタシ、また一人になっちゃうね。」
ネコ娘がすっと両手を出してきたので、つい手を握ってしまった。
いかん、手を握るとコイツ、変な能力を使うんだった。
手を振りほどこうとしたが、ネコ娘にしっかりと握られてる。