66.偽物姫と仮説。
「……というわけで、まだコレは世界に一つしかない半永久的に冷めない保温カップなのだよ。まぁ、半永久的に魔法を維持できる素材が高価でコストがかかるという課題が残ってはいるが」
アルカの熱弁のほとんどは理解できなかったし、確かに半永久的にお茶が冷めないカップはすごいモノだけど。
「コレ、売れないんじゃないかしら?」
ぽそっと感想を漏らす。
「何故だ!?」
「いや、だって別にずっと冷めないままでいる必要ないし」
一杯のお茶を飲む時間なんてたかが知れている。おしゃべりに花が咲いたとしてもせいぜい30分〜1時間。
半永久的に冷めない事でコストが上がるならむしろ時間制限や使用制限を設けてコストを下げ、新しいモノを買う楽しみを作った方が商売としては現実的と意見を述べる。
「はっ、盲点だった!!」
なんてこった、とアルカは本当に気づかなかったようで打ちひしがれていた。
「つい、どこまで可能なのかと突き詰めてしまうのは私の悪い癖だな」
「耐久性を知っているのは悪いことじゃないと思いますよ? 後で微調整できるでしょうし」
さっきの話から推察するに相当な実験を重ねてできているようだし、その過程で得た知見は他にも応用できるだろう。
派生した魔道具らしいアルカの持ち込み物を指す。
「ははっ、そうだな。何事もチャレンジだ。失敗の先に新しい魔術式が生まれる」
自信を取り戻したアルカは楽しげに笑い、
「イザベラ妃も肌色を変えてみないかい?」
魔道具の説明をしてくれる。ぱっと見ただのライトだが紫外線を意図的に照射する事で肌が小麦色になる魔道具らしい。
なるほど、それでアルカが褐色美人になっていたのか、と納得したところで。
「ふふ、未知の魔道具には確かに興味がありますね」
知的好奇心が刺激され、他の魔道具についても説明を求めた。
嬉々として開発した魔道具について語るアルカ。
どれも未発表の品で興味深かったけれど、私の望む情報はそこにはなかった。
まぁ、初めから当たりが引けるわけもないかと肩の力が抜ける。
「もう、変なモノばかり作って……。アルカは本当に何しに魔塔に留学してるのよ」
アイデアとしては面白いが暮らしを快適にさせる魔道具としては売れないだろうそれらの山を指しシエラは呆れを滲ませる。
「趣味と実益を兼ねて」
が、そんなこと歯牙にもかけずキッパリ言い切るアルカは、
「ふぅ、シエラにはロマンが分からないかなー。好奇心の追求。これほど魅惑的で面白いことはないというのに」
やれやれ、と肩をすくめる。
「そうやって才能を無駄遣いして予算ばかり食い潰すから誰からも相手にされないのよ、全く。グレイスがいれば……」
「グレイス?」
何故ここで彼女の名が? と首を傾げた私の問いには答えず、シエラは悲しげに目を伏せる。
そんなシエラの頭にポンと手を置いたアルカは、
「グレイスは、私の魔道具や新たに作る魔術式にいたく興味を持ってくれてね。ガラクタを人の役立つ形に変え、人脈を駆使して私の研究資金を稼いでくれた」
そう言葉を続ける。
なるほど、今までアルカを軌道修正していたのはグレイスだったのかと腑に落ちると共に暗い考察が頭を過ぎる。
「大丈夫、人渡りの上手いグレイスのことだ。いくら緊迫した世情とはいえハリス公国でも悪いようにはされないさ」
心底友人を案じている声にハッとして思考を止めた私は、
「そう、ね」
と曖昧な相槌と共にそれを打ち消した。
「それにしても、この短期間でアルカ嬢は沢山の魔道具を作られたのですね。他にも何か研究をされているのですか?」
しんみりした空気を変えようと水を向ける私に、
「ああ、これらは元々考えてたやつでお遊び的なものだよ」
アルカも仕切り直しとばかりに成果を話しはじめる。
「これでも魔塔に入ってからは真面目な奴にも取り組んでいるのだよ? 例えば聖女の遺した聖遺物の解析とか」
その目はとても楽しげで、実に知識欲に飢えた魔術師らしい。
セルヴィス様がアルカを皇后の椅子に縛らず国外に出せるよう働きかけたのは最適解だったんだろうな、と彼女の話を聞きながら思う。
「あと、最近魔塔でホットな話題としてはリープ病への魔力アプローチ、かな」
不意にアルカの口から思いがけない単語が聞かれ、私は驚き息を呑む。
「……えっ?」
リープ病。
それは私のお母様を死に追いやり、そして今なおこの身体を蝕んでいる不治の病の名前。
それを、魔塔で研究している?
「おや、そんなに意外かい?」
「だって……魔術師には無縁の病でしょう? それに、魔力はリープ病患者にとって毒なのに」
「まぁ、確かにそう言われているね。だが、それを突き詰めて確かめた者はいるのかい?」
アルカの問いに私は沈黙し、知見を並べる。
この世界の人間は多かれ少なかれ魔力を帯びているけれど、体内にある魔力を魔法として発現させ能力として使用できるものは少数派で。
さらに高度な魔法を生み出せる魔術師と呼ばれる人間は極端に少ない。
魔法の使えないいわゆる"普通の人間"にとって多過ぎる魔力は毒にしかならず、それがリープ病発症のトリガーの一つではないか、というのが定説。
つまり高魔力保持者である魔術師達はそもそもこの病気にかかることはなく、そしてリープ病発症者にとって"魔力"を帯びたモノに近づくことは寿命を更に縮める自殺行為でしかない。
お母様がリープ病を発症された時から、様々な手を尽くし沢山文献を読み漁ったのでよく覚えている。
身を守るため、身の丈以上の魔道具を使い過ぎた。だから私がリープ病を発症したのは自業自得だし、その後も遠ざけるどころか積極的に"魔力"に触れてきた私が、通常より早く病状が悪化し死ぬのは仕方ない。
そう、思っていたのに。
「毒を持って毒を制す、ってこと?」
もしかしたら、まだ世に出ていない知見があるのかもしれない。
私は声が震えそうになるのを抑えてアルカに尋ねる。
「そういうアプローチもあるんじゃないか、って一説。ただまぁ、リープ病に関しては実験協力者が見つからないけど」
みんな早死にしたくはないからね、と肩を竦める。
それはそうだろう。
リープ病を発症したら極力魔力から遠ざかった生活をし、進行を少しでも遅らせようとするのが普通だ。
「イザベラ妃、もしかしてリープ病患者に心当たりが?」
「……母が。内緒にしてくださいね」
当事者だ、とはいえず私はまだ公式的には療養中となっているお母様の名を上げる。
仮にアルカの口からお母様がリープ病だと漏れても公の場から退いて5年。そう影響はないだろう。
大丈夫、と自分に言い聞かせた私はゆっくり息を吐き出し、窓の外を見る。気づけばもう、日が暮れ始めていた。




