55.偽物姫の逃走。
「へぇ、上玉じゃないか」
入って来たのはお世辞にもいい身なりとは言えず、ゴロツキという言葉がピッタリの男達だった。
パッと見た印象でしかないがおそらく私達を攫った人間とは別人だ。
「勿体ねぇなぁ。ズタズタに引き裂いて殺せ、なんて。売ればかなりの額になるだろうに」
下卑た話し方と不躾な視線が癇に障る。
外には他にもいるかもしれないが、とりあえず相手は3人。
「カシラァ、どーせなら味見してから売っぱらっちまいましょーよ」
ひひっと下品な笑い方をしながら下っ端の男が私達を指差す。
「バカ。俺らが殺されちまう」
視線で下っ端を黙らせた小悪党の親玉みないな男が、
「首を晒せとご所望だ」
そう言ってニヤリと笑う。
ヒュっと息を呑む音が聞こえ、シエラに視線を流せば、ローズピンクの瞳は恐怖に支配されていた。
私はさりげなくシエラの前に立ち、静かにと耳元で囁く。
「前金だけでも充分頂いたしな。まぁ、でもどうせ殺すんだ。ズタボロの内容までは指定されてない。俺たちが楽しむ時間くらいはあるだろ」
そう言ってズカズカと部屋に入って来た彼らを見ながら、私は状況を整理する。
どうやら交渉の余地はなさそうだ。
「随分、安く見積もられたモノね」
私は一歩前に歩み出て、
「私を誰だと思っているの」
凛と背を伸ばし、屈しない意志を示しながら彼らの位置とドア、そしてその向こうを観察する。
「皇帝陛下の寵妃である私にこのような狼藉。極刑は免れないわよ」
風が吹き、空気の流れを感じる。おそらく、この向こうには外に通じるドアがある。
「いいねぇ、気の強ぇぇ女は嫌いじゃねぇ。屈服して泣き叫ぶ瞬間が堪んねぇからなぁ」
井の中の蛙。そんな言葉が頭に浮かぶ。
自分達が圧倒的強者だとそんな風に勘違いしたこういう輩はクローゼアにもいたけれど、小物というのはどの国でも大差ないらしい。
「はは、嬢ちゃんにいいこと教えてやる。ここでは俺たちが支配者だ。身分なんぞ、関係ねぇ」
そして、そういう輩は反抗的で気の強い女が好きだ。加虐心がくすぐられ、か弱いモノを虐げることで歪んだ欲望を満たそうとする、というのがイザベラの見解だ。
「あら、上下も分からないの? 犬の方がずっとお利口だわ」
クスッと挑発するように笑う私を前に、男がパチリと取り出したナイフが照明に当たって鈍く光る。
「口の利き方に気をつけろ」
ドスの効いた声で睨み、脅すようにナイフを見せつける。
それを合図とするかのように後ろの彼らも倣うように武器を取り出す。
これで部屋にいる人間の視線が全部私に集まった。
「はぁ、全然ダメね」
私はこれみよがしにため息をついて肩をすくめる。
「ああ゙!?」
思惑通り挑発に乗ってくれた彼らを見ながら微笑む。怒りや侮りは、隙ができやすい。
「陛下と比べるなんてそもそも間違いだけど、あの方とは雲泥の差」
私は獲物を仕留める狼のような紺碧の瞳を持つ無条件に相手を屈服させる威圧的な本物の絶対的王者の姿を思い浮かべる。
「あの人は視線だけでヒトを殺せる」
だけど、私は知っている。セルヴィス様は本当はとても優しいのだという事を。
そんなセルヴィス様と約束したのだ。どんな手段を使っても必ずセルヴィス様の元に帰る、と。
「はっ、言ってろ。直ぐにガタガタ泣きながら命乞いすることになるんだぜ」
そう言って私に向かって近づいてきた男達に、私は隠し持っていた粉をぶっかける。
近距離でぶちまけたそれは彼らの目や口にかかった。
「うわぁーー目がっ」
「な、んだっ……これはぁーーー!!」
セルヴィス様に警告されたから万が一に備えて厨房から唐辛子など使えそうな素材をくすねて粉末状にしておいたけど、狙い通りの効果を発揮してくれたようだ。
