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21.偽物姫は関心を持たれる。

******


 静かな港町の夜に真っ黒な影が伸びる。


「に、逃げろっ」


「なんなんだ!?」


 飛び交う言語はオゥルディ帝国で使われるものではなく、男達は蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。

 が、ヒトの形をしていないそれはどこまでも追ってきて、決して逃してはくれない。

 一人、また一人と追い詰められて、断末魔とともに仲間が視界から消える。


「ヒィィ!?」


 ダンっという大きな音と共に、とうとう最後の一人も真っ黒なそれに追いつかれた。

 仄暗い闇に二つの目が妖しく光る。

 それは、圧倒的な力の差と恐怖心を感じさせるもので。


「化け……も……の」

 

 吐き出された最後の言葉は、誰に届く事もなく闇の中に消えていった。


「流石ですね、セルヴィス様」


 セルヴィスが剣を鞘に納めたタイミングで声がかかる。


「こちらの制圧も完了いたしました」


 振り返ればオスカーがそこにおり、現状を報告した。


「まさか、帝国にまでアヘンが蔓延っているとは……」


 早期に制圧できて本当に良かったですとほっとするオスカーに、


「先帝時代の負の遺産。まさに"呪い"だな」


 淡々とした口調でセルヴィスは吐き捨てる。


「警戒を怠るな。今回で根絶やしにしろ」


「承知しました」


 言われるまでもなくそのつもりだ。

 アヘンにより内側から腐敗した国はいくつもある。見逃すことは到底できない。


「それにしても、よく見つけましたね。アヘンの密輸とそのアジトなんて」


「……俺の手柄ではない」


 あれだけ手がかりを提示されたら、よほどの馬鹿でなければ気づく、とセルヴィスは先日のイザベラとのやり取りを振り返る。


『ヒントは私達の目の前にありました』


 そう、彼女の提示した通りヒントはあったのだ。

 "先帝の呪い"の影響で、観光客が減り閑散としている市場。

 にも拘らず、満床に埋まる宿屋。

 安すぎる海外製のシルク製品。

 中毒症状を起こした人間の有意差。

 そして、スイセンが原因では起きないはずの症状。

 

『陛下、黄色より赤い花(・・・)の方が人々を魅了するとは思いませんか?』


 極めつけは、明言は控えると言った彼女の問いかけ。

 黄色の花がスイセンを指すのだとしたら、赤い花が指すものは、一体なんなのか?

 スイセンを調べさせた時にまとめさせた報告書を読んでいたセルヴィスはすぐ答えにたどり着いた。


「アルカロイド系の毒。それは何もスイセンに限ったものではない」


 赤い花。

 それはアヘンの材料になるケシを指す。

 依存性が高く、重症例では呼吸困難や精神崩壊を引き起こす。

 中毒患者の男女差は、貿易関係の仕事に従事している人間は女性より男性が多く、アヘンの密売人と接触する可能性が高かったから。

 男の嗜みとされたシガー文化もアヘンに手を出すハードルを下げていたのだろう。

 商人や観光客が減って活気が失われていたカルディアの宿屋が満床だったのは、船入に合わせアヘンを買いに来ている人間が利用していたから。

 安いシルクの存在はアヘン密輸の見返りで、国内に出回る時には関税をかけた正規の金額に引き上げ、差額は中抜きされていた。

 おそらく彼女はそれを全て見抜いていた。その上で、明言を避けたのだ。

 元敵国の人間の発言(イザベラの言葉)この国(帝国)では響かない。にも拘らず、寵愛する側妃の進言を皇帝陛下が聞き入れたと家臣に不満を持たれたらアヘンへの対応が後手に回り、手遅れになるとイザベラは判断したのだ。


