76.偽物姫が変えたもの。
寵妃のお仕事を予定より早く切り上げ、どこに行くのかと思えば連れて行かれたのはセルヴィス様の部屋だった。
肩を抱かれ今から取り込み中だ、なんて誤解されまくりそうな人払いをした後、部屋に隠されていたドアから出て狭く暗い道を歩き続けている。
「どこに向かっているのですか?」
重い沈黙に耐えかねて尋ねると、
「……本来なら君を関わらせたくはなかった」
問い掛けから外れた言葉が返って来た。
「ここから先に関われば、君は後悔するかもしれない」
「後悔、ですか?」
「できるなら、君には綺麗なものだけを見て、誰にも脅かされることなく、ただ平穏を享受して欲しい……と思う」
多分、これが引き返す最後のチャンスなのだろう。
でも。
「陛下がただ可愛く可憐な花を愛でることをご所望なら、私は契約妃を辞退せねばなりませんね」
私は暴君王女らしく不遜に笑う。
「そんなつまらない生き方、私には向いてませんわ。私を誰だとお思いですか?」
クローゼアを出た時から私の心は決まっている。
「どうぞ、私を巻き込んでください。"悪逆非道な冷酷皇帝の隣に並ぶに相応しい暴君王女"をご覧にいれますわ」
イザベラがこれから生きていく場所を守れるのなら、なんだってやる、と。
「……そうだな。俺がどう隠そうと、きっと君は自力で辿り着く。回りくどいのは苦手だ。共同戦線と行こうか、イザベラ」
イザベラ。
そう呼ばれた瞬間、私の背筋が伸び思考がクリアになる。
そう、今の私は暴君王女なのだ。
「ええ、どこへなりとお供します」
その名を背負い、私は了承を告げた。
「では、早速だが君に聞きたい。ジェシカ・ローウェン、という名に聞き覚えは?」
再び歩き出したセルヴィス様は前を向いたままそう尋ねる。
私は自分の脳内データベースを検索するがその名に心当たりはない。
「いいえ、全く。何者なのです?」
「ローウェンファミリア。ヒト、武器、薬、情報あらゆるモノを売り捌く、違法組織。それを束ねる総帥の名だ。クローゼアがうちと戦争している間、彼らから接触はなかったか?」
「私が把握している限り、私に接触してきた記憶にありませんね」
戦争の際クローゼアはなす術なく帝国に叩きのめされている。
イザベラとは接触者の共有をしているが思い当たることなんて……と記憶を辿っていくと、
『合わない』
私と同じ天色の瞳が怪訝そうに地図を見つめていたことを思い出す。
「ただ、関係ないかもしれませんが、一点気になる事が」
「構わない。些細なことでもいいから、思いついたことは言って欲しい」
「とある地方で、合わなかったのです。帝国に砦を落とされるまでにかかるだろうと予測した日数と」
そう促され、私はクローゼアでイザベラが感じた不審点を伝える。
どう考えてもクローゼアの負け戦でしかなかったあの時。
イザベラは敗戦後の国民救済に備えるため、武器や人員から敗北するだろう日数を計算していた。
ほとんど外れることはなかったけれど、一箇所だけ予測値を大きく上回り持ち堪えた場所があった。
とはいえその後すぐ敗戦してしまい事後処理に追われていたのでそれ以上その話をイザベラとする機会はなかったけれど。
「あとで報告書を見た時に、事前に把握していた武器の数を上回っていたのです。その中にはクローゼアでは見かけない種類の銃火器もあった、と」
私は申告せず武器を隠し持っていたのかくらいにしか思わなかったけれど、イザベラは眉を寄せじっとその報告書を見つめていた。
腑に落ちない、そんな顔をして。
「ジェシカ・ローウェンは武器商人を名乗っているそうだ。君の把握していないところで接触があった可能性はあるな」
「総帥なのに武器商人?」
「ああ、そうだ。が、ジェシカ・ローウェンはおそらく"偽物の総帥"。それらしき人物を消し去っても、組織が瓦解することはなく、またジェシカ・ローウェンも存在し続けている」
「つまりジェシカ・ローウェンは見せかけの看板で、その裏に真の支配者がいる、と」
「そして、そいつがミリアに汚名を着せ、先代を使い殺した。後宮を裏側で支えていた彼女が脅威になりかねなかったから」
ミリア様の名を口にしたセルヴィス様の目は、今にも相手を射殺さんばかりに冷たくて。
淡々とした口調で語られたそれが今彼がここにいる理由なのだと理解する。
「セルヴィス様は復讐をお望みなのですか?」
「……はじめはそうだった」
だけど、と首を振ったセルヴィス様は、
「代々の皇帝はローウェンファミリアと蜜月だった。が、いつの間にか闇は大きくなり、国すら飲み込もうとしている。我が国に影を落とすソレを放置できない。必ず俺の代で根絶やしにする。この国で生きる人間が、誰にも自由を脅かされることなく当たり前に平穏を享受できるように」
自分を信じてついて来てくれた人のためにも、と前を向き復讐以外の結末を口にする。
「……そんな国なら、私も見てみたいです」
それはイザベラが語る"未来"に似ていて。
「あなたは以前、"君は根っからの王族なんだな"とおっしゃいましたが、そのセリフそのままお返しいたします」
私はこんなに強く眩しいヒトを他に知らない。
「あなたほど"帝位"に相応しい方を私は知りませんわ」
「……俺がそう思うようになったのは、君の影響だよ」
「えっ?」
立ち止まったセルヴィス様は私の髪をくしゃっと撫で、
「本当はさっさと復讐だけ果たして、誰かに帝位を押し付けて消える気だったのに。全く、暴君王女には責任を取ってもらわなくては割に合わない」
イタズラっぽく笑った。
「へっ!? 責任……って」
「君のおまじない、が欲しい」
トンっと額を指して少し屈んだセルヴィス様。
強請られた内容を思い出しじわじわ頬が熱くなったけれど、私を見つめる紺碧の瞳に抗えなくて。
「ヴィーならできる。私はそう信じてる」
彼が描いた未来は、きっと実現する。
そうなって欲しい、と私は心からそう願ってセルヴィス様の額にキスをした。