涙目で痛がる彼らは隙だらけ。
「貴様っーー」
目を押さえ涙目で掴みかかってきた男の足の指をピンポイントで狙い、ヒールに全体重を乗せ勢いよく踏みつけ骨を砕いた私は、
「走って!!」
私は呆気に取られているシエラの手を取ってドアから勢いよく飛び出した。
外に出れば既に日が落ち、暗闇が町を支配していた。攫われてから結構な時間が経過していることを知る。
相手に地の利がある以上、立ち止まるのは愚策。
建物作りや方角から推察し、とにかく大きな通りを目指す。
さすがに宮廷まで走って帰るのは無理があるが、市街地まで入れば私を捕まえに来た皇帝陛下の配下の人間に見つけてもらうことはできるはず。
最悪、シエラだけでも保護してもらわないと。
そう、思った時だった。
「……っ」
心臓を直接握り潰されているのではないかと思うほどの痛みに、私は上手く息ができなくなる。
倒れ込みそうになった私は、シエラに支えられた事で地面との衝突を免れた。
「……っ……はぁ……」
こんな時に発作が起きるなんてついてない。
最近痛みが落ち着いていたから、尚更辛く感じる。
「ねぇ、ちょっと! あなた、大丈夫なの!?」
シエラが何かを言っているが、耳が上手く音を拾えない。
余りの痛みに意識が遠のきそうになった時だった。
「ねぇ、あなた……イザベラ! イザベラ、しっかりなさいっ!!」
イザベラ、と姉の名前を呼ばれ私はハッと自分を取り戻す。
暴君王女イザベラがこんなところで朽ちるわけにはいかない。
私は何とか深呼吸を繰り返し、痛みを宥めると力の入らない指で宮廷のある方角を指し示す。
「イザ……ベラ?」
ペシっと、シエラの手を振り払う。
あっちとなお指差す私に、
「……私に、一人で行けというの?」
私の意図を読み取ったシエラに微笑んで頷く。
どうせ二人でいたって助からない。
売国の計画書は温室に隠してきた。私がいなくなればいずれセルヴィス様が見つけるだろう。
きっと彼は悪用したりしないし、お互いにメリットがある内容だから本物のイザベラが今より悪い事態に立たされる事はない。
あとは、偽物が消えるだけ。
シエラが私から手を離し、そしてその背を見送った。
これが正解だと、分かっているはずなのに。
『バウ』
漆黒の狼の鳴き声と。
『絶対犬派に鞍替えさせてみせるから覚悟しとけよ?』
紺碧の瞳が脳裏を過り、私に未練を抱かせる。
ありがとうも、ごめんなさいも。
本当は犬派なんだってことも。
偽物のくせに、彼を愛してしまったという事も。
何一つ本当の事なんて、伝えられるわけないのに。
『リーリィ』
セルヴィス様が"イザベラ"以外の名で私を呼ぶ度、一度でいいから"リィル"と私の名前を呼んでくれないか、と。
不相応にも願ってしまった。
(植物園のプラン、直接伝えたかった……な)
セルヴィス様が大事にしているものを守れたら、褒めてくれただろうか?
私がセルヴィス様の見初めた暴君王女でなかったとしても。
(少し休んだら、私も行かなきゃ)
そう思った私の腕を何かが掴む。
驚いた私の視界に入ったのは息を切らせたシエラの姿で。
「もう少し動ける!? あっちの方、少し休めるかも」
まだ追っ手は来てなかったわと、話しながら私の身体を抱えようと試みる。
「なん……」
「そんなの、置いていけないからに決まってるでしょ!」
迷いなくキッパリと言い切ったローズピンクの瞳は、
「イザベラ、戻ったら絶対謝らせてやるんだから覚悟なさい!」
ただ前だけを見ていた。
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