22.偽物姫と後宮生活。
プレゼントは苦手。
リィルに贈られる箱の中には、悪意がこれでもかと詰まっているから。
「これは、一体……?」
私は目の前に積まれた沢山の箱を前に天色の瞳を瞬かせる。
「我が寵妃殿への貢物だな」
そう私に言ったのは、山積みの書類……ではなく、その書類の山に忙殺されているセルヴィス様。
カルディアから戻ってしばらく、後宮から足が遠のいていたセルヴィス様が再び顔を覗かせるようになったのは昨夜の事で、どうやら"先帝の呪い"の後処理に追われているようだった。
そんな猫の手も借りたいほど忙しい時ですらビジネス妃のために後宮に来なくてはならないなんて、愛妻家を演じるのも大変だなぁと他人事として思う。
まぁ、そんな設定にしたのはセルヴィス様なので同情は一切しないけど。
「妃を盾に俺を脅かすのは難しいと悟った連中が今回は妃を懐柔する方向で動くことにしたようだな」
「まぁ、それはご苦労様で」
私は本物の寵妃ではないので取り入ったところで徒労でしかないのだけど、物に罪はない。
貴族から巻き上げたこれらはきっと国庫行きなんだろうけれど、暇を持て余していたのでセルヴィス様に断って贈り物を開けさせてもらうことにした。
「わぁ、結構いい品揃えですね」
お金ってある所にはあるんだなぁ、とクローゼアの宝物庫でも思ったことをしみじみ思う。まぁ、いずれにしても私のモノではないけれど。
「欲しいモノがあれば、もらっていいぞ」
セルヴィス様がこちらを見ずにそう言った。
「いえ、そういうわけには」
これらは私に贈られたモノではない。私を通して皇帝陛下に貢がれたモノだ。
「構わん。イザベラ宛だし、それに先の件での褒美も出してないしな」
先の件、とはスイセンの食中毒のことだけではないのだろうけど、そこから先は私の預かり知らぬ話。
クローゼアの売国予定地である帝国を揺るがすような問題さえなければ、私は褒賞などなくても一向に構わない。
「……褒美、ですか」
箱を次々と開封する。
青色を基調とした立派な絹織物。
宝石の散りばめられた華やかなティアラ。
大ぶりの真珠のネックレスとそれに合わせたピアス。
踵の高い流行のハイヒール。
美術品として価値の高い絵画や彫刻などの置物。
他にも、沢山。
一通りそれを眺めたあと、綺麗に梱包し直し、
「毒蛇の一匹でも混ざっているかと思っていましたが、案外普通ですね」
素直な感想を漏らした私に、
「一体何を期待しているんだ」
呆れた口調でセルヴィス様がそう言った。
「あら、小さな生き物を使っての"事故死"なんて暗殺の常套手段でしょう?」
例えば、毒蜘蛛を寝室にばら撒いたり。
例えば、毒蛇を乗馬の休憩所に忍ばせたり。
例えば、毒蜂を庭園に解き放ったり。
なんて、私の日常を軽く披露すれば。
「暴君王女はクローゼアでどれだけ嫌われてるんだ」
紺碧の瞳は書類を追うのを止め、こちらを向いて苦笑した。
「私が死ねば継承順位の上がる人間もいますから」
そんなよくある話なんてどこの国にも転がっているでしょう? と私はセルヴィス様に笑い返す。
そう、こんなのはよくある話だ。イザベラの偽物が、彼女と血を分けた双子で瓜二つの容姿をしている、ということ以外は。
だから私達を区別できない暗殺の刃は、いつまでたっても本物には届かない。
「対毒蛇や毒蜘蛛の解毒剤に興味がありましたら、ぜひクローゼアごと買い取ってくださいな」
うちには優秀な薬師がおりますので、損はさせませんよ? と私はクローゼアのアピールポイントをセルヴィス様に語る。
実際、サーシャ先生の調合する薬がなければ私の命などとっくに消えていただろう。
「で、帝国の後ろ盾を得てイザベラが国を治る、と。そんなに緋色の椅子が欲しいなら、反乱でも起こせば良かっただろう」
「ふふ、物騒ですね」
セルヴィス様はそうして帝位に座しているけれど、彼のように革命を成し遂げる方が珍しい。
だから、讃えられ語られるのだ。畏敬の念を込めたとても美しい物語として。
「そんな力が私にあれば、最初から売国なんて考えたりしません」
本当の私はただの第二王女。継承権も与えられず、存在を厭われ、本来なら生まれてくることすら許されなかった忌み子。
私には、何の力も権限もない。
「私は、あなたが羨ましい」
自分の意思と力で何かを成せたあなたが、と小さくつぶやいた私を紺碧の瞳は黙ったまま見つめる。
私の浅ましさを見透かしてしまいそうな紺碧の瞳と沈黙に耐えられなくなった私は視線を逸らし、
「陛下がいらないというのなら、全部売ってもいいですか?」
とセルヴィス様に尋ねた。
「……好みのモノはなかったか?」
「ここには、ないですね。くれるというのなら、全部転売して賠償金の一部に当てたいです」
どんな高価な品物も、これから先が長くない私には無価値だ。
だってこれらは全部、私を思って用意された物ではないのだから。
「イザベラ。少し、散歩に出ないか?」
「お忙しいのでは?」
書類はまだまだうず高く積み上げられているし、私と散歩したところで気分転換になるとは思えないけれど。
私の問いに答えないセルヴィス様は静かに立ち上がり、ドアの前でコチラを振り返る。
「何をしている。行くぞ」
強制的な言葉とは裏腹に、その声音はどこか優しい響きをしていて。
カルディアの街を二人で歩いた時の事を思い出させた。
「……承知、しました」
どうせ私に拒否権はない。セルヴィス様の気まぐれに心を乱すことがないように私は自分にしっかり釘を刺し、その背を追いかけた。
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