6.偽物姫と旦那さま。
チョコレート作戦が失敗してしまった数日後。それは突然宣告された。
「今から陛下がお渡りになります」
年配の女官から言われたセリフに私は思わずフリーズする。
は?
お渡り?
え、待って。今? 今から?
お渡り……って、夜伽ってこと!?
は? 何の準備もしてませんけど?
普通そういうのって前もって、せめて数時間前までに連絡来ない!?
これだけ長期間放置しておいてからの今ぁぁあー!?!?!?!!!!
と内心のパニックは当然表に出せるはずもなく。
「…………そう」
私は静かに受け入れる。
「陛下はすでに本館を出られこちらに向かわれているとのこと。直ぐにお見えになります」
「随分と急なのね」
「お忙しい方ですから」
マジか。
なんでそんな思い立ったら即行動、なの? それが帝国流なの!? と私の脳内でツッコミが止まらない。
「どうぞ、陛下を煩わせませんように」
そう言って年配の女官は私に釘を刺す。
この後宮全体を仕切っているらしい彼女から私はあまり好かれていない。
とはいえあからさまに態度に出されたり不利益になる事をされた覚えもないけれど。
「分かっているわ」
「なら結構。準備をさせますので、そちらでもお飲みになってお待ちください」
そう言った女官は後ろに控えていた若い女の子達を引き連れて足早に去っていった。
「今から、かぁ」
ヒトの気配が遠のいてから私は盛大にため息を吐く。
偽物とはいえ妃として嫁いだ以上そういうことがある可能性は考えていた。
推定余命1年ないし、今更純潔だの貞操観念だの正直どうでもいいけれど。
うわぁぁ、せめてもう少し心の準備をする時間が欲しい。
「ちょっとお茶でも飲んで落ち着こう」
私は用意されていた温かいお茶を口に含む。
「……!? コレ……は」
私はお茶をじっと見つめ、ドアの外に耳を澄ます。
時折足音が響く程度で、クローゼアのようにあからさまに私を非難する声は聞こえてこない。
が、その腹の内は分からない、という事だろう。
「まぁ、いいけど」
お茶の苦味で冷静さを取り戻した私は、それを一気に飲み干した。
先触れと呼んでいいのか迷うほど短い時間の後、ノックとともにドアが開く。
不敵な笑みを口元に携えてその人は私の前に現れた。
漆黒の髪に真夏の空のような紺碧の瞳。
この国の支配者、セルヴィス・ロダリオ・オゥルディ様。
(まるで、飢えた狼みたいだ)
使い魔は主人に似るというけれどあの晩見た狼よりも、ずっと狼らしい全てを喰い荒らしそうな絶対的存在。
(暴君王女イザベラとして迎え撃つなら、きっと同じ態度で返すべきなのでしょうけれど)
「ようこそお越しくださいました」
私は静かに微笑んでセルヴィス様を迎え入れる。
彼が今期待している私はおそらく、彼が見出したクローゼア第一王女としての振る舞い。
つまりこの場は、国の行末を賭けた交渉の場だ。
どうしてこの場を急に設ける気になってくれたのかは分からない。
けれど。
(ここで立ち振る舞いを間違えたら、2度目は来ない)
この1回でセルヴィス様の懐に入り込むために、私は私の価値を高く彼に売りつける。
交渉に必要な材料は手に入れた。
私は目を閉じて大好きな姉の姿を思い浮かべる。
私とよく似た顔の、私とはまるで違う凛として自信と才に溢れた王女の姿を。
(大丈夫、できる! 私は誇り高き第一王女イザベラ・カルーテ・ロンドライン)
演じきる、と言い聞かせ目を開けた私は、今から私の喉元に喰いつこうとする狼を見つめる。
(さぁ、売り込みを始めましょうか?)
