40.人外陛下と恋煩い。
なかなか更新できずですみません。
投稿可能なところまで連載再開します!
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パラパラと書類をめくり、ふっと綺麗に微笑んだグレースは、
「女の友情って本当に儚いわぁ」
困ったものね、とクスクスと笑いながら2枚の写真に火をつける。
写真にはリンジー侯爵家の令嬢ドロシーとホープ侯爵家の令嬢アルカがそれぞれ映っていた。
「これで2名脱落、ね」
満足げに口角を上げたグレイスは、ダーツの矢を投げる。
それは真っ直ぐ飛んでトスっと綺麗に的に刺さった。
「……思った以上に邪魔ね、あの女」
ほぅっと憂いを帯びた視線の先にあるのはズタズタに引き裂かれたイザベラの肖像画。
「何が暴君王女よ」
見栄を張るしか能がないくせに、と吐き捨てたグレイスは、
「せいぜい、今のうちに楽しんでおくといいわ。この国の本当の支配者が誰なのか、はっきりと教えてあげるから」
さて、次のゲームをはじめましょうか? と嗤う。
そんな彼女が握りしめた手の中には、オゥルディ帝国の皇帝が持つ特別製のカフスが握られていた。
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人払いした政務室で力なく机に伏せっていたセルヴィスを見ながら、第一秘書官であるオスカーはふむと頷き状況を整理する。
朝にはこれでもかというほど積み上がっていた仕事はほぼ全部片付いていて。
急ぎではない仕事まで前倒し、できるものは全て処理済み。
過重労働気味のセルヴィスにしては珍しく暇を持て余しているというのに、彼は机から動こうとしない。
普段なら勝手に視察と称して宮廷外に出かけたり、身体が鈍ると剣を振り回して鍛錬したりするセルヴィスが、だ。
「……イザベラ妃」
ぽそっとオスカーがつぶやいた声に反応するかのようにセルヴィスの肩がわずかにピクリと動く。
「最近、こちらに来られませんね」
元々イザベラはセルヴィスが呼ばなければ後宮から出て来られない。
彼女は自分の立場をよく理解しているようで、暴君王女としての振る舞いを求められない限り、少なくとも表面上は大人しくしている。
寵妃を演じつつ、帝国の臣民に分からないように秘密裏に動くのも上手く、薬学やそれに付随する知識でさりげなく助け船を出してくれていた彼女。
勿論、彼女が慈善事業としてそれらを提供してくれているわけではないことは承知している。
彼女が手の内を明かし自分の能力の高さと利用価値を示すのは、全て母国であるクローゼアのため。
だとしても、彼女以上にセルヴィスに相応しいパートナーはいないのではないかとオスカーは最近の様子を見てそんな風に思っていた。
売国を目論み単身で乗り込んで来るほど母国を愛する彼女は、クローゼアという国全てを人質に取られている以上、おそらくセルヴィスを裏切らない。
その上、セルヴィスが獣人の血を引いていると知っても態度は変わらず、セルヴィスをひとりの人として尊重するし、狼の姿も怖がらない。
何より、セルヴィス自身が彼女のことを気に入っている。
そんな条件を満たす相手など、今まで一人もいなかったし、イザベラを逃したらこの先見つからないのではないか? と思う。
というわけで、今後の帝国のためにもオスカー的にはこの二人が上手くまとまってくれるのが望ましいところなのだが、どうにもセルヴィスの様子がおかしい。
「セルヴィス様、イザベラ妃と何かありました?」
拗れると面倒なことになりかねないし、何より時間の無駄なのでオスカーはストレートにセルヴィスに尋ねる。
イザベラの名前に反応したものの顔をあげないセルヴィスにため息をついたオスカーは、
「彼女には、ハリス公国との会談後の宴に妃として出て頂く予定でしたが……仕方ないですね、セルヴィス様が会いづらいなら今回は私の方で打ち合わせをしておきます」
そう言ってスケジュール表をセルヴィスの机に置く。
「ですが、覚えておいてください。うちに穀潰しを養う余裕はない」
オスカーの言葉に顔を上げたセルヴィスの瞳は冷え冷えとしており、戦地にいた時の彼を連想させる。
全てを喰い千切りそうな、圧倒的強者。
それに怯む事なく、オスカーは言葉を紡ぐ。
「あなたとイザベラ妃の婚姻は、我が国が圧倒的に有利な状況で結ばれた"政略結婚"です」
もっと平たくいうなら、彼女はただの人質でしかない。
今後クローゼアのようにこの帝国を侮り不要な戦が起きないための見せしめ。
「彼女は王族らしく、自分に科された責を良く理解し、それを踏まえた上で自分に取れる最善手を選んでいます」
だから、彼女はどんな処遇に身を置くことになっても、受け入れてくれるでしょう、とにこやかな笑顔でオスカーはえげつないことをいう。
「……それは、脅しのつもりか?」
「いいえ、事実を述べているのです。私はイザベラ妃やクローゼアより、国やセルヴィス様を優先します。つまり、あなたにとって彼女の存在が有害であるのなら、彼女を排除します。たとえ、彼女に非がなかったとしても」
