61.偽物姫と冬支度。
季節の移り変わりを象徴するかのように、宮廷内は冬支度に追われていた。
帝国の冬は厳しいと聞いている。離宮も例外ではなく、使用人達が慌ただしく準備に終われているのだが。
「ああ、コレはこのままで。今年は冷え込むと予測されているから火の魔石を多めに発注して頂戴」
その中心にいるのはドレスではなく女官見習いの制服を纏ったシエラだった。
「私への処罰は決まりましたか?」
体調が良くなっても一向に下されない罰が気になった私は、事件の後処理が落ち着いたらしいタイミングでセルヴィス様にそう尋ねた。
忠告を受けていたにも拘らずやらかしたのは私。イザベラならきっとこんなヘマをしない。
事実はどうであれ、人質である私が勝手に宮廷外に出たのだ。
目に見える形で私を罰しなければ、それはきっとセルヴィス様への不満に変わる。皇帝はクローゼアの姫に籠絡された腑抜けだ、と。
売国が叶わなくなるのは困るけど、クローゼアでの普段の生活を思えば、今更軟禁されようが座敷牢に繋がれようが別に気にしない。
陛下の御心のままに、と頭を下げ抵抗しない意思を示すと、私の頭上には盛大なため息が落ちてきた。
「こちらの落ち度で君を危険に晒したというのに、何故罰する必要がある?」
罰する気はないと言い切ったセルヴィス様は、
「君のおかげで、表面上はハリス公国と無駄に揉めずに済んだ。むしろ、君には褒賞を出すべきだろう」
私を労い褒めた後、
「売国の件とは別に何か入り用があれば言ってくれ」
そう言ってくれた。
「では、お言葉に甘えて」
そうして私が願ったのは、シエラの処遇。
多少難色を示されたが、彼女を後宮の女官に欲しいと粘った結果、表立って裁くことのできない彼女に労働を科すことで罰としてもらった。
私に仕えるなんて嫌だとシエラ自身に断られるかと思ったが、彼女はあっさり受け入れ、現在女官見習いとして私に仕えている。
シエラなりに思うところがあったのか、離宮に上がってからの彼女はとても勤勉で問題を起こすことはなく、今日も真面目に女官の仕事をこなしてくれている。
侯爵家の令嬢だけあってシエラは基本的な能力は低くない。環境さえ整えば、彼女は化けるかもなとその仕事ぶりを見ながら思う。
「イザベラ様、こちら陛下より贈り物が届いております。どうぞお目通しください」
シエラが私にそう言って目録を差し出す。
「……コレ、届け先間違ってない?」
とシエラに尋ねる。
「陛下からの愛情の表れだと思って頂ければ」
私は目の前に広げられたあったかそうな衣服と収納場所に困るレベルの装飾品や毛皮の山を前に目を瞬かせた私は、
「重っ。陛下の愛が金額的にも物理的にも重いっ」
ため息とともに本音を吐き出した。
「初めて冬を迎える帝国の妃に贈る品としては寧ろ控えめな方ですわ」
これで控えめ。
財力と価値観が違いすぎてちょっと目眩がする。
「ねぇ、コレどうしたらいいと思う?」
「冬を3周くらい越せば全部に袖が通りますよ」
当然のように言われた言葉に私は苦笑し、私は指輪のなくなった指に視線を落とす。
来年の冬どころか、次の春さえ見られるか分からないこの身にコレは重すぎる。
私はただの契約妃。そして、セルヴィス様は私が過度な贈り物を好まないことを知っている。
後宮での生活費を労働で払えとオスカーから言われる程現在の帝国は無駄金を使わない主義のはずだし。
さて、これらはどう処理するのが適切か。
「物だけ? 陛下から言付けはないの?」
ヒントを求めてシエラに確認すれば、
「好きにして良い、と」
セルヴィス様直筆のカードが出てきた。
なんともセルヴィス様らしい、と笑った私は、
「よし、売ろう! で、離宮の使用人の冬用制服一新しましょう」
もっとあったかくて動きやすいやつに、と即座に贈り物の使い道を決める。
「は? 陛下に下賜されたモノを売り払うって、本気!?」
私の決断に思わず素が出たシエラに私は苦笑する。
「だって、冬支度の予算足りてないんでしょ?」
「確かに後宮の割り当て予算は少ないけど。だからといって、売るなんて」
否と首を振るシエラに、
「だって陛下がそうしろ、と言っているのよ」
なかなかの目利きね、とざっと査定しつつ説明する。
「流行遅れのドレスを纏っている妃を連れて歩いたらそれこそ陛下が恥をかくわ」
ここに並んでいるのは、現在注目されていて入手困難な品ばかり。これなら貴族向けのオークションで充分元が取れる。
表立って敗戦国の王女である私に金銭の融通ができない代わりに、それを元手に後宮内を好きに変えろ、と言ってくれているのだ。