ここで騙し通せなければ、イカサマまでして帝国に来た意味がない。
偽物姫としての全てを賭けて、私はセルヴィス様に挑むことにした。
薄明かりだけが灯された部屋のベッドに連れて行かれた私は、冷静にじっとセルヴィス様を観察する。
「陛下、本日はわざわざ離宮まで足をお運びくださり誠にありがとう存じます」
セルヴィス様はイザベラに何かを求めて来たはずだ。
そして、それは絶対に色欲によるものではないと断言できる。
こんな立派な後宮があり、セルヴィス様は選り取り見取り姫を選べる圧倒的に優位な立場にいるのだ。
うちの愚王ではあるまいし、わざわざ元敵国の女に手をつけ自ら火種を撒くようなタイプには見えない。
というわけで。
「で、そろそろ無駄な事はせず、本題に入りませんか?」
近づいてきたセルヴィス様の口に指先を当てた私はお戯れもほどほどに、とにっこり微笑む。
「無駄? 夫婦で契りを交わすのが、無駄だと?」
紺碧の瞳が楽しげな色を浮かべる。
「ええ、時間の無駄です」
私の身を暴きに来たのではないのでしょう? と尋ねればセルヴィス様は面白そうに私の話に耳を傾ける。
ああ、これは当たりだと確信した私は言葉を紡ぐ。
「だから黙認したのでしょう? 私に避妊薬が盛られるのを」
イザベラは戦争を仕掛けてきたクローゼアの姫、というだけでも印象は悪いだろうし、その上放置されていたはずなのに皇帝陛下のお渡りがある、なんてこの国の人からすれば面白いはずもない。
そして万が一、その一夜で子でもできたら新たな争いの火種になりかねない。
そう考えた女官の杜撰な犯行をセルヴィス様はあえて見逃したのだ。
「そんなに追い出したかったのですか? 後宮勤めの女官達を」
私は眉を釣り上げため息混じりにそう尋ねる。
セルヴィス様が私に求めたもの。それは彼にとって排除したい人間を正当な理由をつけて追い出すための囮としての役割。
「今なら証拠を押さえるのは簡単でしょう。私で遊んでいないで、早々に捕らえて暇でも出してはいかがです?」
淡々とした口調でそう告げた私に、
「……くっ、はははは。正解だ、イザベラ」
セルヴィス様はとても楽しそうにそして満足気に笑った。
腕が緩んだ隙に抜け出しベッドに腰掛けると、
「お褒め頂き、光栄ですわ」
うふふふふふっと小首を傾げて愛想笑いを浮かべつつ内心では盛大に舌打ちする。
「まぁ、でも妃を囮に使うなんてやり方が最低ですけどね♡」
イケメンなら何やっても許されると思うなよと私は心の声を顔面に貼り付けて笑顔で嫌味を添えてやった。
「ダメ押しで私の体液も調べます? 全量飲んだので、確実な証拠も出ると思いますよ」
ちなみにと、今日の私に避妊薬を盛れた人間の名前も上げる。
「……気づいたのに飲んだのか?」
私の言葉にセルヴィス様は驚いた顔をする。
「あら、この結果をご所望だったのではないのですか?」
私は涼やかな声でそう尋ねる。
使い魔からセルヴィス様がどれほど情報を取ったのかは分からないが、おそらく先日のチョコレートの一件で少なからず私に薬学の知識があるのではないかと踏んだのだろう。
でなければ、急にこの場を設けた理由が見当たらない。
王族や貴族が毒に対して身体を慣らしたり知識をつけることは不自然なことではない。
もし私が薬が盛られていることに気づいたなら飲まない、と思ったに違いない。
だから、私はあえて飲んだ。
「だって、この方が追求するとき確実でしょう?」
私は暴君王女の仮面をつけたイザベラに似せた表情を作り、口角を上げる。
王女イザベラならこんな時相手に主導権は絶対渡さない。
「さぁ、陛下。チェックを」
私は紺碧の瞳に手を差し出し述べ、そう言ってコールを促した。
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