7.偽物姫と夜間の来訪者
人質とはいえ一応は側妃だというのに、女官から薬を盛られるなんて随分と嫌われたものだ、なんて昨晩の出来事を振り返る。
まぁ、どこにいても私の処遇は大して変わらないかと静かな夜にぼんやりと星を眺め、暇つぶしのように指で線をつなぐ。
そのうち毒も盛られるかしらなんて感傷的に考えていたら、小さな声が耳に届いた。
視線を向ければそこには真っ黒な狼が座っていた。
私は驚いて、何度も天色の瞳を瞬かせる。消えないところを見ると幻視ではないらしい。
(どうして、セルヴィス様の使い魔が?)
一度目は視察がてら派遣されて来たのだろうと思っていたけれど、また私の前に現れるとは思わなかった。
「ごめんなさいね、また本当に来るとは思わなかったからワンコが食べられるものなんて用意していないわ」
それでも良ければこちらにどうぞ、と手で示せば、漆黒の狼は音もなくテラスに座った。
「……? 何か咥えて?」
何の用だろうかと思っていた私に近づいて来た狼はトンッと小さな小瓶を差し出した。
私はそれを手に取り見つめる。
透明な液体の中にまるで星を落とし込んだような煌めきが閉じ込められている。
「……これは、もしかして聖水?」
「バゥ」
狼が肯定するように小さく吠えた。
私も実物は初めて見たが、どうやらこれは本物の聖水らしい。
(こんな事をしても、セルヴィス様には何のメリットもないでしょうに)
私が"薬を盛られた"という事は現時点では非公開。その情報を知っていてなおかつ万能薬と呼ばれる聖水を用意できる人物など数えるほどしかいない。
つまりこれを私に渡すという事は、狼の飼い主は誰かという情報を私に与えることになるというのに。
(それでも私のところにコレを届けに来てくれたというの?)
「ウゥ、バゥバゥ」
驚いたままじっと聖水を見ていると幾度となく顰めた声で吠えられる。
それでも動かずにいたら、早く飲めとばかりに私の手に頭を擦り付けて来た。
セルヴィス様と同じ紺碧の瞳はまるで私の事を心配しているかのようで。
何故だか胸が苦しくなる。
「心配、してくれる……の?」
クローゼアでは毒や薬を盛られても、いつも部屋で1人きりだった。
サーシャ先生だっていつも来れるわけではないし、私を心配してくれるイザベラですら、見つかるとお互いマズイと分かっているからこんな風に会いに来てくれることはなかった。
忌み子の私には『自分で対処して耐える』しか選択肢がなかったというのに。
「バゥ」
短い鳴き声とともに漆黒の狼は柔らかい毛並みを私の身体に擦りつける。
やめて、優しくなんてしないで。
私は帝国をあなたの主人を利用するために乗り込んできたイザベラの偽物なのに。
拒否しなくてはと思いながらも、自分以外の温もりに心が揺れた私は、
「……あり、がとう」
漆黒の狼に手を伸ばしモフモフした毛並みに抱きついた。
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