45.偽物姫の言い訳。
私がイザベラの偽物として帝国に嫁いではや6ヶ月。
「……というわけだ」
お仕事の打ち合わせ中だというのに、セルヴィス様の言葉が耳を素通りする。
最近、ふいに痛みに襲われる頻度が増えてきて、よく眠れていないせいだ。
そろそろ本格的に不味いんだろうな、と私は癖のように指輪を撫でる。
「聞いているのか、イザベラ」
イザベラ、と呼ばれ私ははっと我に返る。
「側妃としてご紹介頂けるとのことでしたね」
と相槌をうち、
「勿論、聞いております。会談後の宴ではハリス大公家の方々と謁見予定。とくに公子様には気をつけろとのことでしたね! いっそのことこっちから仕掛けます?」
有能さをアピールせねば、と囮なら任せてくださいと安請け合いする。
……が。
「全然違うぞ、ベラ」
その話はだいぶ前に終わった、とセルヴィス様からタイムスケジュールを渡される。
「今回はただ俺の隣にいるだけでいい。今回ベラを囮に使う気なんてさらっさらないから、奴らに誘われても絶っ対に着いていくなよ」
"さらっさら"と"絶対"の辺りをかなり強調してセルヴィス様は私に釘を刺した。
アレ、じゃあ何の話だっけ? とぼんやりする頭を必死にフル稼働させていると。
スッと長い指が伸びて来て、セルヴィス様が私の目の下に触れる。
「……眠れて、ないのか?」
静かに問われて、そういえばこの人は私が時折発作に襲われていることを知っているのだったと思い出す。
軽く擦ったその指先に、目の下のクマを隠すために濃いめにつけた練白粉が付着する。
「医者に」
「モフみが足りないからっ!!」
医者の二文字を食い気味に拒否した私は、思わず自分の口を覆う。
が、一度出た言葉が戻るわけもなく。
何言ってんだコイツ、とばかりに呆れた色を浮かべた紺碧の瞳と対面する羽目になった。
自分でも正直何を言ってるんだ状態だが、医者に見せられリープ病が発覚したら全て水の泡になることは確かなので。
「だって! 全然来てくれないじゃないっ」
これで押し通してやると私は勢い任せに本音をぶっちゃける。
「せ〜っかく!! 私が丹生込めて毎日毎日まーいにち、手入れして最っ高〜なモフみに磨きあげたというのにっ!!」
そう、私は黒狼の正体がセルヴィス様だと知らなかった頃、毎日毎晩それはそれは丁寧にシャンプーとブラッシングを行っていた。
時にはマッサージを施したり、毛並みが良くなるハーブティーまで振る舞っていた。
だというのに、だ。
「あれから一回も来てくれないじゃないですか!」
正体を明かした後、流石に添い寝は不味いと思ったのか、セルヴィス様は一度も黒狼として後宮に来た事はない。
当然一緒に寝るどころか、私はモフモフに触れる事すらできていない。
ヴィーの薄情ものっ! と私はキッと睨んだあと、
「モフモフには中毒性があるんですよ! モフりたいんですよ!! 思いっきりっ!!」
心の底から癒しが足らないと叫び、
「それに最近すっかり寒くなってきたし。クローゼアより帝国の方が北にあるから寒いのは仕方ないんですけども! 毎日モフモフ抱きしめて寝てたからふわふわの温もりが恋しいっ」
というわけで、私の寝不足はセルヴィス様のせいです! とビシッと指を突きつけて私は全力で責任転嫁した。
「…………。猫派、じゃなかったのか?」
「モフモフなら犬でも猫でも狼でも齧歯類でも気にしないっ!!」
モフみに種族は関係ないのよ! と言い切ると、
「そんなわけで、私に必要なのは医者ではなく癒やしです。発作のようなものなので放っておいてください」
私は公務の書類を手に早々に退散した。
夜、私はベッドの上に正座したまま心底後悔していた。
『リィル、あなた睡眠だけは絶対しっかり取らなきゃダメよ?』
私がやらかす度にイザベラからそう散々お小言を喰らっていたというのに。
『眠たい時のリィルは本当に大概ポンコツなんだから』
私はまた同じ過ちを繰り返したらしい、と悟る。
でなければ、ここにセルヴィス様がいるはずないもの。
しかも、狼の姿で。
「バゥ」
早くしろ、と急かすように鳴いた黒狼がペシペシとふっさふさの尻尾がベッドを叩く。
なんでこうなった案件に頭を抱えながら、私は先程までのやり取りを思い出していた。
植物園に出かけて以降、黒狼としては来ないけれど、セルヴィス様は再び私のいる後宮の部屋を訪れるようになった。
植物園での一件で、色々自覚してしまったり、自意識過剰に落ち入りそうになったりしていた私は、お渡り再開当初こそ身構えていたのだが。
後宮に来てもお茶をして雑談するだけ。
あまりに今まで通りだったので、
『ああ、きっと揶揄われたのね』
と納得し、気にするまいと平静を装って過ごしていたのだけど。
「イザベラ妃、陛下のお越しです」
「へ?」
予定外の日に予告もなくセルヴィス様はやってきて、あっという間に2人きりにさせられてしまった。
「……何かありましたか?」
「昼間の話の続きをしようと思って」
体調不良について追求されたらどうしよう、と身構えそうになった私の頭上にポンっと大きな手が乗る。
「君が嫌がる事はしない」
安心させるように私の頭を撫でたセルヴィス様は、
「売国の提案を受けようと思って」
と、優しく笑ってそう言った。
「……本当に?」
私は天色の目を大きく見開く。
クローゼアを売国する。
私が帝国に来た理由。
本当だ、と頷いたセルヴィス様は、
「……やはり、聞いていなかったな」
と苦笑する。
「売国に向けた具体的な計画。イザベラが描いているストーリーを聞こうと思っていたんだが」
「勿論! 直ぐにでもっ!!」
食い気味にそう言った私が計画書を取り出すより早く腕を掴まれ、気づけば私はベッドの上にいた。
「……陛……下?」
「でもそれは、君が調子を取り戻してからだ」
さらりと漆黒の髪が落ちてきて、私の額に触れる。
それほどの近さでこちらを見つめる紺碧の瞳は、とても心配そうな色をしていた。
「いつもの君なら、こんなに簡単に相手の話に乗ったりしない。慎重に相手の真意を見極める」
多くの人間の命がかかっているなら尚更、とそっと私に触れ瞳を覗く。
紺碧の瞳に私の嘘まで暴かれそうで、目を逸らせず見返すしかできない私に。
「君のことだから、どうせ碌に寝もせず植物園の経営方法でも考えていたんだろ」
呆れたような口調でセルヴィス様が言葉を続ける。
「大したことありませんわ」
確かにどうせ眠れないのなら、と植物関連の情報収集やあそこで見た植物の分析なんかもしていたけれど、まだほとんどまとまっていない。
本物のイザベラだったら、きっともっと上手くやれただろうけど。
「身体を壊しては元も子もない。とにかく、今日は全て終いだ」
それは、これから先がある人間の場合だ。
私にはもう先がない。
サラサラと落ちる砂時計のように、この瞬間にもどんどん残りの時間がなくなっていく。
日増しに焦りが募り、それは想定以上に私の精神を疲弊させていった。
「……でも」
不服を申し立てようとした私に、
「異論は認めない。これが俺の譲れる最大限だ」
そう言って大きな手で私の目を覆う。
私の視界が再び開けた時、そこにいたのは漆黒の夜を集めてケモノの形にしたような大きな狼だった。
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