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87.操り令嬢の決別。

**


 ーー同時刻、オゥルディ帝国にて。


 キャメル伯爵家の贅を尽くされた屋敷では、突如として押し入ってきたクレンメ辺境伯領の騎士達とその主に刃を向けられ阿鼻叫喚となっていた。


「貴様らっ! ここが何処だか分かっているんだろうなっ!!」


 本来ならこの時間叫び声と混乱が生じるのは襲撃される宮廷であったはずなのに。


「陛下の命を拝したロイド・クレンメが国家反逆の罪で、貴様らを捕縛する」


「国家反逆、だと?」


「キャメル伯爵。それともローウェンファミリアの頭領の方が良いか? 残念だったな、宮廷は無事だ」


 襲撃される前に全て捕らえたとキャメル伯爵の野望が消えたことをロイドは告げる。


「何を言っている? 私は無関係だ」


「無駄ですわ、お父様」


 現れたのは、グレイスだった。


「全て、証拠は揃っておりますから」


「なっ!?」


 そんなわけはない。

 だって自分は何もしていない(・・・・・・・)のだから。

 そんなキャメル伯爵に優雅に微笑んだグレイスは、


「お父様が教えてくださったのではありませんか? どうすれば正しく相手を導けるのか、を」


 証拠がないのなら、作ればいい。

 そうしてグレイスはいくつも手ほどきを受けた。

 相手を思い通りに動かし、陥れる方法を。

 だが、キャメル伯爵は怪訝そうな顔をするだけで、状況を理解できていない様子だった。

 そんな父親の顔に、グレイスは冷めた気持ちでため息をつくと、


「本当に覚えがないのですね。お手数ですが、父に見せてあげてくださいませんか?」


 ロイドにそう頼む。

 それを受けてロイドが懐から取り出しキャメル伯爵に突きつけたのは、皇帝陛下の名で命令が下された書面と魔道具から再生されたキャメル伯爵がいつものようにグレイスに命を下している映像だった。


「なんだ、コレは」


「鮮明に撮れているでしょう? 音声まで、ハッキリと。アルカ・オッド・ホープ侯爵令嬢の新作なの」


 その魔道具にはアルカの名と魔棟公認の印が刻まれていた。つまり、性能は魔棟のお墨付きだ。


「先日、帝国の未来についてお話ししたではありませんか? そちらを収めましたの。ぜひ皆さまにもお父様の"夢"を聞いて頂きたくて」


 キャメル伯爵は企てをつぶやくだけ。

 この男はその後手を出す事はない。本来なら消えるだけの言葉をグレイスは証拠として提示した。

 キャメル伯爵をおだて、煽り、国家反逆を企てているという決定的なセリフを話術で引き出し魔道具に残すことで。


「グレイス! 貴様っ!!」


 睨んでくる自分と同じ紫紺の瞳。

 だけど、グレイスはもう怖いとは思わない。

 裏稼業だけでなく、表の仕事や領地経営に至るまで全て優秀過ぎる娘に押しつけるただの寄生虫。

 ネタが割れてしまえばなんてことはなかった。


『あなたがいう"世界"なんてモノはせいぜいキャメル伯爵の手の届く範囲くらいなモノでしょう』


「……ふふ。本当、あの子(・・・)の言った通りだわ」


 グレイスはそう言った天色の瞳を思い出し、苦笑する。


「私は、何でこんな小物相手に怯えていたのかしら?」


 グレイスは今までの人生に思いを馳せる。

 蓋を開けてみれば何のことはない。

 あれほど恐ろしいと思っていた父親は、ただただ己の欲に忠実なだけの小悪党で。

 高い場所でふんぞりかえり搾取するだけで、娘の裏切りにすら気づかない。

 今のグレイスにとっては取るに足らない存在だった。


「全て、私が作り出した"幻影"だったのね」


 グレイスを恐怖で縛りつけ、何もかも思い通りに実現させる裏組織を牛耳る神様のような支配者なんて存在しない。

 父親は"こうしろ"と望みをつぶやいただけで、そこに至る過程を考えたのも結果を生み出したのもグレイス自身。

 今のローウェンファミリアは全部、グレイスの力で大きくなっただけなのに。

 そんな事にも長い間気づけなかった。


「私は、なんて愚かなのかしら」


 グレイスの頬を一筋涙が伝った。


「連れていけ」


 ロイドが冷酷に終焉を告げる。

 今なお喚き続けるキャメル伯爵は、屈強な辺境伯領の騎士達に強制的に連行されていった。

 それを見送ったロイドは、


「グレイス・キャメル伯爵令嬢。あなたにも同様に国家反逆の容疑がかかっている」


 そう言って手枷をはめようとする。


「待って、ロイド様! グレイスは逃げたりしませんわ」


 それを止めたのはドロシーだった。


「今回、一斉検挙ができたのも宮廷の襲撃を止められたのも全部グレイスの手引きがあったからで」


「しかし、ドロシー」


 ロイドも詳細はセルヴィスから聞いているし、実際グレイスがもう抵抗することも逃亡することもしないことは分かっていた。

 だが、出ている命令はキャメル一族全ての捕縛。情状酌量の余地があるとはいえ、実行役あるグレイスを拘束もせず連れて行くわけにはいかなかった。


「構いませんわ、クレンメ辺境伯夫人」


 ドロシーを今の身分でそう呼んだグレイスは、自らドロシーの方に両手を差し出す。


「ですが、もし情けをかけてくださるなら、夫人の手で」


 穏やかな声で、淑女らしく微笑むグレイス。

 それを見てドロシーはいつも自分の事を嗜めてくれていたグレイスの姿を思い出す。

 少々やんちゃ過ぎる欠点も、情に流されやすく貴族として正しく振る舞えなかった時も。

 いつもフォローしてくれていた、親友はこれから先のドロシーの人生にはもういない。

 だから、辺境伯夫人としてしっかりなさいというグレイスからの最後の忠告なのだと受け取ったドロシーは、ぐっと唇を噛み締めて、


「辺境伯権限により、被疑者グレイス・キャメル伯爵令嬢を国家反逆の容疑で捕縛します」


 涙をいっぱいに溜めながら、グレイスの手に手枷をかけた。


「私を捕まえに来たのがあなたで良かった。ドロシー」


 そう言って満足気にグレイスが笑い、凛と背筋を伸ばして歩き出す。

 その姿は間違いなく社交界の憧れの的淑女の鑑と呼ばれたグレイス・ド・キャメル伯爵令嬢で。


「バカグレイスーーーー」


 後ろで啜り泣く声を聞きながら、本気で心配し、泣いてくれる誰かがいるなんて、私はなんて幸せだったんだろうと思いながらグレイスは静かに目を伏せた。

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