私にそれをさせるおつもりですか、と常盤色の瞳がセルヴィスに問う。
オスカーが言っていることは正しい。
そして、彼はこの国を良い方向に向けるためなら自らの手を汚すことも厭わない、という事もセルヴィスは長い付き合いで知っている。
ずっと、そうして自分の事を諌めてきてくれた事も。
「……ベラのところには、俺が行く」
完璧に整えられたスケジュール表や資料に手を伸ばしたセルヴィスは小さな声でそう宣言し、立ち上がる。
行く気にはなったが覇気がない。
「おや、そうですか」
あっさり引いたオスカーは死相が出ているセルヴィスに、
「決定的に振られでもしたんですか?」
容赦なく追い討ちをかける。
「別に、元々彼女とはそういう関係じゃ……。それに、初めからこれはただの契約で」
歯切れ悪くセルヴィスは自分とイザベラとの関係を言葉する。
契約、と口内で転がしたセルヴィスは、自分で言って自分で凹み、そんな自分に苦笑する。
『ただし、イザベラ・カルーテ・ロンドラインには決して惚れないでくださいね。私、ここから出て行く身なので』
はじめから、はっきりそう言われていたのに。
『あなたにとって、嫌なことは絶対しないから』
狼相手にそう約束してくれた彼女と過ごす日々があまりに穏やかで。
『ヴィー』
屈託なく笑って出迎えてくれる彼女の顔が見たくなって、正体を隠したまま何度も後宮に足を運んだ。
『ずっと、一緒ならいいのになぁ』
何気なく溢れた彼女の言葉が嬉しくて。
『この手の毒に耐性があるんです』
平気そうに口にする彼女を害する全てが許せなかった。
今までそうだったように、人狼であることが露見して拒絶されるのが怖くて。
絶対に正体がバレたくない、と思っていたはずなのに、それを知っても彼女が変わらないと知り、らしくもなく欲が出た。
先日、政務室に呼び出してわざわざ正体を見せたのに、一生懸命見えてないフリをする彼女がいじらしく。
『今日は日差しが強いので』
わざとそのまま外に出ようとしたセルヴィスに対して秘密を守らないとと焦る彼女が可愛くて。
躊躇いながらいつも通り狼の耳に触れ、
『相変わらずふわっふわ』
満足げに笑った彼女がどうしようもなく愛おしかった。
『ふふ、陛下ありがとうございました』
そういって目が合った瞬間、セルヴィスの中でずっと耐えていた理性が切れた。
気づけば彼女に手を伸ばし、許可も得ずにその柔らかな唇を奪っていた。
嫌がられはしなかった、と思う。
耳まで紅くした顔を手で覆い、言葉にならない叫び声を上げた彼女は混乱したような目をしていた。
暴君王女の仮面が剥がれた彼女の素の反応は、セルヴィスの心を満たし、そんな彼女を全部自分のモノにしてしまいたいとセルヴィスは思っていた。
彼女が一人でなんとかしなくては、と必死に守ろうとしているクローゼアについては帝国として支援する。
だから、契約については置いておいてこのまま隣にいてくれないか、と。
そう続けるつもりで、イザベラと彼女の名を呼んだ。
途端、彼女の雰囲気が変わった。
冷や水でも浴びせられたかのように急激に冷静さを取り戻すと、まるで己の立場を思い出したかのように彼女の全てをその天色の瞳の奥に隠し、いつもの契約妃の仮面をつけてセルヴィスと明確に距離を取った。
「お話はお済みのようなので、私はこれで」
礼をして下がろうとした彼女のことを、
「イザベラ」
再度名を呼んで引き留めようとしたセルヴィスに、
「私、猫派なんです」
ごめんなさい、とつぶやいて、今度は目も合わせず出て行った。
それは、紛れもなくセルヴィスが恐れていた"拒絶"だった。
「どうせ獣人の血を引いているなら、いっそ黒豹とかなら良かったのに」
一通り話を聞いたオスカーは、問題はそこじゃないだろと内心でツッコミを入れる。
が、自嘲気味にそう言ったセルヴィスは明らかに落ち込んでいて、このままではいつもの冷酷無慈悲な強い皇帝陛下を演じられそうにない。
もうすぐ大きな会談も控えているというのに、このままでは困る。
さて、どうすべきかと主人をじっと見つめ、
「打ち合わせは気が乗らないみたいですし、イザベラ妃に会う前にセルヴィス様に一つお仕事をお願いしても?」
本日分のお仕事は終わってますし、と紙を手渡す。
「ハリス公国にはやはり怪しい動きが見られます。秘密裏に動くには、護衛の必要がないセルヴィス様が適任でしょう」
そこには、城外での調べ物がいくつか書かれてあった。
「専門家を一人同行させます」
この場所で落ち合ってくださいと地図で示し、すぐさまセルヴィスを政務室から追い出した。
完全にセルヴィスの気配が消えてから、
「……私も、甘いな」
盛大にため息をついたオスカーは、
「どうか、我が主を頼みます。イザベラ様」
誰もいなくなった部屋で小さくつぶやいた。
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