「染料の原産地も早々に突き止めろ。トカゲの尻尾が繋がっているうちにな」


 カルディアを仕切る領主だけがアヘンの密輸に関わっていたとは思えない。

 その後ろには、おそらく……。と、セルヴィスがなかなか尻尾を出さないその存在に舌打ちしたところで、


「それも、暴君王女の助言……ですか?」


 とオスカーが静かな声で尋ねた。


「ああ、イザベラが言っていた。独特の色味だから染料として使用された植物が取れる地域がある程度絞れるだろう、と」


 オスカーに鷲を送った時に暗号化し伝えた内容をセルヴィスは再度繰り返す。


「それは、本当に信頼できる情報ですか?」


 だが、オスカーは懐疑的だった。


「今回、彼女の知識と判断に救われた。それは、事実だ」


 アヘンの件だけではない。

 スイセンの中毒者は経口補水液で対処療法を取った事で回復し命が救われているし、原因を取り除いたことでその後の中毒患者が目に見えて激減した。


「……それは、理解しています」


 オスカーは警戒心を含ませた声音で、ため息交じりに今回の出来事を認めた。


「なんだ。不服そうだな」


「不服、というわけでは……」


 セルヴィスとはそれこそ幼少期からの付き合いだ。

 先帝時代政治的に立場が弱かったオスカーの父が、理不尽にセルヴィスを押し付けられたことに始まり、果ては家門ごとまとめて辺境地に飛ばされた。

 以降セルヴィスとはずっと苦楽を共にしてきているのだ。

 セルヴィスのやり方は理解しているし、セルヴィスに仕えて来たことにも不満はない。


「ただ、セルヴィス様が彼女に必要以上に入れ込むのが心配なだけです」


 確かにセルヴィスがいうように現在の彼女はこちら側に協力的ではある。

 が、オスカーの中で強く印象に残っているイザベラは、公の場で傍若無人に振る舞い、礼儀を弁えず、使用人を物のように扱う"暴君王女"の姿で。

 自分が間違っているなどとは微塵も思っていない、この国の先帝の考えに近い人種だった。

 アレが全て演技だというのなら、彼女の言葉に嘘が混ざっていても見破れる自信がない。

 もし、イザベラがすでに別の誰かと手を組んでいて、セルヴィスの信頼を得たのち裏切る算段をつけているのだとすれば?

 彼女は敗戦国の人間だ。帝国に復讐しようと企んでいてもおかしくはない。

 信頼するには、リスクが高過ぎる。


「なら、お前はいつも通り疑っていればいい」


 セルヴィスはオスカーを咎める事なく肯定する。


「よろしいので?」


 あっさりとセルヴィスにそう言われた事でオスカーは戸惑い聞き返す。

 仮にも"寵妃"として扱い、その上助言まで聞き入れるほど価値を見出しているイザベラを疑い、隠す事なくそのように扱えという。


「前から言っている。オスカーは俺の命綱だ、と」


 セルヴィスが何を今更、と言わんばかりの口調でオスカーに笑う。

 オスカーはセルヴィスが獣人の血を引いている事も、それ故に呪い子などと呼ばれ辺境に追いやられた経緯も知っている。

 知っていて、恨み事を言うより前にセルヴィスが自分が仕えるに値する主人であるか散々懐疑的な態度で突っかかられた。

 それが、セルヴィスには何より信頼に値する行為だった。

 疑う、ということは相手を知ろうとする行為だ。

 化け物と罵るでも、皇子だからと義務的に仕えるでもなく、オスカー自身で見極め選んでくれた。

 身分の差はあれど、対等な人間として扱われたその時間は、きっと今の関係を築くのに必要だった。


「俺がもし、道を踏み外したなら、オスカーが止めてくれるだろ」


 だから好き勝手できるんだ、と悪びれることなく微笑む美丈夫を前にオスカーは隠すことなくため息をつく。


「踏み外す前に軌道修正するに決まっているではありませんか。と、いうか人前でそっちの顔(・・・・・)を出さないでくださいよ」


 いい人過ぎて利用されるのが目に見えていますとオスカーはじとっと涼しげな紺碧の瞳を睨む。


「ははっ、普段はちゃんと冷徹で無慈悲な皇帝を演ってるだろ? 多少は許せ」


 どうせ、この場で生きている人間は俺とお前だけなのだからと誰もいなくなった路地裏に声が消える。


「なぁ、オスカー。俺が地獄に落ちる時は、お前も一緒に行ってくれるか?」


 少し寂しげな紺碧の瞳が静かにオスカーの萌黄色の瞳に問うた。


「何を今更。あなたはただ"ついてこい"とだけ言えばいいのです」


 そこには揺らがない自分への信頼が見て取れる。

 きっと、オスカーは自分が間違えば差し違えてでも止めてくれる。

 だから、大丈夫だと判断したセルヴィスは、


「なら、俺はもうしばらくイザベラを手元に置く事にする」


 と萌黄色の瞳に宣言する。


『大丈夫。すぐ、治るから』


 あの晩、苦しそうに胸を抑え力なく微笑んでいたイザベラの姿が脳裏に焼きついて離れない。


『私が欠陥品だってあなたのご主人様に報告しちゃう?』


 普段毅然としている姿からは想像できないほど弱々しく狼相手に黙っていてと頼んだイザベラ。

 彼女が自分にクローゼアを売りつけようとする理由は、そこにあるのかもしれないとセルヴィスは思う。

 が、実際のところは何も知らない。


『私が欲しいのは、髪飾りでも宝石でもありません』


 好きなモノも嫌いなモノも。


『"保証"。それだけです』


 どうしてあの時、急に泣きそうな顔をしていたのかも。

 セルヴィスは、何も知らない。

 そして"知りたい"と思ってしまった。

 国のために死なない、と言った彼女が。

 祖国を敗戦させた敵国の人間を案じ、感情論を置いておいて最善を弾き出せる彼女が。

 狼を恐れることなく無遠慮に手を伸ばし屈託なく笑いかける彼女が。

 小さなその身の内に抱え込んでいる"何か"を。

 この決断が国を危険に晒すならセルヴィスは責任を取らねばならない。


「だから、道を違えた俺を殺す時は躊躇うなよ」


 獣人は簡単には死なないんだからと、月を背にしたセルヴィスはそう言って静かに微笑んだ。

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