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32.偽物姫と四人の令嬢。

 グレイスの挨拶の後お茶会は開始となった。

 美しい楽器の音色を聞きながらのお茶会は和やかに進み、一通りの子女達とも挨拶を交わした。

 おかげでおおよその派閥は把握できたけれど、会場全体に広がるどことなく期待に満ちた雰囲気が気になるところ。

 何もなければ良いけれど、と思いながら、出されたお茶を頂く。今回の主役はジャスミン茶だった。

 非常に質の高い品で、華やかな香りが鼻腔をくすぐり、ほのかな甘味が広がって口当たりがとてもいい。


「それにしても随分大きなお茶会なのですね」


 そう話しかけた私に、


「もっと控えめにする予定だったのですが、イザベラ様をご招待したと聞きつけた皆さまがぜひ参加したいと」


 それでこんなに大きな規模に、と説明しながらほわっと微笑んだグレイスの表情に釣られて私も和みそうになる。

 今日の白いドレスもとても似合っていて、優美な彼女はまるでジャスミンの花のよう。


「そうそう。イザベラ様ったらなっかなか後宮や皇帝陛下の政務室から出てこないだもん。どんな姫様なのかなーって」


 気になってたのとフォークをクルクル回しながら楽しげにドロシーは語る。

 彼女のこの話し方はどうやら素のようで、飾らない態度も含め多数のファンがいるようだった。


「本当は私も後宮の賭場に行ってみたかったんだけど、父様の許可が降りなくて。どんなゲームだったの?」


 セルヴィス様を引っかけるための催しは現在閉鎖しているが、意外なところにも刺さっていたらしい。


「単純なダイスゲームですわ。だからこそ新鮮だったのでしょうけど」


 私はダイスゲームの概要を簡単にドロシーに説明する。


「いいねぇ。手軽なところなんて傭兵達も好みそう。今度ルールを教えて欲しいな」


 何せ軍部は娯楽が少ないからと肩を竦めるドロシー。


「そうですねぇ。利権について整理してからルールブックを発行しますわ。その時はドロシー嬢にお知らせしますね」


 これは上手く話を持っていけばお金に変えられるかもしれない。

 思わぬ収穫に頭で算盤を弾いた私は、セルヴィス様に相談してみることに決めた。


「それにしても、帝国の魔道具はどれも素晴らしいですね。こちらもアルカ嬢が手がけたのです?」


 私はいつまで経っても冷めないお茶を指してアルカに尋ねる。


「そう、私も開発に携わっている。とはいえまだ試作段階でね」


 飲み物を適温に保つことはできるけれど時間の経過でお茶の種類によっては渋みが出てしまうのが課題なのだとアルカは話す。


「なるほど。私は魔力はなく魔術というものに関しては素人なのですけれど」


 私は手持ちの紙にサラサラと構造式を書いていく。


「お茶が渋くなる原因は酸化することにあります」


 お茶の成分に含まれるカテキンが酸化しタンニンに変化する事で渋みが生まれる。

 これ自体は摂取してもなんら人体に影響はないが、カテキン含有量の多いお茶を高温に保てばどうしても酸化が促進されてしまう。


「なので、この"酸化"に焦点をあてて阻害する方法でアプローチしてみるのはいかがかしら?」


 素人考えですけど、と提示した私の方を見て藤色の瞳は大きく見開くと、身を乗り出して私の手を握る。

 あまりの勢いにちょっと身を引きそうになった私の心情などお構いなしなアルカは、


「Excellent! 変化過程へのアプローチという事だな」


 イザベラ妃は面白い事を思いつくなと楽しそうに感謝を述べる。


「じゃ、さっそく研究室に戻って」


 実験をと言ったところで、グレイスが私の手から先程書いた紙を取り上げ丁寧に丸める。


「アルカ様。お気持ちは分かりますが、今はお茶会のお時間です。コチラはお帰りの際にお渡しできるよう手配いたしますね」


 にっこりと笑ってグレイスはそのまま近くにいたメイドに渡してしまった。


「あぁ、グレイス! そんな無体なっ」


「イザベラ様とお話できる機会もそうないのですし、アルカ様はもう少し社交にお力を入れては?」


 ホープ侯爵家からも頼まれておりまして、とグレイスはアルカを嗜める。


「はぁ、またその話。私はずっと実験(好きなこと)だけして暮らしたいのに」


「四家の生まれである以上、そうはいかないと思いますよ」


 グレイスの"ね?"の圧が強くて黙るアルカ。

 統率力、という点でもグレイスは正妃の適性がありそうだなと私は内心でグレイスをそう評価する。

 セルヴィス様と並んだ所を想像し、すごくお似合いだと思った反面、一瞬モヤがかかったような痛みを覚えた。

 それは、リープ病の症状とは若干ことなる痛み。

 なんだろう、と首を傾げたところで、


「みんなが参加したがったのはグレイスのお茶会だからに決まってるじゃない」


 そんな私達の会話が気に食わないのか、シエラが割って入ってきた。


「どこかの誰かが行った賭場なんて型破りな催しとは格が違うのよ。ゲストに向けられた細かな気遣いに、厳選された品だけを使用した会場。しっかり目に焼き付けなさいよ」


 いや、だから何でちょっとシエラが自慢気なのよと内心でため息を吐きつつ、


「グレイス嬢とリタ侯爵令嬢は仲がよろしいのですね」


 と話題を振る。


「グレイスだけじゃないわ。ここにいる私達はみんなライバルであり親友なのよ」


 ね? と自信たっぷりのシエラが他の令嬢たちを見渡せば、


「そうですね。ずっと帝国を支えて来た一族として、これから先も手を取り合って行きたいと思っておりますわ」


 グレイスがそう言い、ドロシーとアルカも同意するように頷く。

 親友ねぇと私とは縁遠いその言葉を口内で転がしながらジャスミン茶で流し込む。


「羨ましい限りですね」


 実態がどうであれ、それはシエラの中で確固たる真実なのだろう。


「いつまでも美しい友情が続くことをお祈りいたしますわ」


 仮に全員が後宮に入れたとしても、正妃の座は一つしかない。

 夫である皇帝をシェアし、明確な序列が敷かれる。また、皇子を孕むかどうかで権力争いの勢力図が変わる。

 それでも、ヒトの心は変わらないと信じられるならそれはきっと幸せな事だろう。

 よくも悪くもシエラは真っ直ぐだ。私はこんな風にはなれない。

 彼女はリタ侯爵家でよほど大事に育てられたのだろう、と私は少しだけシエラが羨ましくなった。

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