83.偽物姫のお茶会。
全員がテーブルについたところで私はポットを注ぎ、お茶を用意する。
一つを警戒心を滲ませるグレイスの前に置き、
「ジャスミン茶よ。ああ、勿論毒入りじゃない方の」
そう言って自分の分のカップを引き寄せた私はそれを飲んでみせた。
私をまじまじと見返す紫紺の瞳に笑いかけ、
「今ので察しがついていると思うけれど、陛下の子を孕ってなどいないわ。あなたとお話しがしたくて、そう思わせるように振る舞っていただけ」
陛下にもご協力頂いたの、と私は真相を告げる。
「せっかくだから飲んで頂戴。あなたのお茶会ほど素敵ではないかもしれないけれど、お茶を淹れるのには自信があってよ?」
そう言って勧める。
一瞬逡巡したような表情を浮かべたグレイスは、
「つまり、陛下もグルなのね」
勧められたジャスミン茶を飲み込んで、
「それで? わざわざ元敵国の王女を使って、どうしようというのかしら?」
棘を隠しもせず私にそう尋ね、
「私を捕まえたとて、キャメル伯爵家は大した痛手を負わないし、ローウェンファミリアは無くならない」
淡々とした口調で事実を告げた。
私の暗殺を企だてたのはグレイスの独断。
嫁いだ娘のことは知らないとハリス大公家に責を押しつけてしまえば、キャメル伯爵家は言い逃れられるだろうし、失敗した時に備えてそうなるように手配もして来ている事ことは想定済みだ。
だけど、それがどうしたと私はゆっくり息を吐く。
ポケットの中に入っている私が運命を決めたコイン。
これに細工を施し、イザベラとして帝国行きを決めたように、いつだって私は私の運命を自分で選んできた。
この"交渉"に全部がかかっている。
グレイスをこちら側に引き込むの、と私は負けなしのイザベラを思い浮かべ、
「でしょうね」
と涼しい笑みを浮かべた。
「ところで、私特製のお茶のお味はどうだったかしら?」
「………。」
「ふふっ、そう警戒しないで? さっきも言った通り毒は入ってないわ。ただ奥歯に仕込んであった毒を中和しただけよ。ついでにさっきのシャワーで爪先の毒も綺麗に消しといたわ」
エリックから聞き出した情報の中にはグレイスに関するものもあった。
いつでも使い捨てられるよう彼女の身体には毒が仕込まれている、と。
「……えっ?」
私のセリフに驚き、バッと手元を見たグレイスに、
「"死の霧"。あなたたちがクローゼアから持って行ったのはそれだけじゃないでしょう?」
と私は言葉を続ける。
『あなたのことは解毒してあげますからご安心ください』
死の霧を町中でばら撒こうとした男は確かにそう言っていた。
あの毒を作り出した先生が、無効化できないかと研究していたモノも持ち出したに違いない。
「でも残念。流出したモノは、先生の努力の上澄に過ぎず完全な解毒剤の完成はできなかったはずよ。こんな風に勝手に使われないように先生が毒消しの生成法の一部はわざと偽物のレシピに置き換えてあるから」
正しい解毒のレシピはサーシャ先生の頭の中にしか存在しない。
とはいえ、発症した人間の症状を抑える薬はできても作った毒そのものを無毒化するには至っていない。
だがその過程である程度の毒には有効な毒消しの生成に成功した。
毒を盛られる事が常である私のために生成し保管してあった毒消しをクローゼア王城に出向いたついでにもらってきた。
それをグレイスにかけたライム水と先程出したお茶に混ぜ使用したのだ。
「そんな……こと、できるわけ」
消えそうな声で反論するグレイスに、
「美味しいでしょ。毒に怯えずに飲めるお茶は」
私は静かにそう言葉を重ねる。
ぐっと、何かを堪えるように紫紺の瞳が揺らぎ、グレイスは黙り込む。
色んな感情がごちゃ混ぜになって、どう返せばいいか分からないみたいに。
その気持ちなら少しだけ分かる。
私も"安全"とは無縁の場所で生きてきた。だからセルヴィス様から与えられた安全の保証が当初は信じられなかった。
だけど今は何度だって差し伸べてくれたその優しさを信じているし、毒に怯えなくていい食事に毎日感謝している。
そして思うのだ。これが誰にとっても"当たり前"であったら、と。
「ああ、そうだ。あなたの計画だけど、失敗するわよ。満月の呪い解いちゃったから」
だから私はグレイスを更に追いつめる。
彼女に気づいて欲しいから。
「嘘よ! 獣人の力の暴走は簡単には抑えられないはずよ」
信じられないと言いたげな表情で叫ぶグレイス。
「やっぱり、陛下が獣人の力をお持ちだと知っていたのね」
以前セルヴィス様が自身の特性について"別に隠していない"と言っていた。
宮廷内、それも上層部に出入り出来る立場であるキャメル伯爵なら知っていても不思議ではない。そしてその情報は当然グレイスに共有していたはずだ。
「だから、わざわざ満月の夜を待ってクローゼアに仕掛けることにしたのでしょう? 陛下が動けないように、と」
だけど、セルヴィス様の弱点とも言える満月はミリア様の残した薬のレシピによって克服済み。
薬の効果がどれほど持つか検証中だったため、セルヴィス様は今までと変わらず満月の夜姿を消していた。だからそこまでは把握されていなかったのだろう。
「お生憎様。陛下が弱点を克服された以上、事を収めるのに数日とかからない。そんな僅かな隙に帝国を落とすなんて不可能だし、そもそも隙ができないように陛下はすでに手を打っておいでよ」
テーブルに置いた書類にグレイスが手を伸ばす。
その手紙にはセルヴィス様からの要請を受けドロシーが嫁いだ辺境伯家が全面的に協力する旨が書かれていた。
いくらセルヴィス様が圧倒的な力を持っていたとしても、結局は数の力には敵わない。
なら、こちらも数を増やせばいい。
「元々辺境伯とは面識があったそうよ。幼少期から度々戦場に送り込まれていたから。その上、セルヴィス様の正妃候補であった想い人を正規ルートで辺境伯家に迎えられた。断る理由はないでしょう」
呪い子と呼ばれ、多くの身勝手な人間に死を望まれても高貴な血を引くが故に表立って処分できなかったセルヴィス様。
そんな中でも自分を見失わず生に手を伸ばし続けたセルヴィス様が結んできた縁は確かに今の一手に繋がっている。
「さて、ゲームも終盤。このままならあなたは負ける」
「……そう、ね」
きっと死ぬ覚悟はとうの昔にできているのだろう。まるで処刑宣告を待つようにグレイスの瞳から生気が消えた。
「でも、それではつまらないわ」
抵抗しないグレイスの紫紺の瞳を覗き込み、
「偽物を切って終わり、なんて興醒め。何よりあなたはクローゼアに手を出そうとした。死んで楽になんてさせないわ。絶対に」
私はキッパリと宣言した。
「……私に、何をさせるつもり?」
「ふふっ、話が早くて助かるわぁ。私を最期のお客にしてくださる? 武器商人、ジェシカ・ローウェンの」
ジェシカ・ローウェンの名にグレイスの瞳が不安で揺らぐ。それを見ながら、
「ローウェンファミリアとの繋がりを暴き、あなたとキャメル伯爵家全部を破滅に追い込む情報を私に寄越しなさい」
私はそう命じた。
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