85.人外陛下を変えたモノ。
イザベラとリィルの密会から2週間後の満月の夜、クローゼアの王城は予定通り襲撃計画は実行された。
「順調だなぁ、ハリス大公」
城内に響く絶望と混乱の悲鳴を聞きながら、今回のクローゼア襲撃に一枚噛んでいるガメール公爵が、手引きしたハリス大公にそう話かける。
「くくっ、クローゼア王がどんなふうにのたうち回りながら死ぬのか楽しみだ」
禍々しい色をした瓶を振り、楽しそうにガメール公爵はつぶやく。
瓶の中身は"死の霧"。クローゼアの王城からガメール公爵が盗み出したものだった。
捉えたカルーテの人間と共にそれを城内に散布した。
事前に抗体を打った自分達以外ドンドン倒れていく様は実に愉快な光景だった。
「サーシャ・アステラードには感謝して欲しいものだ! 祖国であるカルーテを滅ぼし、主人を蹂躙した男への復讐を果たせるのだから」
しかも自分で生み出した最高の毒で、と下卑た笑いを浮かべるガメール公爵は、
「愚王を退け、第一継承者を葬った今、空いた玉座はようやく私の手に届く! ハリス大公! 我が国と貴殿の国が手を組めばあの蛮族が治める帝国だってすぐ落ちる!」
まだ何も手にしていないくせによくここまで吠えられるものだと高笑いの止まらないガメール公爵を冷めた気持ちで眺めたハリス大公は、
「ああ、なんの問題もない。だから黙っていろ」
重く静かに響く声で肯定してやった。
威圧的な声に身が竦み、ガメール公爵は急に話し方を忘れる。
コレだから戦争を知らない若造は、と舌打ちしたハリス大公は、
「手筈通りやれ。全て皆殺しだ」
そう言って開戦を告げた。
戦争をはじめるための大義ならある。
ジェシカ・ローウェンが用意した契約書と筋書き通り、カルーテの残党による反逆。
独自の人脈で反逆を察知したガメール公爵に助けを求められ、悲劇を終わらせるために戦争王たる自分はここにいるのだ。
ただし、全てが終わる頃にはクローゼア王もそしてガメール公爵も不幸にも争いに巻き込まれ亡き者になっているけれど。
正義は常に勝者が作るものだ。
真相など、どうとでも改ざんできる。
空の玉座を預かるという程でのクローゼアの制圧。そして、この国を拠点として、次は帝国の玉座を手中に収める。
いつまでもあんな出来損ないに玉座を預けてなるものか。
破滅の物語の行く末は決まっている。この玉座の間へと続く一本道のように。
「さぁ、悪を討てーーーっ」
怒号と共にドアを破った瞬間だった。
「遅い」
待ちくたびれた、とつまらなそうに彼らを出迎えたのはたった一人。
冷酷な獣のように鋭い紺碧の瞳と漆黒の夜のような真っ黒な髪が印象的な、圧倒的強者。
「……セルヴィス・ロダリオ・オゥルディ。何故、貴様が」
どうしてセルヴィスがココにいるのか、とハリス大公は戸惑う。
セルヴィスがクローゼアに来ていることは把握していた。
だからこそ制圧に出向く日の偽情報を流していたし、現在の襲撃は"こちらが把握していた日より早く反逆が起きたためやむを得ず出立した"という程にしていたというのに。
それよりも、何よりも。
「何故? おかしなことをいう。妻に請われたからな。盗人から祖国を守って欲しい、と」
知っていただろう、と口角を上げセルヴィスは薄く冷酷な笑みを浮かべる。
大きなガラス越しに満月の光を浴びてもなおヒト型と理性を保つセルヴィスに、獣人の血を引く呪いに侵されている様子は見受けられない。
全てを見透かした双眸にハリス大公の神経は逆撫でられ怒りは急速に沸点を超える。
「違う!! 何故、貴様がヒトの形を保っているのかと聞いているのだーー!!」
わざわざセルヴィスが動けない満月の夜に、クローゼアの襲撃とオゥルディ帝国の宮廷制圧を同時に実行した。
計画は完璧だったはずなのに。
否、完璧にすればいい。
今から、この手で。
「かかれー! たかが化け物一匹だーーーー!!」
「情報が古いんだよ。老害が」
まるで全てを奪い取る死神のように静かに剣を構えたセルヴィスは、
「それに俺は化け物じゃない」
はっきりとそう告げる。
自信に溢れたそこには迷いも劣等感もなかった。
『ヴィーは化け物なんかじゃない。私利私欲で誰かを傷つけたりしない、とても強くて優しい人です』
セルヴィスはそう言って自分を肯定してくれた天色の瞳を想う。
自分はそんな立派な人間ではないけれど、彼女がそうだというなら、そうありたいと思うのだ。
「さて、因縁と決着をつけるとしよう」
だから、立ち塞がるものは薙ぎ倒す。
誇れる自分になるために。
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