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47.偽物姫と懸念事項。

 宮廷内は、とても慌ただしくどことなく張り詰めた空気が漂っている。

 もうすぐハリス公国との会談があるからだ。

 セルヴィス様にはまだ正妃がいないため、パートナーを務めることになった私もその準備に追われているのだけど。


「まぁ! なんてお美しい。とてもお似合いですわ。イザベラ妃」


 誉ある帝国の花のドレスを手がけられるなんてデザイナー冥利につきますわと言ったのは宮廷デザイナーではなく、グレイスから紹介された仕立て屋フローラの女主人、ニーナ。

 最近の帝国の流行は全て彼女から発信されているといっても過言ではない実力者。

 確かに素敵なドレスだ。

 艶やかな彩りと美しいシルエット。散りばめられたビジューや刺繍も上質なモノで、夜会会場でも映えるだろう。

 さすが帝国の財を牛耳ると言われるキャメル伯爵家御用達。

 

「今回の宴はイザベラ妃が注目の的で間違いなしですわ!」


 うっとりするような眼差しで私とドレスを見比べた彼女は、


「私、寵妃の名に相応しい最高のものを仕立ててみせます!」


 とやる気に満ちた声でそう宣言する。

 彼女はグレースが私にお見舞いとお詫びの名目で送ってきた。

 先のお茶会での不手際と危険に晒してしまったことへのお詫びとして、宴のドレスをキャメル伯爵家持ちで仕立てさせて欲しい、と。

 お茶を準備した侍女は事の重大さに身を投げた、という結末の報告つきで。

 グレイスの紹介、というところに若干の不安はあったのだけど、彼女自身はシロだろう。

 社交界であっという間に地位を築いた帝国子女の憧れの淑女の鑑。そう簡単に尻尾は出してくれないか、内心でため息をついたところで。


「ああ、我が妃に相応しい装いだ」


 出来上がりが楽しみだ、と聞き慣れた声が響いた。


「陛下!」


 ぱぁぁぁーと嬉しそうな表情を浮かべると、甘やかな笑顔で私を抱きしめたセルヴィス様は、


「我が妃は今日も美しいな。この花が人目に触れないように隠してしまいたい」


 と言って私の頬に口付ける。

 その瞬間、室内にいる侍女たちから黄色悲鳴があがった。

 本日も大変仲がよろしいわ! 素敵ね! なんて聞こえるヒソヒソ声をスルーして私は負けじとキラキラした笑顔で応じる。


「まぁ、陛下ったら。相変わらず、お上手なんですから」


 そう言いながらさりげなく距離を取ろうとセルヴィス様の腕から逃れようとする。

 が、腰に手を回されガッツリホールドされてしまった。

 ああ、表情筋が今日も過重労働に悲鳴を上げている。

 だから暴君王女は色恋営業してないって言ってるでしょうが!! っと周囲にバレないよう不機嫌を隠して内心で叫ぶ私に、心底楽しそうなセルヴィス様が耳元で魔法の言葉を囁く。

 ズルい、と思いつつ諸々天秤にかけた私は、


「ですが、私も自慢してまわりたいですわ。陛下の偉大なお力と、綺麗に着飾った私を愛してくださる陛下のことを」


 仕方なく溺愛されることにした。


「お二人は本当に仲がよろしいのですね。羨ましい限りですわ」


 と私たちのやり取りに目を輝かせたニーナに、


「ああ、君を紹介してくれたグレイス嬢には感謝せねばな。期待している」


 セルヴィス様は綺麗な笑みとともに言葉を送る。


「もったいないお言葉です!」


 セルヴィス様の色香に当てられたかのように顔を赤らめたニーナは、いくつか私とセルヴィス様の希望を聞き、誠心誠意がんばります! と宣言して帰って行った。

 他の侍女達も気を利かせていなくなると私はようやくセルヴィス様の腕から解放された。


「陛下。あそこで"賠償金減額"の一言はずるいと思います」


 防音魔法が張られている事は知っているので、もう! と私は堂々と抗議する。

 だが。


「契約外だ、割増料金請求するぞ、って目で訴えるから」


 割増し手当支払えばいいかなって、とイタズラする子どものように笑うセルヴィス様。


「……正確に読み解いた上であえてやるのやめてくださいっ」


 そういう問題じゃないんですよ、とほぼ素が出かけている私の顎を持ち上げ視線を合わせたセルヴィス様は、


「ん、今日も顔色が良さそうで良かった」


 言い返せるなら十分だ、とほっとしたような色を浮かべた紺碧の瞳で私を見つめ、頭をそっと撫でた。

 実際、黒狼(ヴィー)と共寝をするようになってから嘘みたいに痛みが引いて、よく眠れていた。

 おかげで調子がすこぶるいいのだけど。


「……今、演技は必要ないですよ。陛下」


「そうだな」


 と、相槌を打つくせにやめる気はないようで。

 正直、困る。

 撫でる手つきが優しくて。

 誰かに心配され慣れていない私には、セルヴィス様の隣はあまりに心地良すぎるから。


「まぁ、でも誰がどこで見ているかなんて分からないだろ。ベラがわざわざキャメル伯爵家の関係者を宮中に招き入れたんだから」


 俺に断りもなく、とやや不服そうなセルヴィス様。

 ベラ、と呼ばれて私は自分が"偽物"でしかないことを自覚する。

 どれだけ心地良くても、コレに慣れてはいけない。

 軋む胸の音に気づかないフリをして、


「意地悪を仰らないで。あの状況で、私に断るという選択肢がなかった事くらい、陛下なら把握済みでしょう?」


 私はセルヴィス様の手を自身の手で退けて、暴君王女らしく微笑む。

 あの状況、つまり私がグレイスからニーナごとドレスを贈られることになった経緯を回想した。

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