77.偽物姫と命乞い。
たどり着いた先は、地下牢だった。
そこに入れられていたのは、一人の男性。全身傷だらけで、包帯からは血が滲んでいたけれど、彼には見覚えがあった。
金髪の髪から覗く翡翠色の目。
以前会った時と比べ随分やつれてはいるが、女性受けしそうな甘い顔立ちは変わらずで、こちらを見上げ口元に軽薄そうな笑みを浮かべた、エリック・ハリス。
ハリス大公家の人間が何故地下牢に……?
「やっと彼女を連れて来てくれたのかい?」
ひらひらと私に手を振るエリックを無視したセルヴィス様は、
「エリック・ハリス。君を拐った犯人の片割れだ」
私に彼が地下牢に入れられている原因を端的に告げた。
「たとえそうだとしても他国の人間、それも公子を何故あえて地下牢に?」
通常であれば貴人用の牢に幽閉されるモノだけど。
「現在、ハリス公国で公子は行方不明ということになっている。が、コレを探している気配は全くない」
「だろうね。私は死んだことになっているから」
実際殺されかけたし、と包帯の巻かれている耳をさしたエリックは、
「大方、次の戦争で戦死したとでも発表されるさ。父は戦死こそ名誉ある死だと信じて疑わず、それ以外の死に方を許してはくれない」
そう言って肩を竦める。
「なるほど。つまりエリック様の生存をハリス公国に隠している、と」
私の問いに頷くセルヴィス様をみて、もしかしてあの晩遅れた"厄介ごと"はコレかしらと察する。
「それで、私を呼んだ理由は何かしら?」
「話が早くて助かる。君と交渉がしたい」
それまでの軽薄さは鳴りを潜め、エリックが纏う雰囲気が変わる。
「私を通したところで、陛下を動かすことはできないわよ」
「そうだろうか? 私の目には君は十分過ぎるほど脅威に映る。そう、国の体制を揺るがすほどに」
すっと指を上げたエリックは、セルヴィス様を見て翡翠の瞳が薄く笑う。
「その証拠に見てご覧よ。少し話しただけだというのに、今にも私の首を喰いちぎりそうだ」
「不審な動きがあれば直ぐにでもそうする」
エリックの言葉を肯定するようにセルヴィス様は剣を構えるが、
「クローゼアの今後に関わる情報。コレから先起こることを知っているか否かで、クローゼアのこれからが変わる。私の知っている情報全てと引き換えに取引をしたい」
喉元に突きつけられた切先に怯むことなくエリックは淡々と言葉を紡ぐ。
クローゼア、の名に目を瞬かせた私は、
「そこから先の発言には注意なさって? でないと、うっかり手が滑って取り返しのつかないことになるかもしれないわ」
カバンから液体の入った容器を取り出す。
「毒でもかける気かな?」
「いいえ? 塩水よ。すっごい濃度高めの」
「……何でそんなものを」
「先日、友人から面白いモノを頂いたので」
取り出したのはアルカからもらった試作品のスプレーボトル。
このボトルに液体を入れレバーを引くと中身が霧状に噴き出す。噴射の強度や霧の細かさまで設定できるアルカこだわりの優れものだ。
それを銃を構えるようにエリックに向ける。
「また地味な嫌がらせを考えるね」
「塩は侮れないわよ? あなたの話がただの戯言と判断したら私は容赦なくコレを引く」
あれだけの傷だ。
少し塩水が触れるだけでも激痛必至。
そうでなくとも高濃度の塩水なんて目に入れば失明のリスクだってある。
「この状況で君たちを謀って何になる? 聞いた通り、父から私は死んだモノと思われていてハリス公国から助けは来ない」
両手を上げ反撃の意思がないことを示すエリックは、
「さて、話の続きをしようか?」
そう言って私を促した。
「それで、そんな話を持ち出すなんて命が惜しくなりましたか?」
エリックの真意を推し量ろうと彼と対峙する。
満身創痍、という言葉がピッタリなほど傷だらけで碌な手当を受けていないエリック。
おそらくセルヴィス様が私を連れてくるまでに何度となく尋問を受けたのだろう。
それでも情報を漏らさなかった彼は、
「ああ、惜しい」
キッパリとそう告げる。
「でも、それは私の命ではない。そんなものはくれてやる」
「では、誰の?」
「グレイスを助けて欲しい。それが叶うなら他はいらない」
揺らぐことのない翡翠の瞳は私を見つめ、
「賢い君ならもうグレイスの正体に気づいているだろう。彼女の命の保証と引き換えに、私が知っている"ジェシカ・ローウェン"の計画をリークする」
静かに迷うことなくグレイスの助命を願った。
エリックの提案に私は目を見開き、落ち着けと自分に言い聞かせて深呼吸する。
内容を聞かなければ判断できないが、それがクローゼアに関わる話なら見過ごすことはできない。
"死の霧"という毒薬の流出。
合わなかった武器の数と予測より長引いた帝国との戦い。
実際起きている出来事やセルヴィス様の話から、エリックの話を有り得ないと切り捨てることはできないけれど。
「その条件は……」
私の独断で受け入れられるものではない。
セルヴィス様が壊滅させようとしているローウェンファミリア。その筆頭である"ジェシカ・ローウェン"を生かしておくという選択肢はきっとセルヴィス様にはない。
帝国のことを考えるなら、クローゼアごと切り捨ててしまうのが一番安全なのだから。
「歴代同様"ジェシカ・ローウェン"を生かしておくことはできない。無論、ローウェンファミリアと繋がりがある以上グレイス・ド・キャメル伯爵令嬢の存在も容認できない」
冷たくはっきりと告げる声を聞きながら、やはり、と思った私の頭にポンとあたたかな手が乗る。
「その条件の下、グレイス個人の処遇については彼女が考える。異論は認めない」
そこが妥協ラインだと言ったセルヴィス様の目は、大丈夫だと私に告げる。
しばらくセルヴィス様と私をじっと見ていたエリックは、
「充分だ」
とセルヴィス様に頷いて、
「私の愛しいお姫様を頼んだよ、イザベラ妃」
私に彼女の運命を託した。
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