さすがセルヴィス様、私の事をよく分かってらっしゃる。
「それにもう少し資金が欲しいなって思ってたの。あなた、下級使用人に無償で教育を施しているでしょう?」
「……知っていたの?」
「雇おうとする相手を調べるのは当然でしょう」
シエラの言葉に私は頷く。
正妃になりたいのは、落ち目のリタ侯爵家を救いたいから。
私を敵視していたのは、私がオゥルディ帝国に再び戦火をもたらす原因になりかねないから。
正しいかどうかは置いておいて、彼女なりの理由があったのだろう。
喜怒哀楽の激しさと自分視点の正義感で先走ることが多いけれど、冷静になりさえすればどうすべきなのか考え行動に移せる素直さはシエラの美点だと思う。
圧倒的男性優位なこの国で、自分を持て余していたシエラ。
せっかく拾ったのなら、彼女のいいところを伸ばしてみよう。というのが、ここ数週間彼女を観察した私の結論だった。
「いい取り組みだと思うのよね。下級使用人は簡単な雑用しか任されないし、任用期間が切れたら使い捨てられる。でも、教育が行き届いていれば、再就職の時有利でしょうし」
気まぐれな施しを与えるより、ずっと価値があり根気のいる支援。
彼女はそれを一人でやっていた。
「お祖母様が良く言っていたわ。子女にこそ教育がいる、って。ヒトを育てれば、国は育つ、と」
「聡明な方だったのね」
国民への教育。
本来、これは国が主導的にやるべきことだ。クローゼアでもそうだったけど、必要性を感じていないどころか民に余計な知識を持たせるなと主張する貴族が蔓延る状態ではすぐに改善することはできないだろうけど。
「真面目に受けた子の識字率は上がってるし、素晴らしい取り組みだとは思うけど、一人でやるには効率が悪すぎる。コツコツ実績を積めば、陛下も考えてくれるはずよ。というわけで、後宮人材育成費確保のためにもコレは売ります」
コレ、と贈り物の山を指し、
「ああ、リタ侯爵令嬢が始めたことなんだから、責任持って実現可能な事業計画書を持って来て頂戴ね。この国で私が使える人脈なんてないんだから」
シエラに私の方針を伝える。
「シエラ、でいいわよ。散々ヒトの事を呼び捨てにしていたのだし、あなたは今私の仕える主なのですから」
私の真意を読み取ったローズピンクの瞳はにこやかに笑い、
「承知しました」
仕事モードに戻ったシエラは恭しく了承を告げた。
「ってわけで、手っ取り早く売るためにオークションやりたいんだけど、リタ家に伝手はない?」
とシエラに尋ねる。
「こういうのはグレイスが」
言葉を途切れさせたシエラの顔が曇る。
「彼女から連絡はないの?」
「ない、ですね」
私の問いにシエラはゆっくり首を振る。
私とシエラが誘拐された後、グレイスは何も告げずハリス大公家のエリック様の元に嫁いだ。
表向きは緊迫するハリス公国とオゥルディ帝国との和平のために。
私にその事が告げられた時には既にグレイスの姿はこの国にはなく。
あの誘拐事件にグレイスが関わっていたのか、真相は何一つ分からないままで。
情報が与えられない私達は当事者だというのに未消化なまま、置いてけぼりを喰らっている。
「馬鹿だと思うでしょう? それでも……私はグレイスを」
信じていたいのだ、とシエラは力なく笑った。ローズピンクの瞳はただ寂しげな色をしていて。
シエラはグレイスのことが大好きなのだと痛い程伝わってくる。
彼女達二人の間に何があったのかなんて、私には知る由もないけれど。
「別に、バカだとは思わないわ。それがシエラの選んだ道なのでしょう? なら、貫けばいい」
だからあなたはここに残ることを選んだのでしょう? とローズピンクの瞳を見ながら私は言葉を紡ぐ。
「突き詰めて、自分で見極めなければ前に進めないこともある。責任を取る覚悟があるのなら信じた道を行けばいい」
それが間違いかどうかなんて、突き進んで見なければ誰にも分からないのだから。
「私は利害が一致してるからシエラを側に置いているだけだし」
真相を知りたいシエラと私。
できるなら売国先の不安要素は取り除いておきたい私にとって、シエラの存在はグレイスに繋がる細い糸だった。
「私では、グレイスを釣ることはできないと思うけど」
「それならそれで構わない。別にシエラ一人置いたところで邪魔にはならないし」
さて、おしゃべりはここまでと告げた私は、
「じゃ、オークション準備頼んだわね」
陛下に呼ばれているの、とシエラに後を任せて部屋を後にした。




