30.偽物姫からの提案。
「なんだかお疲れですね、陛下」
「まぁ、な」
イザベラが寵妃である、と偽装するためにセルヴィス様が足繁く後宮通いをするようになって早3ヶ月。
珍しい事もあるものだ、と私は驚く。
割と完璧人間で、基本的に弱音を吐かないセルヴィス様がどことなく不調そうだ。
「お仕事、大変ですか?」
「ああ」
返事も上の空。
今日は相談したいことがあったのだけどと悩んだ私は、
「陛下。とりあえず休憩しましょう!」
クローゼアの王城で疲れ過ぎたイザベラがリィルと泣きそうな目で訴えて来る時に有効な方法を試すことにした。
用意したのは疲労回復や血行促進に有効なローズマリーとカモミール。そしてお湯とタオルだ。
私はタオルを浸し、温湿布を作るとそれをセルヴィス様の目や肩に乗せる。
「どうですか?」
「……悪くない」
素直に良いって言えば可愛げもあるのにと思いつつ、私にされるがままなあたりに彼の使い魔である黒い狼との共通点を見つけ、やはり使い魔は飼い主にいるのだろうか? と笑いそうになる。
しばらく温めてから、マッサージを開始するが、
「……陛下、肩凝り酷すぎません!?」
あまりの固さに驚き呆れる。
「ここのところ、机仕事ばっかりだったからな」
「だとしても、もう少しメンテしないと身体持ちませんよ!」
もう! と文句を言いつつ、私はゆっくり体をほぐしていく。
「もう、今日はオフです! これ以上仕事したらだめですよ!! 後でカモミールティー入れて差し上げますから、それ飲んでおとなしく寝てください」
疲労回復には睡眠が1番なんですから! と強めに言うと、
「まぁ確かにどこぞの誰かさんは非常に寝付きが良いな。寝相もだいぶ悪いが」
カルディアの夜は大変だった、などと身に覚えのないことをからかうような口調で言ってくる。
「まぁ、どこぞの誰かさんとは一体どこのどなたの事でしょうか」
お手つきしたのなら、後宮に入れるべきだと思いますけどとにこやかな表情を浮かべ私はきっちりやり返す。
黒い狼から報告が上がっているかどうかは知らないが、途中で目が覚めた私はカルディアでセルヴィス様が部屋から出て行っていることを知っている。
今まで一緒に夜を明かしたこともないのに、寝相が悪いだなんてとんだ言いがかりだ。
不服の声を上げる私に、
「……ベラ。今後のことを考えて、もう少し自己評価を改める事を勧める」
セルヴィス様は苦笑を浮かべてそう言った。
寵妃なんて、と初めは思っていたけれど、こんなやり取りができるくらいには私はセルヴィス様と親交を深めることができていた。
だとしたら、そろそろいい頃合いだろう。
マッサージを終えた私はセルヴィス様のために用意したカモミールティーと共に招待状を差し出し昼間の件を切り出した。
「キャメル伯爵令嬢主催の茶会に出たい、と」
「陛下のお許しが頂けるなら、ですが」
「楽しい会とは思えないがな」
「お言葉ですが、陛下。私お茶会を楽しいと思ったこと、1度もありませんわ」
私の知っているお茶会とは情報交換と互いを牽制しあうための場。
そして私がクローゼアで参加したお茶会は、すべてイザベラの身代わりとして出席したものだ。
つまり暗殺者が紛れ込むリスクの高い時か、暴君王女を演じるために必要な情報を収集しに行く時だけ。
楽しい会であるはずがない。
「ですが、必要だとは思っています」
陛下が反対されるなら今回は見送りますが、と言った私をじっと見た紺碧の瞳は、
「わざわざ休日までリタ侯爵令嬢に絡まれに行くなんて、イザベラは物好きだな」
とため息まじりにそうつぶやいた。
これを行ってきていいという了承と解釈した私は苦笑しながらセルヴィス様のカップにお茶を追加する。
「確かに陛下とこうしてお茶を飲んでる方がずっと気楽ではありますが」
実際、セルヴィス様と後宮で過ごす時間は心地よかった。
それは彼が私に無理強いをする事なく接してくれているからだと思う。
ここに来ている間、セルヴィス様がする事と言えば仕事の続きか、お茶を飲むか、時折戯れに私とゲームをする位で。
伽の相手を命じられることも、理不尽な要求を飲まされることも、罵りやあざけりを向けられることもない。
ただただ静かに私たちの間に落ちる沈黙は、私が当初想定していたよりもずっと穏やかな時間だった。
だから、余計思うのだ。このままではいけない、と。
「彼女たちのことをもう少し知りたいと思いまして」
帝国四家の令嬢が一同に集うお茶会。
これから先の立ち回りを考える上でも、彼女たちの情報が欲しい。
グレースが持ってきた招待状は、そういった意味でも今の私にとってかなり有益なものだった。
「四家の令嬢を、か?」
「ええ。だって、彼女たちは陛下の正妃候補ではありませんか?」
セルヴィス様との時間が心地いいからと言って、目的を忘れてはいけない。
私はここに、売国を目論んで乗り込んできたのだ。
「今後を思えば未来のファーストレディとお近づきになっておきたいと言う気持ちもありますし、今後後宮入りされる可能性が高い方達の人間性を直接見極めておきたいなぁと」
何せこの陛下は正妃選びに関心がない。
おかげでこんなに立派な後宮だというのに妃が人質である私ただ一人だ。
このままの状況だと売国どころか離縁すら難しい。
それでは困るのだ。
帝国に嫁いで4ヶ月。保証された遅延魔法の効果はすでに折り返し地点を過ぎている。こうしている間にも、時間は刻々と進み私の寿命は残り少なくなってきているのだから。
「……つまり、お前は俺の正妃を探しに行くつもりか」
紺碧の瞳は不機嫌そうに細められ、苦々しげに言葉を紡ぐ。
「俺は、イザベラを寵妃に任命したはずだが」
睨むような視線とセルヴィス様が纏う圧は初めて対峙した時のようで。
怖い、けれどそれだけではなく。
どこか寂しげにも見えた。
「ええ、確かに拝命承っております。ですが、陛下もおっしゃっていたでしょう?"偽物"は所詮"偽物"。そして私は"偽物"の寵妃です」
そろそろ本物を探さなくては、と私は静かに告げる。
カルディアの時も。
温室をもらった時も。
いつも思っていた。
国のために非情で冷酷な皇帝陛下の仮面を被らなくてはいけない優しいこの人を、幸せにしてくれる誰かがいてくれたらいいのに、と。
そして、それは偽物姫の私ではない。
「それに陛下が仰せになったのではありませんか。私に"価値を示せ"と」
まだ不安定な帝国を一刻も早く御しやすい形に持っていくなら、やはり国内の有力貴族の後ろ盾を得る方がいい。
それも、今の均衡を崩さない形で。
この時間ももう直ぐ終わる。元々自分のモノではなかったのだ。
私はイザベラの偽物で。
その上偽物の寵妃。
いくら情をかけて頂いたとしても名残惜しい、なんて恐れ多くも思ってはいけない。
リープ病とは違う心臓の軋む音を無視した私は、
「お時間があるならぜひ陛下もいらしてくださいな。誰を選んでも大丈夫なように、上手くアシストしますから!」
ハーブティを飲み干して、場を閉めた。
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